九話「零以下から始まる農業改革」
クグルから知ったクルルゥ村の農法にノナメは即座に頭を抱えた。
突然の奇行にアンナは驚いたが、クグルは違った。即座に自分たちがしていた事が間違っていたのだと察したのだ。
クルルゥ村はケタタゥとタルカスの森から木の実と野草を集め、ケンタウロスと物々取引をしたりして生活をしていた。
ノナメ的にもここまでは良かった。
だが、木の実を取るだけ取り、更に森の木を減らしたら駄目だろうという理由で、囲炉裏や台所に使う薪を落ち葉で代用していたのだ。
薪よりも燃えるのが早い落ち葉は大量に必要になり、できる限りの量を必要とする。
そのため、森へ還元される栄養が減り、土地の栄養枯渇に着々と足を忍ばせているのだ。
非常に重い面持ちでノナメは口を開いた。
「拙いですね、かなり。今年が初めてならば笑い話ですが、何十年も続けていたらこれはもはや害でしかありません」
「へ? そ、そんなに酷いのか?」
ノナメの重々しい雰囲気にアンナは不安を抱く。
「……ああ。クグルさん、近年木の実の量はどうなっていますか?」
「……ッ。ええ、少なくなりつつありますね……」
「本当にですか?」
ノナメの真剣な目にクグルは取り繕う意味を持たないと観念し「つつではなく、もう既に足りなくなっています」と白状した。
「……改善策としては、木を切り薪にする事をおすすめします」
「森を減らすのか!?」
怒鳴るようにアンナは声を荒げる。暮らしてきた森を切る事に反感があり、それだけ森を愛しているのだろうとノナメでも分かる。
だからこそ、鬼にならねばならんとノナメは真剣な顔でアンナを見る。
「まぁ、そうなるな。でもな、アンナ。一定量を減らし、戻す事はできるんだよ。ーーここからが俺の仕事だ」
アンナの怒りを宥めたノナメはクグルへ視線を向けた。
クグルの表情は真剣そのもので何事も受け入れるという様子にノナメには見えた。
「先ず、無計画に木を切ればそれだけ森を減らす事に繋がります。しかし、戻せる量ならば、先に減っても問題は無いのです。恐らくですがこの先野生動物も減る事になりますので、早急に改善しましょう」
「ええ、そうですね、何をすればよろしいでしょうか?」
「先ずは木を切る場所を選定します。川沿いの木は絶対に切ってはならない。加えて、友好種族に迷惑がかかる場所も論外です。更に、木の実が取れない場所を選びます」
「木の実は取っても大丈夫なのですか?」
「ええ、その区域は別の考えで豊かさを取り戻します。自分が気絶した地点から下流の方に木の実の取れない巨大な木がありました。その場所を起点とし、木を安定して伐採できる土地を作りましょう」
「ああ、ケタタゥの木をですか。確かにそれなら問題ありませんね。一本で一年は持つでしょうから」
ケタタゥの木は通常の倍以上に巨大なので、魔法により上から伐採する事に決定した。
次に栄養枯渇気味の木の実区域対策に、民糞を混ぜた腐葉土を制作する事になった。
「本来ならば糞を三ヶ月程発酵させるのですが、クルルゥ村の人数的に少ない量しか生産できません。そのため、腐葉土を用いて量を底上げします」
「これは期間はどれくらいですか?」
「短く見て半年ですね。一部を来年用に作っておき、来年から本格的な作業を行いましょう」
「……分かりました」
クルルゥ村は近親相姦による一族繁殖のため、数多くのエルフは居ない。全体で四十人程の中規模農村だ。
一定年齢を越えたエルフは本国へ帰還するのは村の足手まといになり、食い扶持を減らしてしまう事を恐れての事だ。
そのため、先代村長共に老民は本国へ帰還してしまったので現在クルルゥ村は人数が少ない状態にある。
「……さて、森に対しての案はこれぐらいですが、……先を見越すとまだ足りませんね」
ノナメとクグルは溜息を吐く。
知識を持つノナメと知識を受け継いだクグルだからこそ、次の敵が見えている。
「食糧の調達ですね」
「ええ、クグルさんが仰ったように野生動物の数も木の実の減少により減りつつあります。これを打破するには、野生動物の人口増殖を行いましょう。数匹の野生動物を村で繁殖させて頭数を増やします」
「村でですか?」
意表を突かれたような顔でクグルは尋ねる。
そんな事をできるのか、と。
「はい。古代語では人手で増やす事を畜産と言い、飼い慣らした野生動物を家畜と呼びます。冬には大きい家畜を処理し、幼い家畜のみを増やし餌を調整。繁殖させ、減らし、調整する。この流れを繰り返します。そして、これには餌が必要になりますので物々取引する種族に相談し、今年のみで先行投資して貰いましょう。内容的には畜産の方法とお手伝いで良いでしょうね」
「成る程……、自然の営みを村の中で作り出すのですね」
「そうなりますね。これにより、数年で森は回復傾向が見え、畜産により狩をする必要が無くなります」
狩の必要性が無くなる事を伝えられ、クグルはやや苦笑いを浮かべ、豪快な叔父を思い浮かべた。
「それはガンドラ叔父が癇癪を起こしそうな気がしますが……」
「その時は自分が説明しましょう。以上が草案ですが質問はありますか?」
クグルはノナメの自信の有様を驚いたが、これまでの負債を返済するような技術を齎した姿を思い出し、彼ならばやりかねないわねと期待した。
ノナメはクルルゥ村で唯一の他種族の血を持つ者だ。一族のしがらみに囚われず発言できる者である。加えて、某掲示板で培った経験により論破は得意であり、態とえぐい所を抉る。肉を抉って骨を砕き尽くすのがノナメの裏の顔だったりする。
ネット弁慶なため、あまり表には出ないのが救いだろう。人柄を知らず内に発覚していたら即座に追い出されていたに違いない。
「……いや、無いですね」
「では、これにて第一回農業改革会議を閉廷します。……とまぁ、自分はこんな奴です。何かあれば工房に居ますのでお声をかけてください」
「ええ。是非頼りにさせて貰うわ」
「……あれ、アンナは……」
アンナが居た場所を見やれば座布団の上で丸まり寝ている姿があった。二人の話について行けなくなり、寝てしまったらしい。
二人は苦笑してアンナを見やり、穏やかな時間が流れた。
「……では、自分はそろそろ戻りますね。アンナはどうしましょうか?」
「ふふっ、連れて行ってあげて。私は草案を纏めなきゃいけないから」
「分かりました。お身体御自愛くださいね」
ひょいと軽いアンナの腰と膝裏に手を差し込み持ち上げたノナメは、一礼して工房へと歩んで行った。
数日無茶をしていた事を看破されたクグルはくつくつと笑い始める。
「……成る程ね。アンナが彼を気に入るのも分かる気がするわ。……狙おうかしら?」
再び黒い笑みを静かに浮かべたクグルはメモ帳にした羊皮紙を掴み、自室へ戻って行った。
その足取りは軽やかに見えた。