18 奴隷の少女2
「……足枷や首輪はけっこう。こんな貧弱な娘、逃げられるわけがないですからね。」
ヴィクトルが返答できなさそうであることを察して、ヨハンが答えた。
3人は静かに、店を後にした。
外は、夕暮れの影が町に落ち始めていた。だがその静けさとは裏腹に、ヴィクトルの心は激しく揺れていた。
その横でヨハンが低く、しかし急くように小声で言った。
「こうなっては仕方がありません。急がないと、治療が間に合わないかもしれません。すぐに戻りましょう。」
「ヨハン……ごめん……そして、ありがとう……」
ヴィクトルは唇を噛みながら言った。
「あとで、しっかり説教させていただきます。」
ヨハンはそう言いながらも、数日後には死んでしまいそうな少女を見捨てず保護したヴィクトルのことを、誇りに思っていた。
ヨハンは少女の前にしゃがみ込み、「失礼します」と一言だけ言ってから、彼女をそっと抱き上げた。その腕の中の小さな身体は、驚くほど軽かった。
ヴィクトルたちは、夕焼けが伸ばす自分たちの影を踏みながら、町の出口を目指して足を速めた。
町を出ると、ようやくヴィクトルは息を吐いた。
「ヨハン、いったん人に見られないところに行こう。」
「……ヴィクトル様? 一刻も早く我々の地へ戻って、この子を治療をした方が良いのでは……」
「いいから、私を信じて。」
ヨハンは目を見開いた。そして短く「わ、分かりました」と返した。
3人は街道から外れ、岩陰へと身を隠すように腰を下ろした。誰の目も届かない場所へ。
少女はまだ怯えていた。ヴィクトルたちの言葉も行動も、理解が追いついていないのだろう。固く縮こまったまま、じっとこちらを見ている。
ヴィクトルはゆっくりと微笑みながら言った。
「安心して。奴隷商人や町の人の前では言えなかったけど、私たちはあなたを奴隷として労働させるとか、そんなこと全く考えていないんだ。」
少女の大きな瞳が、ほんのわずかだけ揺れた。
「……?」
信じられない、とでも言いたげな表情だった。
ヴィクトルは荷物を広げ、乾燥肉とパン、水筒を取り出した。
「とりあえず、何かお食べ。」
少女は戸惑いながらも、それを受け取った。指が小刻みに震えていたが、やがて空腹が勝ったのか、静かに口に運び始めた。
「ゆっくりでいいよ。」
そう語りかけたのち、ヴィクトルは少女に手をかざした。
集中し、魔力の流れを意識する。
穏やかな光がヴィクトルの掌からこぼれた。それは少女の身体を包み、彼女の全身に走る傷を淡く照らした。
擦り傷、切り傷、内出血がみるみるうちに癒えていく。
魔法の温かさに包まれ、少女は目を見開いたまま固まっていた。
「ヴィクトル様……?」
ヨハンが思わず言葉を漏らす。
「オ、オルド氏より授けられた魔法は、人の治癒もできるのですか……」
「まあ……そんなところ。」
ヴィクトルは軽く肩をすくめた。
「もちろん、この魔法が使えることも黙っててね……」
(本当は、封印されているだけで、みんなその素質は持っているんだけどね……)
ヴィクトルは内心でつぶやいた。だが今それを話すつもりはない。ただ、この少女を救うことが、今の自分にできるすべてだった。
しばらくして、少女は静かに食事を終えた。
そして、戸惑いと緊張が入り混じる中、か細い声で言った。
「あ、ありがとう……」
ヴィクトルは優しく笑った。
「気にしなくていいよ。これからしばらく移動するから、彼の背中で寝ているといい。」
ヨハンはうなずくと、少女にそっと背中を向け、再び彼女を抱きかかえた。
少女の目が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
夕闇の中、ヴィクトルたちはライヒベルク領を目指し、再び歩き出した。
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