一
「負けるかも、というか七煌杯出れないかも」
目の前の光景に手を叩いて笑いたかったが、隣にいるソルテがあきらかに不機嫌な顔をしていたため、ひじりは笑いを抑えて仕方がなく苦笑した。
ドォォォォンッッッ…………!
大きな音が聴こえ、広い草原にいた馬たちが一斉にこちらを見つめてくる。ああ、騒がしくてごめんね、と心で謝りつつ、ひじりも馬たちと同じように音の元へと視線を向けた。
「――たぁ……たた……あ~、また落ちた」
砂埃と草原の草が舞うその中心――
鎧のような服……専用の白い闘衣を纏ったシャルは手で頭を抑えて二三度振りながら、いつもとは違う元気のない声を上げてゆっくり身体を起き上がらせた。見たところ、闘衣のおかげもあって大きな怪我はしていないようだ。とはいえ、流石に七度も落ちていれば元気もなくなっていた。
「……もういい、壊れる」
ソルテはとてとてをシャルに近づいていく。不機嫌な声と、不機嫌な顔のまま。
ソルテが不機嫌な理由は一つじゃないだろう。ひじりも予想外ではあった。
とりあえず、目下の問題ができあがった。これを、どうにかしなければ先へは進めない。そして、それがどんな問題かというと、一言でいえば――
「そこから?」
ひじりは呟く。つまりは、そういう問題だった。
「まったく予想外だったわ」
「おまえがいうな。それはこっちの台詞」
シャルの傷の手当て……といっても顔と手に少し擦り傷があったくらいなのだが、その治療が終わってから三十分後。
テラスのテーブルで三人座り、リリアが用意してくれた紅茶に一口つけて呟いたシャルの言葉に、ひじりは即座につっこんだ。
「というわけで、もう一人メンバーが必要になったと」
「残念なことにね」
「だから、一番残念なおまえがいうな」
とはいえ、これ以上シャルを責めても――というより、シャルが珍しく落ち込んでいるのでわざと軽口を叩いていたりもするのだが。ともあれ、
(どうしたものかなぁ)
ひじりは腕を組み、椅子に背を預けて空を見上げた。雲一つない蒼い空。天気の良いぽかぽか日和。テラスでお茶もいいけれど、こういう日はどこかに出かけたいな、と思う。ファティマ公国は風景がそのまま画になるほど自然が多く綺麗に整備されている。人と自然の調和がとれているというのだろうか、まるでおとぎの国の世界みたいに感じてしまう。
四季もあるらしい。今はどんな花が咲いているんだろう――そんなことも思ってしまう。
ここ、ファティマ公国の城――そう城、まるでおとぎ話のような――に住まわせてもらうようになってから二十日ほど。宇宙船が普通に行き来するようなこの現代にあって、機械がほとんどないこの国はひじりにとっては居心地が良かった。宇宙貿易もしていない田舎なのだろうが、シャルを初め、この国に住んでいる人々は今の暮らしに不満はなく、のんびりと過ごしている。ゆるやかな時間の中で、自然と共に。
「素敵な国なんだけどねぇ」
だが、今回はそれが仇となってしまったようだ。
「シャルがここまで機械音痴だとは思わなかった」
「わたしも驚いてる」
「だから、自分でいうな」
「…………」
ソルテは黙ったままオレンジジュースのストローを咥えている。まだ、不機嫌は直っていない。ソルテにとっても予想外だったのだろう。
「う~ん。まあ、うちの国は機械がなくてもやっていけたし、必要なかったからね。最低限はできるし」
「というか、シャル自身はやったことないでしょ」
「あ、そっか」
性格はともあれ、シャルは一国のお姫様。当然、宇宙艇を操縦する人間は専用にいる。そう考えれば、シャルはなおさら機械と縁がなかった。
「…………」
ソルテはまだ膨れている。コップのオレンジジュースはすでに空になり、時折「スー」という音が聴こえていた。




