11話 「その手はとても柔らかく少しだけ冷たかった」
ありがたいことにウナを見向きもせず、俺だけを注視してくれているようだ。
「おるあああ~」
と、右手に握る得物を振るう。
ヘルハウンドたちは一斉に距離を開けるが、振るった勢いのまま回り、左に持つナイフを投擲した。
右から見て2番目の左目部分に深々と突き刺さり、ビクンと体を強張らせ、声を上げることなく倒れ霧散する。カランと落ちたナイフの音が響く。注目が霧散したやつに集まったところを隣りにいた中央のヘルハウンドに向け跳びかかり、右手に握るスクラマサクスを首元に振り下ろし、体とお別れさせる。
さらに、左から見て2番目の咽喉もとに左手の五指を突き立てる。
後は両端。
右手に持つ得物を格納し、両手を挙げる、そこに左端にいたヘルハウンドが距離を詰めにかかる。
そこへ、呼び出したメイスを両手で持ち勢い良く振り下ろす。頭部は弾け飛び、残ったからだがビクビクと痙攣しながら霧散した。
そして最後の一頭にゆっくりと近づき、メイスを格納し、右手だけを最後のヘルハウンドに向けて掲げ・・・
玉座を呼び出した。
そう、上の階にあった玉座だ。
格納できるか試しに触れてみたら格納できたんだよね・・・。
急に頭上に玉座(大理石っぽい石の塊だよな・・・。)が現れ、呆気にとらわれそのまま「(んぐっ)」っと声を上げながら潰れた。
「メテオ玉座?玉座ストライクか?」
玉座を格納しなおし、足元のナイフも回収した。
「ン。リューイ、イワオトシハ?ドウ?」
ポ○モ○でもおなじみ 岩落とし か・・・アリか?
いや、岩ではない玉座だ!
「ほら、どうにかなっただろう?俺は大丈夫だ。」
安心させるように火傷すらしていない腕を見せ、引っ掻かれた背中も大丈夫だとアピールする。だが・・・
ウナは寂しそうな顔をする。まるで隠し事をされているのに気付いているかのような・・・でも、教えてもらえない、伝えてくれない。と言わんばかりの表情をしている。
「大丈夫、大丈夫だよ寂しい思いなんてさせない!だからさ、そんな顔しないでくれないか?」
だが、「ソ、ソンナ・・・カ、オ・・・」と言いながら顔をしわくちゃにさせる。そして、
「ニイサン!ソンナ、ナドトオッシャラナイデクダサイッ!」
は、へ、泣きながら怒鳴ってきた。
少し枯れたような声。本来は、とても綺麗な声なのかもしてないが何時も掠れたような声してるんだよな。って、そんなこと、いや、そんな、じゃ無くて、今のウナの発言っ!
「に、兄さん?それはどういうことだい?」
こちらが、あたふたしながらもそうかえすと・・・
「・・・ェ、イエ。ニイサン?テ、ナニ?」
泣き止み、キョトンとした後、首を傾けながら逆に聞いてきた。
「は?いや、もしかして・・・」
マッチョオークのヴォルキンさんや、あの巌オークのおっちゃんの事がある。
もしかするのか・・・。
「兄さんという言葉はな、兄弟や、年上の男の人?とかに使ったりする呼び方だよ。」
こちらが優しく説明すると、
「ム。キョウ、ダイ・・・。」と言いウナは考え込む・・・
ああ、今の言い方だと「兄妹」だ、そうか、そうなのか・・・。
なあ、何でこんなに幼い子がダンジョンなんかに・・・。
おっちゃんたちはハンターだと言っていた。
だから、ここに転生もおかしくは無いと思えた、考えた。
そして、なによりおっちゃんは「この場所で死に絶えた。」と・・・。
こんなにも薄暗い洞窟のような場所で!
そう思うと、さまざまな感情が湧き上がる・・・
「リュー、イ。コワイカオシテルヨ?ヤッパリ、イタイ?」
ああ、痛い。とてつもなく。その兄さんとやらの事も気になるが、何より転生してなおウナに対しこの洞窟は、魔物たちは、害意を持つと言うのかっ!
「俺は、俺の事は、気にするな。階段が通れない以上右の通路をどの道進まなければならない。」
「リューイダケナラ、トカゲニナッテ、アイダカラ、カイダンモドレル、ヨ?」
「ウナはどうするつもりだ?」
「ウナ、ネ、オナカスカナイ。ツカレタリ、ハ、スルケド、ネ。デモ、オナカ、スカナイン、ダ、ヨ?」
まるで、置いて行かれても大丈夫だと。告げているようだ・・・
ああ、その顔を見てイラッとしてしまった。
この子は我慢をして生きてきたに違いない。強いられるのではなく、当たり前だったのだろう・・・
「ダメだ、どの道、上に出口は無い。進むしかないんだ。」
そう言い放ち、ウナに背を向け前に進む。
「ム。」と小さく呟き、ウナも少し距離を開けてついてきた。
おかしい、ゲスモヒ野郎も他のヘルハウンドも見当たらない。
宝箱はいくつかあったが、「???骨?」など良くわからない、ある種のガラクタなのではと思えるアイテムが・・・。
あいつ等、犬の習性でも持っていたのか?
骨埋めたり隠したりするの好きだもんな、ワン公。
それなりにマッピングが進み、残りの道が限られてくる。
そして、のこされた通路を進んでいると・・・
『見捨てタ、ナッ?捨て駒にシタ、ナッ?盾にシタ、ナッ?』
と、前方の曲がり角から怨むような声が聞こえてくる。
それなりにでかい声だが、人の声には到底思えない。
さらに、 ドゴッ や ゴスッ と音も聞こえてくる。
決定的な叫び声が聞こえた、「(きゃいんっ!)」と
やられているのはヘルハウンドのようだ・・・
慎重に進み、角から覗くと・・・
ごうっ と言う音と共に黒い物体が目の前を通り過ぎた。
その黒い物体からボキッグシャッて音が・・・
『ゲレスッ!ガーオル、ヲ!ヨクモ!』
飛ばしたのは何者だ?・・・ああ、デカイ、デカイゾ。
ヘルハウンドが中型犬、ヘルハウンドリーダ(トサカのヤツはそんな名前だった)が大型犬と言ったところのサイズだったが、アレは超大型で済ませていいものなのか。四の足で立つ様は今の俺の肩の高さほどある。この階のボス、フロアボスと言ったところか。
見た目はほぼ黒だが、頭のてっぺん、立派な鬣?いや、髪だな、ありゃウルフヘアーか?
背首にまで続き、背中の中ほどまで生やしている。
顔がでかいのか、口がでかいのか、なかなかの迫力がある。
だが、理性を持っているような気がする。
だが、今は何より飛んできた黒い物体のほうに視線を移す。
ああ、こいつゲスモヒ野郎じゃねーか?口元でわかるのもあれだがな・・・
体のほうがすごいことになってるし・・・まあ、あんな音立ててたくらいだからな。
『リーダにまでナッテ、姑息な。ガーオルの隊ダケデナク、自身の隊マデ・・・。」
おや、このはなしからすると俺の腕を焼いたのがガーオルって名前で、今はズタボ朗なゲスモヒ野郎が名をゲレス・・・でゲス・・・。そんなこともあるんだな。
『貴様ダナ?ソコノトカゲ男?』
やはりばれるか。角から身を出し対面する
「ああ、そうだ。アンタの部下を殺したよ。」
こちらの話に、歯茎を見せながら威嚇するように・・・
『ナラ亡骸ハ、友の姿ハドコダッ!』
そこを指摘するか。確かにヤツの周りには他のヘルハウンドの残骸がある。ありゃかなり暴れたな。さらに、ゲスモヒ野郎の変わり果てた姿もまだ通路に残っている。
「ああ、魔素になったから吸収した。」
『変異種・・・。バケモノメ!』
化け物って・・・。
『ガーオルはナ!ツヨクナッテ、アタイヲクップクサセテ、女にシテヤルッテ言ってクレタンダゾ!』
はい?屈伏って、そして女に「する」発言ときたら・・・まあ、そう言うことを「する」わけだよな。
あ、あれか自分より弱い男には無理ってヤツか。
負ける日を待っていたのか?
『ヨッテタカッテイヤシイ目でオソッテクルオスナンカジャナカッタ!アタイはアノ目が怖くて、恐くてイツモ返り討ちにシテイタ。ソシタライツノマニカコンナ姿だ・・・。』
そうか、他のヤツを倒したことにより存在自体が昇華したのか。てか、声や話の内容でだいたい予想はついたが・・・なんと言いますか。言いにくい。
『媚びを売るなんてデキナイ!男にケツヲフルナドトハモッテノホカダ!雌犬ナンゾニナリ果てたくない!マモラレルコトガアタリマエノヨウナ・・・』
これは魂の叫びか・・・。こいつもまた前世に引きずられているというのか。
汚い男にも、狡猾な女にも嫌悪がある。潔癖なヤツだ・・・
『ソコノ雌ゴブリンノヨウナ存在にハナッ!』
な、ウナの事をそんな風に言うなんて・・・
「てめえ・・・。力だけが全てではないだろう!その物言いはあまりに偏っている!」
反論するが、ヤツは目を細めて・・・体が霞んで見えたかと思うと・・・
『ナニヲイッテルンダ?現に後ろにカクマッテヤッテイルデハナイカ?』
すでに、俺の真横まで移動していた。そして、耳元でささやく。少しくぐもったような大人の女性の声・・・
「リューイ!アッ!ゴ、ウゥゥッ・・・」
俺の横を通り過ぎ、傍にいたウナを捉えると、前足を振るった。
その一撃が、俺を心配して名前を呼んだウナの横っ腹に・・・
勢い良く弾かれ転がるウナは、何回転かした後仰向けに止まる。頭や、口元に黒っぽい・・・血がたくさん
「ってんめえええええっ・・・・」
俺は叫び、呼び出したメイスを渾身の力で振るう。
だが、ヤツの背の赤い鬣全体が燃え盛る。
両腕がその炎に舐め回される。
焼け焦げる感覚、だが自分の意識が鈍すぎて理解が、感覚が追いつかない。
「く、ううう・・・。」
熱せられたメイスを空かさず格納した。
『グルア』と言う声と共に左腕に食いつかれる。痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛い痛い。熱いという思いより圧倒的な痛さ。おかしくなりそうだと思った時、噛まれた左腕がボロリと崩れ落ちる。残された二の腕から肩近くまでは炭化しなんとも痛々しい。その傷口から力が抜けていくような感覚。纏っている魔素が剥がれだし、放出されだしたようだ。
「こ、のっ!」
残された右拳を振るうが、力が抜け出しているためか力も速度も乗り切らず、前足で払われた。
その一撃で体勢を崩す。膝をつきながらも諦めきれず、再度拳を振るうが頭に喰らいつかれる。
こめかみに犬歯が食い込み、そのまま・・・
ミシシ・・・ゴシャリ
『フンッ』と投げ飛ばされたようだ。
頭噛み砕かれて真っ暗だ。
『ナンダ?コンナ・・・コンナモノナノカ。強いオスだと・・・イサマシイオスだとオモッタノダガナ・・・。』
自身の体が霧散するという奇妙な体験をする。まるで霧だな・・・
と思っていたが、すこしして元のトカゲの姿(15cmほど)に集約し、戻った・・・。
・・・これは・・・、俺は安々とは死ねないと言うことなのか。
「リュー、イ、チ、さん。」
俺がトカゲの姿で呆けていると声をかけられる。
(だ、・・・れだ。)
ズリ・・・ズリ・・・と・・・
ウナが仰向けからうつ伏せに直り、両の腕でまるで匍匐前進のようにしてこちらに近づく。
今の声はウナなのか?「リューイチさん」ってさん付けで呼んだ気が・・・。
「リューイチさん。」
おお、やっぱり。てか、流暢に喋ってるし。掠れたような声ではない。
「ウナが、ウナが囮になります。ですから・・・お逃げください。」
な・・・。
『フンッ!ナンダイ?お涙頂戴トデモ?』
お犬さんその言葉を知ってるのはどうかと思うが、ウナよ囮などとは・・・
ヘルハウンドのボスの声は届いていないのか、ただ俺に近づいていく。
いたたまれなくなりゴブリンの魔素をどうにか無理やり纏う。そして、足を引きずりながらウナに近寄る。
「ウナ、もういいんだ。もう、いい。無理はしないでくれ!」
こちらの声に、首をゆるゆると振る。
「だめですよ。リューイチさんは探してる方がおいででしょう?」
そんな、そんな・・・。
「今は、ウナがっ・・・!」
そう言いながらウナの傍に膝をつく。ウナの身体を抱え返すと、あの時のように
左腕で首の後ろを抱え、右手を腹に軽く当てる。そして、普通のゴブリンのではあるが魔素を流す。流す。
「おい、なんでだよ。なんで・・・」
流す魔素は、流されるがままウナの身体からこぼれ、消失していく。
まったく入っていかない。なあ、特別じゃなきゃダメなのか?
なあ・・・。あんまりだぜ。
ウナが何か悪い事したのかよ・・・なァ、カミナ。
それとも他の神様か?こんな仕打ちを・・・
「リューイチさん、あったかいな・・・。嗚呼、今度は傍に大切な人がいてくれる。」
おいおい、今頃何か思い出したのか?
今度は・・・って・・・
もうおしまいみたいじゃないか・・。
胸元に置く右手にウナの右手が重なる。
嗚呼、その手はとても柔らかく少しだけ冷たかった。
虚空を見つめ何も無い空間に左手を伸ばしながら弱弱しく
「ああ、かみさま私に彼を逢わせてくれて・・・心より感謝します。」
「・・・・・え。ふふ、またすぐに逢えるのですか?
リューイチさん今の聞きましたか?神様が言うには、すぐに逢えるそうです。
うれし、い・・・嬉しいです・・・ね。」
尽きる寸前、何かが見えたのか?
それとも聞こえたのか?
そして、力をなくした左手が地に付いた・・・。
なぜだ、あれほど守りたいと、守るとそう思っていたのに。
何が守護者だ・・・
また逢えると、嬉しいと・・・。
それが、ゴブリンに転生した少女の
このダンジョンにおける最後の言葉だった。
次の話は、
ダンジョンに魔物転生した方々のを書きます。