六
「お姉ちゃんはシャルちゃんの付き人だから、わたしはひーちゃんの付き人♪」
「いつもだけど、もてもてだね、ヒジリ」
「うらやましい?」
「うらやましい。リリアもこれくらいわたしに甘えてもいいのに」
一斉に向けられる視線に、
「し、しませんよ!」
リリアは顔を紅くして手と首を振った。
「――で、お茶してるのはいいけど」
緩やかな時間、風と草原の音だけが流れている中、二杯目の紅茶を口にしてシャルはひじりに向かって呟いた。
「どうするの。なにも考えなしにここに来たわけじゃないんでしょ?」
「んー……まあ、ほんとにピクニックもいいなぁって思ってたんだけどね。天気が良かったし」
ひじりは地平線を見つめたまま言葉を続ける。
「こういうところに来たほうがいいかなって。煮詰まってもしょうがないし……あとは」
「あとは?」
「あとは、まあ、感、かな。なにかあるかも、みたいな」
「ふふ、なるほどね。あなたらしいわ」
シャルは笑って、もう一口カップに唇を触れさせた。
――――サァ――――
風が流れていく。自然の匂い、蒼い空、遠くの山々、無限に広がっている草原。
「――――」
気持ちのいい一時――そんな時だった。
「ひーちゃん?」
ひじりがじっと何かを見つめている事に気付き、お茶を渡そうとしたテリアが不思議に思って問いかけた。
「どうしたの?」
「ん……ちょっとね」
テリアに微笑んで返事をし、ひじりはまた同じ方向へと視線を向けた。
「?」
ひじりの視線を追って、テリアも顔を向ける。遠くに見える馬たち。ぱっと見ただけでも十数頭はいるだろう。各々、のんびり歩いていたり休んでいたり草を食べていたりしている。それは自然そのもので、なんの違和感もない光景――だが、
(……ぁ)
テリアは小さく胸で声をだした。
馬の群れから少し離れた場所、そこにずっと動いていない馬と、そして、一人の人間が立っていた。
よくよく見つめてみる。遮るものがない草原というのはこういう時にはありがたい。多少遠くても、大体のことは分かってくる。
それで分かったことは、人間というのはそうなのだが、身体を見れば大人ではなかった。大人ではない、あの子は――
「女の子……かな。もしかしたら、わたしと同じくらいかも。あの子がどうかしたの?」
「いや、空を見てたからさ」
「空? あ、ほんとだ。なにしてるんだろう?」
「ん、なに、どうかしたの?」
シャルが会話に入ろうとした、その時、
――――ビュゥッ――――!
鋭い音が耳をかすめ、ひじりたちの背中を叩いた。
「――ぁっ」
帽子が空に舞った。つばの広い白い帽子。すぐに分かる、シャルの帽子だった。
障害物もなにもない広い草原、空に舞い風に流された帽子はどこまでも飛んでいきそうだ。なくなりはしないだろうが、どこまで飛んでいくかは風に聞くしかなかった。
「待って――っ!」
テリアが走り出す。まあ、これもピクニックのイベントで、軽い運動にもなるかな――そんなことを考えて、ひじりもテリアの後を追って走りだそうとした、その瞬間だった。
「――行くよっ、スレイプ!」
少女の声が空に響くと、走り出したテリアとひじりの横を馬が駆け抜けていく。馬上にいるのはさっき見ていた少女。一瞬しか見れなかったが……黒髪を三つ編みにした小麦色の肌の……そして、一瞬でも印象的だった瞳の綺麗な女の子。
少女は見事な手綱で疾風のように一気に駆け抜け、またたくまに小さい人となる。蒼い空に白い鳥が飛ぶように舞っている帽子を追いかけ、そして――
「すごいすごいっ! あんなに遠くにいったのに、帽子をとったよ!!」
テリアが大きな声で歓声をあげた。追いついた少女は、帽子を地面に落すことなく馬の上でつかみとったのだ。
すごいすごい!と興奮しているテリアの横で、ひじりは遠くの少女を見つめて笑った。
「……へえ」
ピクニックに来てみるものだ。思いつきだったが、感は当たったかもしれない。
「見つけたかも」




