四
「え? あ~、もしかしてまたお父様から止めてくる様に言われた? まったく、ほんとに消極的なんだから」
「いえ、それも違います」
「あれ、違うの? う~ん、今日は特別な用事もなかったはずだし。いや、ただ私に会いに来てくれただけでも全然いいんだけど」
そんなことをいいながら悩み始めるシャルに、ソルテはようやく口を挟める間ができたとほっとしながら、開いたままのドアに目を向けた。いつもは閉めているドアを開いたままということは、リリアが来た用件もそれに通ずることに違いない。
このままシャルに任せていても一向に話が進みそうにないので、話をそらすためにもソルテは自分でリリアに尋ねることにした。
「誰か来たの?」
「あ、はい」
ソルテの問いに、リリアもやっと用件が言えると安心したように笑顔で返事をした。シャルが話し続けるせいとはいえ、用件が切り出せないことに申し訳なさを感じていたのだろう。そのまま続けて、自分が来た理由を話し始める。
「実は、先ほどシャル様を訪ねて来られた方がいらっしゃいまして」
「お客様?」
意外そうに今度はシャルが聞き返した。シャルの立場上、お客が来ること事態は珍しいことではない。だが、こうも突然訪ねてくるのは珍しいことだった。それこそ余程の緊急事態でないかぎり、連絡無しに訪ねてくることはこの国ではほぼない。
加えて、近くに来たので寄ってみました、と言えるくらいに仲が良い人間なら、リリアを通して会いに来ることなどしなかった。直接、この部屋に本人が来るはずだ。
「どなたが来られたの?」
少しだけ表情を変えて再度聞くシャルに、リリアはまた困った顔をするとどう話したらいいか迷いながらも答えていった。
「はい、その……張り紙を見て訪ねて来られたらしく……」
「張り紙?」
リリアの言葉を繰り返し、一瞬だけ間を空けた後、
「張り紙!?」
つい今まで話していたことにも関わらず、シャルは驚いたように声を上げた。
「……今話してたのに、なんで驚くの?」
「いや、だって!」
ソルテのツッコミに応えながらも、あまりのタイミングのよさと、自分で貼っておきながらも予想していなかった出来事に、シャルは驚きを隠さないまま再度リリアに確かめた。
「張り紙を見て!? え、本当に訪ねてきたの!?」
立て続けに勢いよく問いかけるシャルに圧倒されつつ、リリアはこくこくと頷き話を続けた。
「は、はい。それで、門番のほうもどうしたらいいか迷ったらしいのですが、なにぶんシャル様へと直接訪ねるよう張り紙に書かれていましたので。それで、門番から私へと連絡がはいり……」
話を聞きながら、シャルはテラスから部屋に入りリリアの方へと歩いていった。驚きは消えていないが、ともあれ待っていた待ち人が来てくれた。
(すぐに会いたいけど、まずは気持ちを落ち着かせて。大事なことなんだから)
逸る気持ちを押さえ小さく深呼吸する。そして、視線をリリアに向けてからシャルは問いかけた。
「それで、その方はどうしたの?」
「はい、それで……」
また困ったように返事をしながら、リリアは後ろにある開けたままのドアから横へと身体を退いた。
「ここへお連れしました」
「……え?」
きょとんとして、声を漏らす。
そして――
「こんにちは」
あまりに唐突に、突然に、まるで開いたドアから逆にシャルを出迎える親友のように――
「初めまして」
その少女はシャルの前に現れた。
「白羽ひじりです」
テラスから入ってくるゆるやかな風にセミロングの髪を揺らしながら、黒耀のような瞳を輝かせてひじりはにこっと微笑んだ。
これが、ひじりとシャルの出会い。
劇的というわけでもなく、感動的というわけでもなく、ましてや、運命的といえるほどの演出もなく、自室のドアの前でこうして突然に平凡にシャルはひじりと出会った。
だが、この出会いが世界の運命との出会いになっているとは、この時シャル自身も気付いていなかった。




