第1話『球体豚野郎との邂逅』
転校初日。
整列したクラスメイトたちの視線を、黒江カリンは軽く受け流していた。制服はきちんと着こなしているが、その立ち居振る舞いには妙な品格と圧がある。背筋はまっすぐ、言葉は丁寧──だが、どこか上から目線。
「黒江カリンです。どうぞ、よろしくお願いします……下僕の皆様」
「ん? 今、下僕って言った?」
「いやいや、聞き間違いでしょ……たぶん」
ざわつく教室。
だが、カリン本人は気にしていない。むしろ堂々としていた。
育ての親であり、女王様として名を馳せる麗奈のもとで鍛えられた彼女にとって、自己紹介もひとつの“支配行動”だった。
*
午後、体育の授業。種目はサッカー。
だが、カリンは見学希望を出していた。
「理由は?」と教師に聞かれ、「……支配するにはまず観察からです」と意味不明な返答をしていたが、体育教師は何かを察して深追いしなかった。
生徒たちが校庭を走り、ボールを追いかける姿を、カリンは無表情に見つめていた。
ふいに、一つのボールがコロコロと転がってきた。
──それは、ただの偶然。
でも、彼女には“挑発”に見えた。
カリンはゆっくりと立ち上がり、足元の球体を見下ろした。
「……ふふ。転がることしかできないなんて、まさに──球体豚野郎ね」
周囲の空気が凍る前に、カリンはおもいっきり蹴った。
ドッッッ!!
乾いた衝撃音。
ボールは空気を切り裂き、ゴールポストに直撃──鉄柱ごとズレた。
「え……えええええええっ!?」
「なにあのキック!?」
「ゴール歪んだぞ!?」
一瞬、体育の授業が止まった。唖然とするクラスメイト。叫ぶ教師。
その光景の中で、ただ一人、冷静だったのは……女子サッカー部のコーチだった。
「……君、ちょっと話がある」
*
「サッカー部に、入ってみないか?」
放課後、体育準備室。
そう持ちかけられたカリンは、椅子に優雅に腰掛けたまま、紅茶を飲んでいた(なぜか持参していた)。
「その申し出は魅力的ですわ。ですが、私が入るには条件があります」
「条件?」
「この部を……私の手で支配しても、よろしいかしら?」
コーチはポカンと口を開け、沈黙した。
だが、彼女の眼差しには冗談の気配がまるでない。
「……よくわからないけど、とりあえず入部希望ってことでいいか?」
「はい、承認しますわ」
*
その夜、自宅──いや、SM倶楽部『女神の檻』のVIPルーム。
黒革のソファに座る麗奈が、カリンの報告を聞いていた。
「ふふふ……サッカー、ねえ。あなたが球遊びに本気になる日が来るなんて」
「支配の対象は、常に変化するもの。今は、あのボールとチームを、従わせてみたくなっただけです」
「……いい目になったじゃない」
麗奈はそう言って、カリンの頭を優しく撫でた。
女王様の愛情は、案外、温かい。