七話「話し合うべきこと」
エルフの夕飯これ如何に、と少し期待していたノナメは予想斜め上のメニューに苦笑する。
川魚の塩焼きをメインに、牡丹汁に山菜の漬物を添え、木製茶碗に盛られたご飯。箸も付属している。
麦米ではなく、日本で普通に食されるようなコシヒカリやあきたこまちのような米。
(……どーしてエルフの村にあんだよ日本米)
見かけファンタジー、中身和風とはこれ如何に。
内心びっくり過ぎて唖然気味なノナメにゲイルとアンナは微笑を浮かべる。未だに異文化に慣れていないと勘違いしているためだ。
むしろ、ノナメの方が精通していると知れば如何なる事やら。
「では、この度の出会いと自然の幸に感謝し」
いただきます、と声が重なる。
二人はノナメが手を出すのを優しい微笑みで見つめ、居心地が悪いわけでは無い。が、食べ辛い。
ノナメは仕方が無いと諦め、牡丹汁に手を出した。
味噌が無いために素材の味が引き立つ牡丹汁にノナメは痛く感動した。これまで碌なものを食べていなかったノナメが暖かい食事にありつけた事と、燻製肉となった猪の無念を晴らすような美味さに心を打たれたからだ。
微笑みを浮かべていた二人は焦り始める。
なんせ、目から涙を流しながら牡丹汁を食するノナメが居るのだ。
(ど、どういう事だ?)
(た、多分今までの旅で満足した食事にありつけなかったんじゃねぇか?)
川魚の塩焼き等に手を出し始めたノナメは夢中に食べ続け、二人は小声で慌てるのみ。結局、食べ終えたノナメに「食べないのか?」と指摘されるまでパニック状態だった。
「……さ、さて。見苦しい姿を見せたが、私はゲイル・クルルゥ。この村の村長でアンナの実の兄だ」
「そうでしたか。この度は迷惑をおかけしてすみませんでした。自分の名はノナメです」
記憶が無いのに何故名前があるのか、と疑問に思う二人にノナメは「古代語で名無しの意味だ」と適当な言い訳で乗り切る。
名前が無い事に対して失言だったとゲイルは謝罪し、いえいえとノナメも空気を重くした事を出して水に流す。
「……して、ノナメ殿は本当に古代人なのか?」
「正直に言いましょう。自分は旧世界から五日前。その範囲の記憶を失っています。つまり、古代人としての記憶のみで、今の世界事情を知り得ません」
「成る程……。確かに耳の短さや黒髪からして古代人の風貌だ。魔法により姿を偽っているようでも無い。けれど、村長として一応尋ねるが自身を古代人であると証明はできるか?」
「それは……難しいですね。今手元に無い物を語っても信用に値する証拠とはなりませんし、五日間の旅経験からこの世界に無い物を語れば意味が分からずの気狂いと見られます」
ノナメの服装はこの付近の物では無いし、古代人として生きた頃の服装では無いのだ。未知であろうとも確たる証拠にはならない。
「……あ、ならよ。あのくんせー肉だっけ? アレなら……」
「くんせー肉とは?」
クルルゥ村では冷蔵庫のような長期間保存はできない。加えて、近くに川はあれど海は無いため塩も無い。物々取引により他の友好種族から岩塩を得ている。
自然の幸に満足しそれ以上を求めないクルルゥの民には、開拓という生活改革には消極的だ。
そのため、カタタゥ川から生活水を樽に入れて得て、狩により取れた肉をクルルゥの民で分け合い腐るのを避けて、畑とは言い難い環境で野草を取り、友好種族と物々取引して質素な生活をしている。
物々取引の内容は、主に米や岩塩だ。
山に住む友好種族というとケンタウロスが挙げられる。四足人獣と呼ばれる森の狩人だ。田畑を耕し、弓を愛用し野生の獣を狩る。敵意を持たねば盟友となるのは難しくない。潔癖と呼ばれるエルフですら友好関係を築ける程に、心優しい種族だ。
このように生活を改新する種族は近隣に居らず、燻製の技術は未知の域である。
そのため、ノナメが持つ古代の知恵(中身的には先端的だが)は古代人たり得る証明になる。
「……つまり、自分の知識を古代人の証拠にするわけですね」
「燻製肉とやらはクルルゥだけでは無く、エルフですら知らない技法だ。例え未開の大陸の知識と言っても、信じられるか分からんな。だが……」
アンナから手渡された燻製肉を見ながらゲイルは苦笑した。
「実際に目の前にあるのなら信じざるを得ないな」
「確かにな。味はアレだけど保存はきちんとできてる。……なら、技術師として村に滞在したらどうだ? 旅人だから暫くは居辛いかもしれないけど、村に貢献する姿を見れば信用もできるだろ」
「さらに、村の生活に潤いが生まれる。ノナメ殿は居場所ができ、此方は技術を得られる。如何だろうか?」
ノナメへニヤリと笑みを浮かべてゲイルは言う。
村の繁栄に繋がると本気で見据えている瞳で見られ、ノナメは真剣に答えを出した。
「……自分は未だこの世界を知らない。さらに孤立無援の身だ。このまま旅を続けても命を失う可能性が高い」
ノナメは先ず自らの状況を語り、己のメリットを考えた。旧世界的には衣食住と先端技術を等価交換するのはあり得ない話だ。生活コストよりも先端技術の儲けの方が高い。
「そして、結果的ではあるがアンナに俺は救われている」
だが、今はリセットされた新世界である。
長期間の旅人生活は何も知らぬノナメには難しく、この世界を教えてくれる人物も漸くアンナを通して見つける事ができたのだ。
「……快く迎えてくれるあんたらに技術を渡した方が世のためだろうな」
「ほぅ」
「是非此方からお願いしたい。俺をこの村に技術師として暮らさせて欲しい」
「ああ! 喜んで歓迎しよう!」
力強く握手をしたゲイルとノナメに、アンナはとても嬉しそうに見ていたが、内心複雑だった。
(……でも、あたしがしたのって石投げたのと連れ帰っただけな気がするんだけど……)
ノナメ的には、アンナの裸で石投げはチャラ。クルルゥ村への保護(実際は捕獲)に衣食住の提供、更に自身を匿ってくれた事(誤解)や好意的な発言フォロー等、感謝の割合の方が大きい。
アンナがエルフ特有の面倒極まりない誇り高き高飛車な性格ならば、ノナメは目を覚ました時には即座に脱出の案を考えていたに違いない。こんなエルフ信用できるか、と。
アンナの人柄があらゆる面で効果を発揮した、というのが詰まる所である。
「では、アンナの工房の一部屋をノナメ殿の部屋として使ってくれ」
「え”」
ノナメの声が変に出たのも仕方が無いだろう。
実の妹が住む家に村の技術師になったとはいえ男であるノナメを住ませるなんて、驚愕に値するだろう。
村長の肩書きを持つ人物からの許可というのが正気沙汰には思えない。だが、それは古代人のモラルであり、果たして新世界の住人に適用されるだろうか。
「な、何だよ。嫌なのかよ」
正解はアンナが行動で示してくれた。
何処か拗ねたように意気消沈するアンナを見て、突っぱねれる男は居まい。
「いえ、滅相もありません。嬉しい限りです、はい」
「そうか! これからよろしくな」
「本当に良いのか」と視線に込めてゲイルを見やるが、実の兄は「構わん。むしろヤれ」と不敵な笑みを返した。
(あ……。こ、こいつ……アンナを俺の枷にする気満々だッ!?)
意図を悟るノナメだが、外堀は既に埋められ、ゲイルにより舗装されている。
悪意無き無自覚な監視役が付けられてしまったノナメは内心天を仰いだ。
アンナが美少女で良かったと何気に悪い気がしないノナメだが、内心かなり複雑だった。
(……これなんてエロゲ。取り敢えずゲイルは尊敬の目では見ねぇ。絶対に、だ)
政略結婚めいたゲイルの策にノナメは良い印象を得なかった。
……それが、ゲイルの“アンナ”に対するお節介だとは露とも思わずに。