第8話『蹴りたいのは、勝利じゃない』
「……あれ? また外した?」
練習後のグラウンドに、ミオの声が虚しく響いた。
明るく、元気で、いつも笑ってるムードメーカー。──それがミオのポジションだった。
けれど最近、プレーが冴えない。トラップミス、パスずれ、シュートは枠外。
誰も責めていない。けれど、自分が一番、自分にがっかりしていた。
「私、役に立ってないなぁ……」
その呟きに返事をしたのは、カリンだった。
「あなた、自分の“役割”が見えなくなってるのね。なら、私が作ってあげるわ」
「えっ?」
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翌日から、カリンの“謎の強化計画”が始まった。
「ミオ専用アシストルート計画よ」
「いや名前!?」
「前線であなたが一番活きるポイントに、私たちがボールを運ぶ。それだけ。あとはあなたが蹴るだけ」
「え、いや、そんなんでゴール取れるのかな……?」
「従いなさい、下僕」
「やっぱちょっとだけ怖い!」
だが練習は本気だった。ヒナ、カリン、1年生組──全員がミオを“生かす”ためのパスを回し続ける。
何度も失敗し、ミオは謝った。
「ごめん、また外した……」
そのたびに、カリンは言った。
「なら精度を上げるわ。あなたが入れられるところにしか、私は出さない」
信じる、という支配。
従わせるのではなく、“その人間の力を信じて動く”という選択。
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そして迎えた、強豪校との練習試合。
ミオはスタメンに入っていた。
「ねえ、ほんとに私、出て大丈夫かな……?」
不安を押し殺しながら、試合は始まる。相手は早く、強く、上手い。最初の10分で1点を奪われた。
「ダメかも……」
そのとき。
「走りなさい、ミオ!」
カリンの声。ボールが出る。──そこに、自分の足が届いた。
「えっ、えっ、これ私、撃っていいやつ!?」
右足を振り抜く。ゴール左隅、ネットが揺れた。
「入ったあああああっ!?」
ベンチからも、観客からも歓声。ミオは、口を開けて放心していた。
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試合後、ミオはカリンのもとに駆け寄る。
「見た!? 入ったよ、カリン! すごく気持ちよかった!」
「それはあなたの力。私は、命令しただけ」
「ううん、ちがう。私、今わかった気がする」
ミオは胸に手をあてて言った。
「私が走りたかったのは、ゴールのためじゃない。“みんなの笑顔”のためだったんだ」
それは、彼女自身が選んだ“役割”だった。
「誇っていいのね、自分の走りを」
カリンが静かに頷いた。
「……役割は与えるものじゃない。自分で、“誇れる”ものに変えるのね」
夕焼けのグラウンド。ミオは初めて、自分の影をまっすぐ見つめた。