二
「……シャルがみんなに直接お願いすればいい。すぐに集まるよ」
ソルテの言葉に案の定シャルは握った拳を解いてぷぅと頬を膨らませ、そっぽを向いて再び頬杖をついた。
「絶対、嫌。わたしがいうとお願いじゃなくて、強制になっちゃうから」
「だから張り紙?」
「しょうがないでしょ。他にやり方が思いつかなかったし」
「…………」
口を尖らせて話すシャルに呆れながらも、ソルテは思わず小さく微笑んだ。
もっと他のやり方があっただろうに、それを選ばず手書きの張り紙を作ったシャル。ソルテはそんなシャルのおかしさが大好きだった。そんなシャルだからこそ、この国に付いて来たのだ。
「あ~、今笑ったな~! またわたしのこと馬鹿だと思ったんでしょ!」
「うん」
「躊躇なく頷くな!」
よどみなくこくりと頷いたソルテに、シャルはまたテーブルから身を乗り出し顔を近づけると指を突き出した。
「だいたいソルテだって!」
「人を指さすのは失礼」
「あ、ごめん……って、それはともかく!」
注意されたので律儀に指を引っ込め、しょうがなく顔だけぐぐぐと近づけるとシャルはさっきの言葉の続きを言った。
「ソルテだって不満でしょ。折角来てくれたのに」
「…………」
シャルの言葉にソルテは少し黙った後、
「……そうでもない」
と少しだけ目を逸らして小さく呟いた。
「そうなの?」
「うん」
不思議そうに聞き返すシャルに、ソルテは綺麗な黒髪をゆらしてこくっと頷く。
(だって、来た理由はそれだけじゃないから……友達だから)
――なんて、恥ずかしくて面と向かってはいえない。だが、それがソルテの本心だった。
「ふ~ん、そっか」
そんなソルテの気持ちを知ってか知らずか、シャルは近づけた顔を戻し再び椅子に座りなおすと、
「まあ、ソルテが満足してるんだったらいいかな」
と、にこっと笑った。
「……うん」
シャルの笑顔に、ソルテはますます顔を伏せてPCの画面へと視線を落とす。シャルのこの笑顔は苦手だった……なんだか照れてしまうから。
「そっか、ソルテに不満がなければ別に……」
ソルテの返事に満足し、シャルは椅子に腰を落ち着かせて紅茶に手を伸ばし――
「って、よくない!」
ふと自分が何を話していたのかを思い出し、盛大に自分で自分にツッコミをいれながらバンッと三たびテーブルに手をついてシャルは立ち上がった。
「ソルテが満足してるのはいいけど、根本的な問題が解決してない!」
「…………」
やっとゆっくり過ごせるのかな、と思っていたのが案外早く崩され、ソルテは照れていた気持ちを消して内心溜息をつくと再びPCのキーを叩き始める。
こうなったシャルはすぐには止まらない。またしばらくは同じ話が続くだろう。
「ねえ、どう思うソルテ? やっぱり張り紙かな? それともチラシをくばるとか。あ、でも、わたしが配るとみんなが気を使っちゃうし、それだとソルテかリリアに頼むしか……」
「…………」
「テリアに頼むっていうのも考えたんだけど……テリアだと確かにいっぱい連れてきてくれるとは思うんけど、やっぱりさ、本人のやる気を尊重したいじゃない?」
「…………」
「だから張り紙にしたわけだけど……って、ちゃんと聞いてるソルテ?」
「ちゃんと聞き流してる」
「あーもう! だから聞き流さないでってば!」
シャルに言われソルテは自分の間違いに気付くと、正確に言い直した。
「……ごめん。返事をしている時点で、聞き流していないよね」
「え?」
「聞き流してるじゃなくて、気に留めてない」
「なにが違うの!?」
先ほどと同じようにむぅと頬を膨らませながら見つめてくるシャルを横で感じながら、ソルテはあと二三度同じ話を続ければ落ち着くかなと頭の隅で考えていると、
――コンコン
ドアのノックとともに、その考えはまた早くに崩された。いや、この場合は早くに崩されたほうが助かったといえるのだが。
ともあれ、開け放たれたテラスのドアからノックの音の方へとシャルとソルテは視線を向けた。




