海とモブ其の一
「海へ行きましょう!」
夏休み前半、たまたま部室に全員が揃った日に遥香が突然言い出した。
「お友達と海!憧れてたんです!是非皆で行きましょう!招待します!」
遥香はうっとりと遠くを見ている。頭の中では海辺で大和とキャッキャウフフしている姿が浮かんでいた。
「いいじゃない、やっぱり夏は海だよね〜」
忠臣が乗っかった。
「いつ行くんだ?俺は殆ど休みがないんだが……」
翔は夏休みは助っ人三昧だ。参加している部活がそもそも多い上に、大会で勝てば勝つほど休みが削られて行くシステムだ。
「別に一人くらい欠けてもイベントに支障はないぞ。頑張って部活に勤しんでくれ」
「酷い!俺だって行きてぇよ!」
「まぁまぁ、折角だし翔に合わせてやろうよ。稼ぎ頭でもあるんだしさ。予定でいくと……八月後半の一日だけか……」
「クラゲまみれじゃない?その頃になると……」
「それなら心配いりません!クラゲのいない所に行けばいいんです!」
「え?」
時は移って海に行く当日早朝、春日井家のリムジンで向かった先は空港だった。そして一同はまたも圧倒されたままプライベートジェットに乗って着いたのは所謂南の島だった。
「遥香ちゃん……ここは?」
「はい!ここはオアフ島の近くの島です!」
「へぇ……そうなんだ……」
この島は、世界中のセレブ達がシェアしている元無人島で、海岸線が砂浜で一周しているリゾート島だ。
入島するには所有者の許可がいることから安全は保証されているのと同時に、下手なことは出来ないとも言える。当然他の人たちは所有者とその知り合いばかりである為、ナンパをするにはそれなりの覚悟が必要だった。
「皆様、あちらが春日井家の別荘になります。男性用、女性用と部屋を用意しましたので案内いたします」
「小牧さんいたんですね。……小牧さんも水着になるんですか!?」
翔は欲望を隠す気が全く無いようだ。だが口にはしないが武流達も興味深々だった。
男子の着替えなんて簡単だ。ズボンの下に海パンを履いてきているので尚更だ。五分とかからず用意を済ませて砂浜へと繰り出した。
「……翔……お前ずっと部活だったんだよな……なんで全身くまなく焼けてるんだ?」
見ると翔はブーメランパンツだった。翔の鍛え抜かれた肉体ならば似合っているのだが、そんな小さなパンツでも一部の隙もなく焼けているのが不思議で仕方が無い。
「さあなぁ……なんでか毎年こんなだぞ。理由はわかんねぇけど」
「まぁ体質なんでしょうね。見たくも無いですが」
そう言ったのは弥富だった。弥富は南の島の砂浜だというのに執事服をビシッと着こなして汗一つかいていなかった。
「弥富さん……あんたは泳がないのか?つーか暑くないのか?」
「はい、私は執事ですから。それに水着になってしまってはカメラを隠すことが出来なくなってしまうじゃないですか」
弥富は悪びれもせずカメラを取り出した。
「隠し撮りする気満々か!……後で湊の写真くれ……」
「お断りします。私のカメラは天使しか写りませんから」
弥富にとっては天使イコール幼女である。リミットは12才までだが礼那と巫女は例外だ。
「……水着になったらカメラを隠せない?……ふん……甘いな……僕はこの日の為にこのサングラスを開発した!眉間のピンホールカメラで撮影、BluetoothでノートPCに自動で送信できる優れものだ!これで超至近距離から姉さんを激写出来るのだ!」
確かに凄い。胸を張って威張るだけの事はあるが、やっていることはただの盗撮だった。
そこへどこからともなくコーラの瓶が飛んできた。しかも二本。それが二本とも智のサングラスの奥の眉間にヒットした。
「姉さん!せめてスプ◯イトにして……」
それなりに重症になるレベルの攻撃だったのだが、何事もなかったように、しかし明らかに間違ったツッコミをしようとした智の言葉を止めたのは瓶を投げた張本人、礼那だった。
「全く……どこへ来ても変わらんなお前は……」
礼那は黄色いビキニ姿で腰に手を当ててふんぞり返っていた。ビキニは白の水玉とフリルがこれでもかと付いていて、完全に子供用の水着だった。
「天使降臨!」
よくわからない言葉と派手な音と共に弥富が鼻血を吹き出して倒れてしまった。智はと言うとこちらもハアハアしてるかと思いきやなにやら不満気な顔付きだ。
「姉さん!なんだよその水着!いやそれもいいけど僕が用意した水着は!?なんで着てないの!?」
「……お前の用意した水着とやらはこれか?」
礼那はビリビリに切り刻まれた布切れを智の前に蒔いた。それは元は旧スク水と呼ばれる代物だった。しかも平仮名で[れいな]と書かれたゼッケンまでついていた。
想像したのだろう。弥富がうずくまった状態でまた鼻血を吹き出した。なんだかびくんびくんと痙攣しているようだ。
SS初の続き物です。本編が夏休みをすっ飛ばしたのでこちらで……的なものです