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屍の剣  作者: ももたろう
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第四話 邂逅

 呆然と、蛻の殻のようだったレインは、そうして一度入ったら二度と出ることが叶わぬ影の国を、ただ宛てもなくうろつくことしかできなかった。宛てもない。希望もない。生きていることが不思議だとすら思った。ただひたすらに胸の奥を焦がす憎悪だけが、レインを駆り立てていた。


「くそ……っ」


 先ほど謎の影に襲われたときに食らった傷口に闇があふれ出している。手のひらで払っても、闇は一向に離れようとしない。


 千年前に魔界の闇に飲まれたという魔境国は、おそらく当時のままの姿を保っていた。一見普通の町並みだ。ただ、見渡す限りの一面が、白と黒で構成されているということ以外は。そんな光景の中で、レインは一際目立っていた。色を持つということがこれほどまでに鮮やかなものだとは知らなかった。


 なおも、レインを引き寄せる声は途絶えることはなかった。言葉よりも感情で伝わるそれは、人間のものではないことは明らかだ。だが、もうこんな世界を知ったのだ、何が起こっても不思議ではない。


 黒と白で構成された王国から、聳え立つ城が伺えた。どうやらそこから声を発しているらしい。悲痛な叫びにも似た感情だ。


「いまさら……何が起きても驚くか……。生きて返ったら、必ず、仇を討ってやる……」


 何が自分を突き動かしているのか、レイン自身にもわからなかった。時折建物の影から現れる何者かを力を振り絞り撃退しながら、レインは城を目指した。


『待っていた……ずっと……』


 何度も闇に飲まれかけ、影に食われかけながら、ようやく城下町を抜け、城の前までたどり着く。しかしそこに居たのは大きな漆黒の番犬だった。闇が溢れるその体躯から、赤い眼孔だけが鋭くこちらを射抜いてくる。レインは剣を構えた。ここで諦めるくらいなら、はなからここまで来ては居ない。


 影の人、大きな犬、全てが闇に飲まれている。自然と腹は減らない。眠気すらない。ただ生きるか、死ぬかの状況で、うっすらとレインは思った。


 闇に飲まれると――こいつらのように、なるのだと。


 番犬の鋭い攻撃をすんででかわしながら、まるで遠い場所から自分を眺めているような錯覚を覚えた。レインの身体は闇に飲まれかけ、ほぼ辺りから出てくる人型の影と変わりがないくらいまで侵食されている。痛みも次第に鈍くなっていき、音が遠くなっていく。


「ぐぁっ!」


 そのとき、番犬の鋭い尾が腹を貫いた。と同時に、傷口から闇に侵食されていく感触に慄いた。生暖かい、どろどろとしたものが、体の内側を這いずり回るような感覚。レインは剣を振るった。ぶつり、と尾が切れる。


 レインを喰らおうと大口を開けた番犬の顔が眼前に迫った。


「このクソ犬がっ!」


 が、同時にレインの剣が、番犬の顎を下から突き上げていた。犬が劈くような悲鳴を上げる。それと同時に溶けるように闇が広がり、番犬は跡形もなく消えた。腹の傷は闇をまとうばかりで、痛みはなかった。


「はぁっ……はぁっ」


 がくがくと震える膝が折れて、前のめりに倒れこんだ。視界も既に侵食されかけている。まるで地面に溶け込みそうだった。すると地面から闇が伸びてきて、レインの体に絡みつく。あの番犬の闇だろうか、ずるずると引き込まれそうなほどの感覚だった。


『立て、レイン』


 名前を呼ばれて、溶けかけていた思考がクリアに戻っていく。


「なん……で、俺の名前、知ってんだ……よ」


 ぎゅっと歯を食いしばって、絡み付いてくる闇を断ち切った。ここにいるのは神か悪魔か。そんなことはどうでもいい。どうなろうと、もう守るべきものなど何もないのだから。


 地面に転がっていた剣を拾い上げると、その剣の刃が闇を纏い、ぼろぼろと崩れるように地面に散乱する。


「……くそ、っ」


 剣の柄を放り投げて、レインは城の扉をこじ開けた。その城の中は――やはり白黒だ。時計の時間すら止まっている。奇妙に思い、ポケットの中の懐中時計を引っ張り出した。やはり――時間が止まっている。


『早く、来い。我が元へ』


 声のほうへと操られるように城の中を進んでいく。不思議と城の中に影のバケモノはいなかった。レインは最上階の、大きな観音開きの扉の前で足を止めた。


 ここは――。ここから声が聞こえる。多数の傷をもらい、闇に飲まれかけた腕で、レインは扉を開けた。滴る血は既にどす黒く、体中が鉛のように重たい。



「はぁっ……はぁっ……」


 かつて繁栄していたのであろう王国の玉座に、もたれかかる人影があった。銀の剣で胸を刺し貫かれ、体中に呪布の張ってある鎖に繋がれている。長く美しい流れを作る白銀の髪が、床にまで垂れていた。


「お前か……俺を、呼んでいたのは」


 その人影は答えない。死んでいるのではと思わせるほどその肌は白い。レインはあることに気付いた。角が生えているのだ。両耳の少し上から、二本の角が。人間ではない。それでもレインは、ぼろぼろの体を引きずって王座へと近寄った。


 ぴくり、とその人影が動いた。そっと長い睫を震わせて、瞳が開かれる。ゆるりとした動きで、その男は頭をもたげた。金色に輝く瞳が、ぎょろりとレインを映し、薄い唇が笑みの形をかたどった。美しい男だった。レインは、身の毛がよだつのを感じていた。今まで感じたことのない、邪悪な気配に。


「おい、貴様……この剣を、抜け」


 その男は弱っているのにも関わらず傲慢な口調で、胸を刺し貫く銀色の剣に視線を落とした。


「お前は、一体何者だ……」


「……うるさい奴だな。つべこべ言わず、さっさとこの封印を解けと言っている」


「封印……?」


「この剣を抜けば、この俺を戒める封印は解ける」


「……封印が解けたら、俺を殺す気だろう」


「殺す? 馬鹿を言え。貴様を助けてやろうというんだ」


「助ける……? 俺をか?」


 男は、フンと鼻で笑って、にいと口角を上げた。牙がぎらりと光った。


「貴様、自分自身が闇に飲まれかけていることにも気付かぬか。どれほどかもわからぬ月日を待ったのだ、ここにまた、人間が訪れるのを。誰が殺すか、勿体無い」


「意味が……わからないな」


「ここから、出たくはないか? 俺もここにずっと座っているのも飽きてきたところだ」


「お前の封印を解けば……ここから、出れるのか……!」


「そうだ。悪い話ではあるまい。このままここにいれば死ぬぞ。人の体は脆いからな」


 どくどくと心臓が高鳴っていた。夢なのではないかと思うほど、何から何までがレインの理解の範疇を超えていた。だが、もう何が起きても知ったことか。ここから出れるのならば、どうなろうと関係はない。


「わかった……、絶対だぞ」

「俺は約束を決して違えたりはしない」


 レインは、男の胸に突き刺さっていた剣の柄を握った。びりびりという痺れが体中を遅い、青白い雷光が散って溢れた。剣を引き抜くと、男の胸元から光が溢れる。レインは剣を一気に引き抜いた。


 しばらくして光が収まると、レインは放心して尻餅をついていた。気付けば体にまとわりついていた闇は消えていた。驚くことに、城の内部が色を取り戻している。灰色だった絨毯は真紅の輝きを取り戻し、まるで時が動き出したかのようだった。


 その男は、ばきんと体に絡み付いていた鎖を引きちぎり、レインを見下ろして、にい、と笑った。

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