25 3年後のある日
その日の午後も、ヨハンは森の家で淡々と仕事をこなしていた。
羽ペンの先から黒いインクが走り、細やかな文字が並んでいく。外では、鳥の鳴き声と木々のざわめきが穏やかに響く。まさに何事もない、いつも通りの午後だった。
コン、コン、と扉を叩く音がする。
ヨハンはペンを置き、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「どうぞ。」
扉が開くと、そこにはヴィクトルとフィオナが並んで立っていた。
「どうされました? 今日はもう良いのですか?」
ヨハンは首を傾げる。
ヴィクトルはにこりと笑った。
「うん、今日のフィオナの魔法練習はもう終わり。
今から、ヨハンに見てもらいたいものがあるんだけど、ついてきてくれる?」
言葉の端に、わずかに含みのある声音。
「良いですよ。」
ヨハンは即答し、上着を整えてから扉を閉めた。
3人は森の家を出て、踏み慣らされた細道を進んでいく。落ち葉を踏む音が、一定のリズムで森に溶けていった。
(あの様子……何かあったのだろうか。)
ヨハンは静かに歩きながら、胸の内でそう呟いた。
やがて辿り着いたのは、ヴィクトルがいつも午前中に魔法の鍛錬をしている場所だった。
「ヨハン、今まで私を信じてくれてありがとう。」
ヴィクトルは真っ直ぐな目で告げる。
「色々準備が整ったから、ヨハンに全てを話すよ。
……私がどういう経緯でオルド氏から他属性の魔法を授けられたか、そして……私が奴隷制度撤廃をどのように成し遂げるつもりか。」
フィオナもヴィクトルの隣で真剣な眼差しを向ける。
「ついに……お聞きできるのですね。」
ヨハンは深く一礼する。
「それは光栄なことでございますが、レオンハルト様、クラリッサ様はよろしいので?」
彼の問いに、ヴィクトルは小さく頷いた。
「そうだね。当初は、私が15歳になり成人した時、父上と母上、そしてヨハンに同じタイミングで打ち明けるつもりだった。でも、思ったより早く準備が整ったんだ。だから、ヨハンには先に伝えようと思って。」
少し苦笑しながらも、その声は揺らがない。
「父上と母上は、子どもの私が言ったことでも信じてはくれるとは思うけど……過保護な面もあるから、きっと“動き出すのは成人してからにしなさい”と言うだろう。
だから……両親に伝えるのは成人してからにするよ。」
「ヴィクトル様はもう間もなく10歳になられますから……ご両親へは、あと5年ほど隠し通すおつもりということでしょうか。」
「そういうことになるね……。これからも頼むよ、ヨハン。」
「分かりました……ヴィクトル様のご判断に従います。」
「じゃあ、始めるよ。」
ヴィクトルは深呼吸をし、目の前の大木へと手をかざした。掌から溢れる淡い光が、木の幹全体を包み込む。
ゴーー、と鈍い音を立て、幹がまるで生き物のように左右へ割れた。内部には、地下へと続く階段が現れた。
ヨハンは驚いた。
「こ、これは……!」
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