三
誰が来たのかは大体想像できる。だが、こちらから声をかけなければ入ってくることはないだろう。いつもノックをせずに入ってきていいとは言っていても、それでも入ってくることはない。
なので、テラスからの陽の光が届いていない、こちらから見ると影になっている部屋の奥のドアに向かってシャルは声をかけた。
「どうぞ」
「――失礼します」
少し間を空けて入ってきたのはメイド服に身を包んだ柔らかい琥珀色の髪の女性、そして、予想していた通りの人物だった。
「リリア」
シャルが呼びかけると、メイド服の女性、リリアは入ってきたドアの前で立ち止まった。とはいっても、別に呼びかけられたから立ち止まったわけではなく、入ってきたドアの前で立ち止まるのはいつものことだった。ただ一つだけ、ドアを開けっ放しにしているのはいつもと違っていたが。
そのことを多少気にしつつ、シャルは挨拶代わりにいつも言っていることを口にした。
「ノックしなくていいって言ってるのに。入ってマズイ時は鍵でもかけてるよ」
「そんな、シャル様の付き人としてそれは出来ません」
「まったく、いつもそう言うんだから」
困ったように答えるリリアに、シャルは少しだけ苦笑して肩を竦めた。いつも繰り返しているので予想していた答えだったし、その答えが今日突然変わることはないこともわかっていたことだった。そして、そう簡単に変えられるものでもないことも。
リリアと同じように、リリアの母親もシャルの母の付き人として仕えていた。というより、母がそうだったからリリアもシャルの付き人になったといえるのだが、それはリリアの母の代からそうなったわけではなく、元々リリアの家はフィシス家に代々仕えている一族だった。
それだけ関係が深く、もはや家族といっても差支えがないくらいの間柄ではある。だが、それでもリリアの一族は仕える者としての立場と姿勢を崩すことはなかった。当然、リリアもそう育てられているので、シャルに言われたとしてもそう簡単に変えられるものではない。
だからといって、シャルにとってはその野暮ったさが性格に合わなかった。先祖代々のことは先祖代々のこととして、自分とリリアの関係は他の何者でもない二人の関係として作っていっていいんじゃないかと思っている。別に、これから仕えてくれるであろう付き人までそれに倣う必要はないし、倣わせようとも思っていない。ただ、長年培ってきたものは尊んでも、それに縛られる必要はないと考えていた。今までやっていないからといって、やってはいけないというわけではないのだ。
(そうよ、今回のことだって)
再びソルテと今話していた……正確には一方的に話しかけていた内容を思い出し、シャルはリリアに向かって用件を聞く前にその内容のことを切り出した。
「そうそうリリア。今、ソルテとも話していたところなんだけど、三日前に貼った張り紙を少し変えようかと思ってて」
「あ、はい。それでしたら……」
「なに? もしかしてリリアも張り紙のことでここに来たの? なら丁度良かった、実は一枚一枚デザインを変更して全部手書きにしようかなって」
「いえ、そうではなく、その……」
困った顔をするリリアに、ソルテも同じように困り顔でシャルを見つめた。手書きをするというのは先ほど聞いていたが、千枚全部違うデザインというのは聞いていない。シャルの思い立ったら即実行というのはいつものことではあるが、手書きも含め全部違うデザインなどは断固阻止したいところだった。
だが、ソルテが口を開く前に、シャルは話を続けだした。まあ、相手の話を待たずに突き進むというのもいつものことだ。




