3 この世界の姿
お読みいただき、誠にありがとうございます。
本に親しむ乳幼児期を過ごすうちに、ヴィクトルは少しずつこの世界の輪郭をつかめるようになっていった。
この国の名は《アーベント王国》。国の中心には王が君臨し、その直下には、ヴィクトルの家――ライヒベルク家を含む「四大公爵家」と総称される古くからの名門が並び立つ。さらにその傘下にもいくつかの貴族たちが控えている。
「四大公爵家は、かつて王国の建国に多大な貢献をした家系だそうですのよ。」
クラリッサがそう語るとき、彼女の声にはわずかな敬意と警戒が混じっていた。貴族の関係は複雑で、友であり、時に牽制し合う敵でもあるのだ。
(それにしても……やはり魔法、か。)
読み聞かせられる物語や歴史の中には、必ずと言っていいほど魔法が登場し、それは神秘であり、力であり、何より権威の象徴だった。
魔法を学ぶには「魔導書」という特殊な書物を読む必要があるらしい。しかしそれは極めて高価で、限られた者しか手に入れられないという。
(つまり、魔法は“金で買える力”であり、“生まれで手に入る力”でもあるわけか。)
だが、それ以上にヴィクトルの心を引っかけたのは、魔導書を読む者を制限する“法律”の存在だった。
《魔導書は、貴族および貴族が特別に認めた者にしか読ませてはならない》
その一文を聞いたとき、ヴィクトルは幼いながらに、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(……平民に魔法を学ばせることは法で禁じられている? なぜだ……いや、理由は明白か。)
いつか平民が貴族に反乱を起こすことを恐れ、彼らに“力”を持たせないよう法で縛っているのであろう。
(理屈は分かるが……これはあまりにも一方的だ。つまり、魔法は単なる便利な力ではない。支配の手段であり、階級の境界線そのものなんだ。)
そして、そのような力による支配構造の中で、必然的に奴隷制度の存在が浮き彫りになる。
奴隷――それはこの世界で合法的に売買される“人間”のことだった。彼らの多くは、飢餓に耐えかねて捨てられた子供、あるいは盗賊に襲われ捕らえられた者たち。奴隷商人たちは、そうした人々を“商品”として各地の村々からかき集め、市場へと流通させていた。
母クラリッサは、読み聞かせの際、奴隷に関する記述が出るたびにさりげなくページを飛ばしていたが、彼女が部屋を離れた後、ヴィクトルは隠れて本を読み返し、その忌まわしい制度の実態を少しずつ理解していった。
奴隷の購入者は主に二種類。貴族、あるいは平民だ。
魔法が使える貴族は、魔法によって奴隷を支配する。奴隷に対して、苦痛を与える魔法をかけ、逆らうことのできない存在として使役する。一方で、魔法を持たぬ者は、暴力によって奴隷を縛るしかなかった。
知れば知るほど、この世界の奴隷制度には言いようのない憤りが残った。
(俺がここに転生した意味が、もしあるとするなら……)
彼は、無意識のうちに小さな拳を握っていた。