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月日は早く流れない  作者: 立花
1/5

1日目

短めです。

暇つぶしにでもお願いします。

俺があいつと出会ったきっかけは、何でもないことだった。


俺はその日、週番でいつもより早く学校に来ていた。誰もいない教室。静かな学校。

「週番、もう一人は休むって言ってたな」

〈公欠〉と大きくかかれた黒板を見て、俺は呟いた。

開け放たれた窓から、柚子の香りと気持ちの良い風が入ってくる。季節は夏。セミの時期だ。

俺は新しくなった掃除棚からほうきを取り出して、教室の床をはいた。砂が浮かび上がってくる。昨日も放課後、掃除したはずなのに、一晩にしてこんなに塵がたまるとは。それもこれも、あの山の灰のせいかな。そんなことを思うと、何だか掃除しても意味がないように思えて、自分で勝手に落ち込んだ。

気分がのらない。

そんなとき、俺は必ず歌う。なんの曲でも一応大丈夫だ。でも、その日はなんとなく、日本の昔ながらの歌(ふるさと等々)が歌いたかった。俺のレパートリーはそんなに多くない。その中でも夏の曲といったらやっぱり、

『卯の花の匂う垣根に 時鳥 早もき鳴きて 忍び音漏らす 夏はきぬ』

俺は一番だけ歌ってむせた。最後の高音を出すのが辛くなってきた。昔は女子に劣ることなく楽々と歌うことができたのに、やはり音楽から離れると、ろくなことがないなと思った瞬間だった。

すると、教室の前の方のドアが開いた。続いて白衣姿の男が入ってきた。そして

「お、男か」

と驚いたような声を出した。

「高くて綺麗な声が聞こえたもんだから、てっきり女かと」

一人呟く白衣男。 俺は目の前にいる男をまじまじと見てしまった。長身で細身で美形だ。目鼻立ちが整っていて、顔一つ一つの部位がくっきりしている。初めて見る顔だ。

だからとりあえず

「あの…誰ですか?」

と俺は聞いてみた。男が不敵に笑う。

「お前の十年後」

「タイムトラベルですか」

「空だって飛べるぞ」

そこで男は手をパタパタさせて、飛ぶジェスチャーをした。

「誰でも出来ますが」

俺も同じ様にやってみる。すると、白衣男は頭をポリポリかいて

「お前とは似たいとも思わないな」

と苦笑した。

「生徒に向かって酷い言い草ですね。それでも教師ですか?」

「お前が平然と冗談を返すからだ。それでも学生か?」

気の合いそうな先生だ、と俺は思った。だが、見たことのない顔には違いない。こんなに髪が黒くてさらさらした先生を、この学校で見たのは初めてだ。松葉寺高校教師の平均年齢、58.2歳。お歳のせいか、皆様髪の毛が薄い。

いや、そんなことはどうでもいいんだった。

「あの、すみませんが、脱線しています」

俺は話を戻そうと、手短に警告する。すると

「始業式、休みだったか?」

と聞いてきた。俺は反射的に 「いえ…」 と応える。

始業式の話を持ち出してくるということは、やはりこの人は今学期になって入ってきた先生なのだろう。その中の理科教師…と言いたいところだが、残念ながら今期は理系教科の先生は入ってきてない。

「先生の担当って、理科じゃないですよね?」

俺は男の白衣をまじまじと見ながら言った。

「ペニシリン反応くらい分かるぞ」

白衣男および自称理科教師が悪びれもせずに笑う。俺は少々呆れながら

「ペニシリンって反応するんですか」

と笑い返した。

「光の三原色は分かる」

「光のさんげん…え?」

つくづく、意味の分からないことを言ってくる奴だと俺は思った。光の三原色とか、そんなこと、理科の授業で習った覚えはない。いや、光の時に習った気もしなくはないが…、要するにコイツは、自分が美術教師だと言いたいようだ。

「それなら、何故白衣を着ているんですか?」

俺の言葉に、先生は大きく口を開けた。そしてそのまま閉じた。

「これが科学者の白衣に見えるか?」

「…ええ。違うんですか」

「違うね。大いに違う」

と真面目な顔で言ったもんだから、

「具体的には?」

と問われても答えられるような、ちゃんとした理由があるんだと思っていたら、先生は一瞬にして破顔した。

「着る人が違う!」

「それ、実質同じですよね」

「着る人が違えば、サイズも違う、臭いも違う、汚れ方も違う。見てみろ近藤。この裾の汚れを」

後ろを向いて、わざわざ見せてくる。確かに、科学教師ではつかないような汚れが裾どころか、白衣全体についていた。色とりどりの絵具やペンキ、粘土、版画のインク。けれど、そのごっちゃまぜになった色は決して汚いものではなく、ひと一人の人生を表しているような、そんな深みがあった。

「汚れというか、一種のアートですね」

俺は素直に感想を言う。 先生は、大きく目を見開いてから

「いいこと言うな」

と笑った。屈託のない笑顔だった。


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