四話「クルルゥ民族」
ニホン大陸は東海に面する大陸であり、二大国家たる獣帝国、陰陽山が東西を陣取り、その周辺に様々な種族の村々が存在する。
先日、覗きをした旅人を捕獲したエルフ族の一端であるクルルゥ民族の村長宅の一室では、会議が行われていた。
収穫率の議題から旅人のこれからについての議題に移り変わると、被害者であり村随一の職人のアンナ・クルルゥはむすっとした顔で不機嫌を表していた。
「では、次に昨日捕獲した旅人について話し合う」
村長のゲイル・クルルゥは他の有権者へ威厳溢れる声でこの度の最重要議題について問いかける。
この場には農民長のクグル、兵士長のガンドラ、魔法師テトラ、職人長アンナの四人が村長ゲイルの前に座っている。
「ケルルゥ川で水浴びをしていたアンナが身元不明の旅人に覗かれた際に、石を投げてしまっている。もし、あの旅人が帝国人であれば大変拙い事になる」
「しかし、村長。まだ目を覚ましていないのですよね?」
「ああ、故に確認は未だできていない。だからこそ、今の内に方針を決めねばならんのだ」
「……帝国人であった場合と違う場合を想定した行動を、ですね」
「テトラが言った通りだ。帝国人であった場合、大使を派遣し帝王殿に身柄を委ねる」
「……帝国は陰陽山を押しつつあるそうですからね」
「あの国は軍の統率が売りだからな! 地力がそのまま戦力の底上げに通じる。故にこれから更に頭角を出すだろうよ」
獣帝国は獣人族が統括する軍国であり、統率された戦闘法により戦を征する技量を売りとする強国だ。
ドワーフ族の恩恵により、多彩にして高度な武器を用いるため他の国よりも戦闘力が勝る。
「村長。一応ながら陰陽師であった場合も懸念するべきかと。あの格好は近隣で見ない革鎧です」
日本帝国に対する陰陽山は東西を隔てる山の西側の麓に存在し、式神と呼ばれる兵士を作り出し、戦況に応じた臨機応変さを売りにする国だ。
日本帝国は質を、陰陽山は量で戦力を維持するため、比較的被害の少ない陰陽山が有利のように見えるが、四神従と呼ばれる東西南北を守る四人が最大戦力であるので守りには強いが攻めに転じれない傾向にある。
故に、攻守一体である帝国が押す戦力図となっている。
「成る程。クグルの言う事も一理ある。なんせ、村随一の職人であるアンナが唸る装備だ」
「……しかし、それならばあの歪な杖は何に使用するのだろうか。魔導杖の一種ではあるが魔法を行使した痕跡がありませんでした」
「あの革鎧はあたしですら分からない技法で編まれてた。材質は前に流れてきた旧世のガラクタに混じってた金属も使われてたし、杖の方には強化材質と同じ強度の材木だった。鉈は高硬度の材質だしよ。唸るどころじゃすまねぇよ」
アンナの報告に四人は顔を顰める。
エルフ族は魔法を用いる一族ではあるが、弓と槍の武に長けた種族だ。その武器を作るアンナが負けを認める技法は驚異でしかない。
「だが、良い装備も使い手が悪けりゃ腐っちまう。武に長けていないアンナの一投げで気絶しちまうような奴だ。恐るるに足りんわ!」
「そうですね。陰陽山は身内には優しいですが余所者には厳しい地です。彼が流れ人であろうと意を介さずに終えるでしょう」
クグルはモノクルを指で調整しニコリと笑う。
穏やかな笑みを浮かべるクグルは華になる。
……目さえ笑っていればだが。
旧世のキャリアウーマンを彷彿させるキッチリとした服装のクグルは、アンナと違い発育が良いため線が出やすい。
故に、サディスト気味な巨乳美人として村の男性に好かれている。
逆に職人気質な性格であるアンナはサラシに半纏というだらしない服装をしており、性格から男性よりも女性に好かれるタイプだ。
男性陣もまた対するような性格を持つ人物たちだ。
旧世の書生服をモチーフにした服装を好むテトラは物静かな性格をしており、普段は寡黙な青年で認知されている。
対して、豪快な気質で大雑把なガンドラは毎日修練服を着る程お洒落に無関心な大男だ。
そんな、ガンドラを片手間で倒せるような歴戦の兵たるゲイルは旧世の浴衣のようなラフな服を好む酒豪だ。
冷静沈着なゲイルが選ばれたのは前村長会議有権者の総意であり、村一番の豪傑故にだ。
五人を尊敬しない村人は居ない程に彼らの人徳が高い事を証明している。
「さて、帝国人であれば大使を派遣。それ以外であればアンナに身柄を委ねる事で相違無いな?」
「はぁ!? ちょっと待ってくれよゲイル兄! なんであたしなのさ!」
「む? エルフ族の掟を忘れてはいまい。無駄な殺生は控えるに限る。被害者であるアンナに委ねるのは当然だろう」
「ゲイル兄絶対に面倒なだけだろ……」
「はっは! と言う事で会議は終いだ」
「ちょ、お、おい!?」
からから笑いながら自室へ去ったゲイルにぐぬぬと顔を顰めるアンナ。
厄介払いは厄介事を持ってきたアンナがするべきだとアンナの実の兄たるゲイルは考えているらしい。
「アンナさん! 旅人の意識が戻りました!」
「……チッ。仕方がねぇな」
最初からこうなる事を予測していたからこそ、あからさまに押し付けられたのが不愉快なのだろう。
呼ばれたアンナは自宅兼職場である工房に出向く。
主に野草や狩で得た野生動物を主食としているクルルゥ村は中規模な農村だ。
それ故に十分もかからず端から端まで辿り着く広さなので、村の中央奥に位置する村長宅から工房までは数分もかからない。
「……持ち場に戻って良いぞ」
「分かりました。お気をつけて」
「おう」
見張りの少年を帰し、工房に戻ったアンナは旅人が眠っていた仮眠室を目指す。
クルルゥ村の家屋は木と塗り土により作られていて、そんな構造故に遮蔽物は少ない。
故に、玄関からすぐにゲイルのお古を着た旅人ーーノナメと対面する事になる。
「……よぉ、覗き犯」
「んなつもりはさらさら無かったんだがな……。結果的に見てるし、この通りだ。すまなかった」
土下座を即座にしたノナメに感心し、同時に驚いてアンナはかなり面食らった。
ふてぶてしい性格や下卑た野郎ならば遠慮無く潰せたが、ここまで素直に謝られると逆に困る。
アンナは何だかなぁと溜息を吐いた。
「……まぁ、頭上げろよ。あたしはそこまで根に持ってねぇしな」
初対面で己の裸を綺麗だと口を漏らしたノナメに不快感よりも恥ずかしさが勝った結果だったのだ。状況が状況故にテンパっただけで、怒り狂うとまではいかず、むしろ喜ばしいぐらいだ。
職人気質の男勝りな自分を異性が褒める事は滅多に無い。言うなれば女扱いされていないため免疫が無く、心の底から放たれた本音が恥ずかしくて仕方が無かったのだ。
普通ならば悪印象である出会いだが、ほんの少しだけ好印象に傾いている。
「本当にすまなかった。下手したら君を巻き込んでたかもしれなかった」
「巻き込む? 何にだ?」
「……へ? 俺の後ろから熊が襲って来てただろ?」
「そ、そうなのか? 確かにそういや、んな事を言ってたような……」
出会いを思い返し、ノナメはアンナの裸を思い出しやや赤面し、アンナは見られて綺麗だと言われた事を思い出しこちらも赤面。
何やら初々しいカップルのような雰囲気になってしまった空気をアンナは咳払いで掻き消す。
本題はノナメの身元確認であり、雑談では無い。
「と、とにかくだな。あんたの身元を確認したいんだが、それらしいもんは無かった。あんた、何処の出だ?」
無言になるノナメにアンナは訝しむが、その行動は仕方が無い事だ。
リセット前の世界で魔法の存在を説くような胡散臭さがある真実を堂々と語る訳にはいかない。
しかし、語らずにも居られない。
既に迷惑をかけてしまっているのだから、余所者である自分が無言に徹するのは失礼過ぎるとノナメは苦悩する。
「……俺が知りたいくらいだ」
咄嗟にある意味間違いではない記憶喪失の旅人を騙る事にしたノナメは罪悪感で胃を苦しめ、本気で悩む顔で言われたために自分の一投で記憶を奪ってしまったと勘違いしたアンナも胃を苦しめた。
「き、(当たる前の)記憶が無いのか?」
「ああ。(五日前以前の)記憶が無いんだ」
この致命的なすれ違いによりお互いに胃痛の種を背負ってしまった二人は乾いた苦笑い。
(……ぐあぁあ。罪悪感が半端無いぞこりゃ)
(……やっべー。身元確認以前な問題だこれ)
お互いに致命的なすれ違いをしたまま、時間は無情にも過ぎてゆくばかりだった。