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屍の剣  作者: ももたろう
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第二話 ジジ・オルファと言う男

 その男の名はジジ・オルファと言った。若年にして国王の側近にまでのし上がった彼の名を知らぬものは恐らく王国騎士にはいない。彼は長らく続く名家の出で、レインの同期でもあった。性格、容姿共に真逆。漆黒の髪に血色の瞳を持つレインに対し、ジジは白銀色の髪にアイスブルーの瞳を持っている。彼とは訓練兵であった頃から、何をするにも悉く比べられた。


 剣の腕も座学の成績も、全てほぼ同格。庶民の出でありながら自分と同格の男をさぞ疎ましく思ったのだろう、ジジ・オルファの瞳がいつも自分を見下したように見詰めてくることをレインは知っていた。


 だからこそ――彼とは距離を置いていた。あの爽やかな見た目とは裏腹に、ぎらついた瞳をしている彼が苦手だった。だから、彼が前線部隊から引き、陛下の近衛隊に選ばれたときは正直、ほっとしていた。

 



 それから長らく顔を合わせることがなかったから、式典会場につくなり、彼が声をかけてきたのが意外だった。


「久しぶりだね、レイン」


「……ジジ?」


 黒を基調とした王国騎士団の団服とは対照的な白い隊服に身を包み、ジジはにこりと柔らかな笑顔を浮かべてみせた。それでもこの男は蛇のような男だ。見た目とは裏腹な性格をしているということを、嫌と言うほど知っている。だからこそレインは少し煮え切らない思いだった。


「どうしたんだ、急に。俺に何か用か?」


「何か用がなければ、同期の友人に話しかけちゃいけないのかい? まだ式典までは時間があるし、ね。少しの無駄話ぐらい、ばちはあたらないよ。最近はどうだい?」


「どうって、いつも通りだよ」


「また戦で大将首をあげたんだってね」


「たまたまだ」


「どうかな、君の噂はよく聞くよ」


「噂ねえ。その割には、俺の給料は全然あがらないな」


「……そういうところも相変わらずだ」


「どうも」


「……ねえ、レイン。この話は知ってるかい」


「なんだ、唐突に」


「1000年前の勇者様の話」


 勇者の話……それはこの国の子供達なら誰もが聞かされる童話だ。この国には封印がある。だから、その封印についての昔話が尾ひれをついて童話や民話となって語り継がれているのだ。勇者の話なら、幼少期に両親から何度も何度も聞かされた。レインにとっては一番好きな童話だった。


「……知らない奴なんているのか? この国の勇者が、命を懸けて闇を封じた伝承の物語……だろ。それがどうしたんだ」


「不思議だと思わないかい? 童話にもなるほど、この国の人間は誰だって封印の存在を知っている。にもかかわらず、現代に至っても、あの封印の仕組みはまだ誰にも解明できていない。……この国には“魔境国送り”って刑罰があるだろう」


「ああ」


 魔境国送り、とは。魔境国――つまり封印の中に犯罪者を送り込む。たったそれだけの刑罰だが、死が確約されている何とも便利な刑罰だ。封印の中に一度入れば出ることは叶わない。大昔からある刑罰で、それがどんな経緯をたどってできたものなのかは誰も知らない。


「犯罪者を含め、過去何度か魔境国に調査団を派遣したことがあるけれど、誰一人として帰ってきた人間はいなかった」


「……今は戦争で忙しいから、それどころじゃないしな」


「だが敵国が欲しがっているのは……魔境国に眠る秘宝だ」


「……触らぬ神に祟りなし、っていうだろう。懲りないね、他国の奴らも」


「闇を封印できるほどの強力な秘宝がわが国に眠っている。ロマンチックだと思わないか?」


「……お前、魔境国に行くだなんておかしなこと言うんじゃないだろうな」


「まさか。行かないよ。僕はね」


 ぞっとするような笑顔に、思わずレインも眉をしかめた。心底楽しそうに、けれども歪んだその笑顔には狂気にも似た色が見え隠れしている。だからこの男は苦手なんだ――とレインは小さくため息をついた。


「魔境国に入ったら最後、外には出られない。だけれど、封印を解くことができれば? 秘宝を手に入れることができる」


「……封印を解けば再び闇の侵食が始まるんだろう?」


「でも、秘宝を手にすることが出来れば、国王陛下は神になれる」


 言わんとしていることは空想、すべて仮定の話である筈なのに――ジジ・オルファの瞳がまるで空想を話しているように見えないほど現実を見詰めていたから。レインは少し怖くなった。

 ポケットをまさぐって懐中時計を引っ張り出す。話を切り上げる口実がほしかった。


「ジジ、もう時間だ」


「ああ残念だ……もう少し話がしたかったのだけれど」


「そうだな、また今度ゆっくり話そう。早く行けよ、陛下の側近が遅れちゃみっともないだろう」


「そうだね……ああ、それと……リーナちゃんは元気かい?」


「え? あ……ああ」


 ジジが妹の名を口にした瞬間、頭の奥が急激に冷え込んで言ったのがわかった。同時にばくばくと心臓が跳ね上がる。まさか、いやそんな。嫌な考えが浮かぶのは、ジジ・オルファに気圧されたからだ。まさか――そんな、疑いすぎだ。そんなことがあるわけがない。


 思考を振り切るように首を振って、レインはしかと前を見据えた。ジジは薄く笑って踵を返す。心の不安が拭いきれないまま、レインはラッパの鳴る音を聞いた――。




 式典が始まるというのに――レインの思考はかき乱されたままだった。

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