29 3年後のある日5
ヨハンとフィオナが息をのむ。ヴィクトルは少し間を置いてから、ゆっくりと語り始めた。
「まず、この国にいる奴隷一人ひとりを、主人の目を盗んでこっそりこの地下都市に連れてくる。そして、連れてくる際には、先ほどヨハンに見せた分身の魔法を使って、奴隷の分身を置いていくんだ。そうすれば、主人は気づかない。」
ヨハンは問いかけた。
「つまり、ヴィクトル様の分身体が“変身”の魔法で奴隷に姿を変え、その者に成り代わる、ということですね?
しかし……それでは姿かたちは変えられても、仕草や癖までは完全に再現できないのでは? それで不審に思われる危険はないのでしょうか。」
フィオナも心配そうにヨハンを見つめ、そしてヴィクトルに目を向けた。
ヴィクトルは静かに首を振った。その顔にはどこか切なげな影が差していた。
「それは大丈夫だと思う。少なくとも……以前、一緒に訪れたカイゼル領で見た奴隷たちは、みな下を向き、無表情で黙々と作業をしていただけだった。……悲しいことに、そこに“個性”なんて存在しなかった。」
言葉に滲む痛みが、部屋の空気を重くする。
「だから、奴隷の真似をするのは簡単だと思うし、気づかれることはないだろう。」
フィオナは小さく息をのんだ。自らも奴隷だった過去が胸を突く。彼女は膝の上で組んだ両手をぎゅっと握りしめた。
ヨハンは目を細め、しばし黙考した後、さらに問いを重ねる。
「……なるほど、確かにそうかもしれません。もう一点お尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「うん、なんだい?」
「その分身体は、いずれ消えてしまうことはないのですか? 先ほど見せていただいた分身は、ヴィクトル様の合図で土に戻っていました。あれがもし人前で起きてしまったら……」
「それも心配いらないよ。分身体が消えるのは、3つの場合だけだ。私が合図した時、分身体に与えた魔力が尽きた時、分身体が死んだ時。
まず、もちろん私は合図を出さない。それから、この世界では奴隷が魔法を使えるはずがないのだから、主人が奴隷に魔法を使うよう命じることはあり得ない。ゆえに魔力が尽きて分身体が消えることもない。」
指折り数えるようにヴィクトルは説明する。
「そして最後に、分身体が殺される可能性についてだ。確かに、奴隷を酷使する主人は多い。だが、殺すことはまずない。死体の処分費用や、新たに奴隷を買う費用がかかってしまうだけだからね。
ただし、万が一のため、緊急時には気づかれぬように魔法などでその場を離れ、人目のない場所で分身を解除するよう命じておくよ。そうすれば、その場には土だけが残る。主人からすれば“奴隷が逃げ出した”と考えるしかないだろう。」
「……なるほど。よくお考えでございます。そのようにして、まずは今いる奴隷の保護に当たられるわけですね。」
ヴィクトルは力強く頷いた。
「そういうこと。奴隷制度撤廃に向けて動き出しても、それが何年後、いや何十年後に成し遂げられるか分からない。その間にも、奴隷たちは日々苦しんでいる。
……だから、私はまず目の前の奴隷を救いたいんだ。」
その言葉に、フィオナの胸は熱くなった。思わず身を乗り出し、瞳を輝かせて声を上げた。
「未来だけじゃなく、今いる奴隷のことも考えてくださるなんて……さすがヴィクトル様です!フィオナにもお手伝いできることはありますか?」
その姿はまるで、過去の自分を救ってくれた主人に再び忠誠を誓う少女のようだった。
ヴィクトルは微笑み、彼女の頭に手を置いた。その掌の温もりに、フィオナの頬は少し赤く染まる。
「もちろんあるよ。ここからが、まさにフィオナとヨハンに大いに活躍してもらいたいところなんだ。」
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