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ワールドリセット・リテイクライフ  作者: 不落八十八
一章ーークルルゥ村開拓記ーー
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三話「エンカウント」

 食糧難を何とか乗り越えた……と思っていたノナメは、顎を傷めて終始無言で旅人生活四日目を終え、五日目の朝には苛々していた。

 二足歩行の猪から作られた燻製肉は非常に硬く尚且つ臭みが強くてお世辞でも美味いとは言えないものだったのだ。

 だからノナメは今、酒や塩に味噌等の味付けと臭みを取れる調味料が欲しくて堪らない。

 けれど、漸く木の実が取れる場所まで来たというのに一向に人に出会わない。

 独身サラリーマンとはいえ、仕事等で他人との会話や友人との飲み等、人に触れ合う時間はあった。

 極限状況にあるノナメがそんな理不尽な怒りが逆巻くのも仕方がないだろう。


「あー……、クソッ! どうして俺に気持ちよく旅をさせてくれないんだ!」


 うがーっと苛々が大分吹っ切れたノナメは荒い息で辺りを見回した。

 人が居たら恥ずかしい。独り言は自分だけだから成り立つのであり、人が居るなら気狂いの行動に見えてしまう。

 辺りに人が居ない事を安堵してよいのか複雑な気持ちになったノナメは、薄く切りジャーキーのようにした燻製肉を口に加え、木に寄り掛かる。

 噛めば噛む程臭みが口に回る悪循環なジャーキーだが、食わねば命を奪った猪に申し訳ない。

 

「……どうせならもう少し美味しく食べてやりたかったなぁ」


 枝を齧るような気分でジャーキーを食べ終え、ノナメは杖を拾って立ち上がる。

 燻製肉は水分の蒸発や殺菌により保存が効く。例え不味かろうが硬ろうが、咀嚼し胃に入れればタンパク質等を得れるのだから食事は問題ない。

 最近は木の実を拾いながら歩いているので栄養面ではかなり憂いは晴れた。

 一番の懸念は今の状態で病気を患う事だ。

 天涯孤独状況のノナメを救う人物が果たして付近に存在するか、という疑問にぶち当たる。

 五日歩いて誰も会わないのだから六日、七日では出会うだろう、なんて希望的観測にしか過ぎない。

 水源と木の実を探しつつ、ノナメは森を歩く。

 四日前の自分が羨ましい。

 ピクニック気分で森林浴してた頃が懐かしい。

 人は過去を見つめて成長するものだが、たった四日でここまで心境が変わるとは、とノナメは自嘲する。

 インドア思考がアウトドア思考に切り替わりつつあるだけなのだろうが、巨大な鳥や熊を見かけていればサバイバル思考に自ずと切り替わるだろう。

 そして、一番ノナメの心境を変えているのは先日の猪狩りで、命を奪う罪深さと命を頂く大切さを知った事だろう。

 日頃ニュースで戦争や殺人事件を他人事のように感じていたが、命を無駄に散らすそれに憤りを感じるようになり、食事に対する価値観が変わった。

 人は過去を見つめて成長する。

 そんな事を考えられるようになった事をノナメは気が付かない。

 仕事生活と旅人生活を比較してしまうのは当然であり、当たり前に感じているからだ。


「んー……、だがまぁ別に気にならなくなってきたな」


 二日も食していれば味覚も慣れる。

 どうせなら美味い方が良い。ならば、自分の美味いというハードルを下げれば、自然に美味いと感じる物は増える。

 失敗燻製肉は無駄にはならなそうだ。

 ノナメは休憩を終え、歪な杖を拾って左肩に乗せて歩き出す。

 行く宛は無いが、来た道の反対に進むだけで十分だった。

 野生の動物や木の実が手に入るようになったという事は、ノナメ以外の誰かにも手に入れる環境という事に相違無い。

 

「さて……、水辺を探さないと。そろそろ無くなるし、足せないと俺が亡くなるしな……」


 最悪の場合、野生動物の血を飲まねばならなくなる。

 それは自身の健康に気を使うノナメが忌避したい事であるため、歩みは必然的に早くなる。

 病原菌や寄生虫等の恐れのある可能性を、未だ装備が十分でないノナメは妥協できない。

 辺りを見回しながら危険と水辺を探すノナメの瞳に、巨大な熊の背中が映る。

 咄嗟に近くの木に背中を合わせ、熊の背を観察する。

 戦闘能力は不意打ちや奇襲による一手のみであるノナメは必然的に戦いを避けるようになっていた。

 体力や腕っ節ではなく、生存率を高めるためにだ。

 戦わず傷を負わないのであればどんな事も越した事は無い。むしろ、必要な事なのだ。

 中々遠ざからない大熊の背を睨みつつ、走る可能性を考えてノナメは竹筒を皮鞄から取り出す。

 観察するのを止め、竹筒から水を煽り漸く気付く。

 あの大熊とは違う熊が居た事に。

 目が合う熊に落ち着きながら竹筒を仕舞う。

 熊は臆病な性格で自衛や空腹以外では人を襲わない。鈴があれば尚良かったが、持たざる物を頼る訳にはいかない。

 近寄る熊に警戒をしながら鉈を引き抜く。外套に沿うように隠しながら。


「…………来るな」


 その呟きを聞いたのか熊は突然威嚇の唸り声を上げた。

 理由は分からない。

 敵意故の行動に出ている熊に訝しむノナメだったが、鉄臭い臭いを鼻腔から吸い込み納得した。

 

(そうか、こいつ……。俺から猪の血の臭いを感じて興奮してんのか。石鹸やら手持ちに無くて水洗いだったのが失策かね。つっても無い物強請りだが)


 冷や汗が額から流れ、鼻横を通り、顎から一粒の汗が落ちた。

 身構えた熊に対し、ノナメは即座にその場を離れ逃走。先程の大熊と反対方向に、目の前の熊から左へ駆ける。

 咆哮し気分を高揚させているらしい熊から木に移るようなジグザグ走でノナメは逃げる。

 直線では速度で負けて後ろから押し倒される。

 熊の体重は見た目からして重いため、ジグザグと走り木に身を隠しながらだと曲がる際に少し見失い、加えて曲がるために速度を下げなければならない。

 息や気配を殺しながら走る事のできないノナメは持久戦に持ち込めるようなペース配分で逃げ続ける。


(さっきチラリと見えた光の先に、森の出口がある筈……。流石に森から遠くまで離れないだろ…………たぶん)


 希望的観測ながら、ゴールを見定めたノナメは走る。熊の様子を見る余裕も無く走り続ける。

 数分後、薄暗い森林が明るくなり始め、ノナメは木々が少なくなった道を全力で駆け抜けた。


「うぉおおッ! 喰われてたまるかぁッ!!」


 光の先は川が拡がっており、ノナメはやや深そうな水深に感謝したが同時に疑問も浮かべる。

 

(熊って泳げるっけ? ……一応泳げると仮定しておくか)


 仮に泳げないと断定した後、泳いで追われたら水中で捕まり死ぬ。

 その判断は正解であり、熊は陸を歩くような速度で泳ぐ事ができる。渡っていたら途中で狩られていたに違いない。

 簡単に突破は不可能だと感じたノナメは川の流れに逆行し、上流へと疲れた脚に鞭打って走る。

 熊は薄暗い森から明るい場所へ出たためか視界を悪くし、走るノナメの姿を数秒見失った。

 だが、川岸の石を鳴らしながら走る音に視線をやり、ノナメの背を見て追跡を続行する。


(嘘だろッ!? なんでこんなに追われてんだ!)


 鉈から臭う血の臭いを追う事に気が付かぬノナメは鉈を戻す暇無く走り続ける。

 漸くノナメが鉈を仕舞ったのは、上流の浅い場所に見えた人の姿を見たからだった。

 目の前から見知らぬ男が鉈を持って近付いてくるなんてホラー染みた光景を見れば、山賊か悪漢にしか見えやしない。

 臭いが途切れたからか熊の速度は落ち、反してノナメは速度を上げて助けを求める。


「すまない! 熊に襲われているんだ! 助けて……」


 ください、と言い終える前にノナメは硬直した。

 川に居るのだから川魚を取る漁師だとばかり思っていたノナメの視線の先には、振り向いた少女が居た。

 反射する光に黄金色に輝く金の長髪に、西洋人形めいた可愛らしい顔は三白眼の燃えるようなワインレッドの瞳によりややワイルドに調整され、貧相な胸は形美しい故にスレンダーな体型に似合い、白い陶器のように綺麗な肌が紅葉してゆく頬を強調する。

 そして、“やけに”長い耳が特徴的だった。

 パソコンで閲覧したおかず(非食用)等で自身の女性免疫力は高いだろうと高を括っていたが、何も纏わぬ少女の裸を見てノナメは見惚れた。

 ただ、見惚れた。

 外国人が日本の富士山を見て感動したように、日本人のノナメは西洋少女の裸に感動し、目を奪われた。

 一種の芸術品めいた少女の肢体。

 感想は一言だけ、されど一言だった。


「…………綺麗だ」


 その呟きに少女は正気に戻り、しゃがみ込むように胸と恥部を隠し、狼狽えながら口を開いた。


「こっち見んなッ!! 変態めッ!!」


 直後、少女から投げられたやや大きめの石を鼻っ柱に叩きつけられ、ノナメは意識を失いその場に崩れ落ちた。

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