一
突然だが、シャルは怒っていた。
「どういうことなのよっ!」
「…………」
そんなシャルとは対照的に正面に座っているソルテは無表情でミルクの入ったカップを片手に持ち、それに刺さっているストローを咥えたまま、もう片方の手で膝に置いたパソコンのキーを叩いている。
青空から暖かな光が差し込むテラスに、鳥のさえずりとピッピッという規則正しいPCの音が静かに響いていく中、それを打ち消すようにシャルは更に声を上げた。
「そりゃあ、みんなが乗り気じゃないのは分かるわ! わたしだって、そういうみんなの優しいところは嫌いじゃないけど……」
様々な国の中で控えめにいってもあまり発達していないこの国……はっきりいえば自然に溢れた田舎のこの国は、のんびりした性質のせいか競争事などにはあまり興味がなかった。
シャルはそういう国の性質を知り抜いていたし、そんな国の人たちが大好きだった。このままでいいとも思っていたし、この空気を壊したくないとも思っている。
……そうは思っているのだが。
「でもね! やっぱり参加もしないで見てるだけっていうのもなにか悔しいじゃない! そう思わない!?」
「…………」
「ちょっと、ちゃんと聞いてるの、ソルテ!」
金糸の髪をなびかせ蒼い瞳に熱い炎を灯らせたまま、ぱんっとテーブルに手をつきこちらにずいっと顔を寄せてくるシャルに、ソルテはそのままの体勢でストローだけ口から離し小さくはっきり呟いた。
「……ちゃんと聞き流してる」
「聞き流さないで!」
「…………」
「聞き流さないで」という言葉を聞き流し、またストローを咥えるソルテをむぅと数秒見つめた後、はぁと溜息をついてシャルは乗り出した身体を元に戻し椅子に座りなおした。
「せっかく国中に張り紙したのになぁ。どうして誰も来ないの?」
頬杖をついてぼやくシャル。そんなシャルを無視しながらも耳に入ってくる言葉には逆らえず、ソルテは自然と「それはそうだろう」と頭の隅で呟いた。
お店のアルバイトではないのだ。スポーツみたいなものとはいえ、国の代表であり政治的なものも加わってくるとすれば張り紙で募集するほうがおかしかった。
「はぁ、せっかく手作りで作ったのになぁ張り紙」
「…………」
それも知っている。この科学が発達した世の中で、シャルは手書きで張り紙を作った。もちろん全部が手書きでなく、原版を作って後はコピーしたのだが。
「熱意が足りないのかなぁ……ん~~」
「…………」
シャルは眉根をよせてしかめっ面でなにやら考え込み始める……といっても直接表情を見たわけではない。だが、短いながらも今までの付き合いでその表情は容易に想像できた。
ともあれテーブルの向かいでそんな表情を浮かべているシャルはそのままにして、ソルテはやっと静かになったとストローからミルクを飲もうと息を吸った……その瞬間、
「ん~~、よし! やっぱり全部手書きにして貼りなおそう!」
「…………」
急に頬杖をといてぐぐっと拳を握り、なにやら変な方向に情熱を燃やしはじめたシャルにソルテはストローの途中まで上がっていたミルクを元のカップに戻した。
仕方なくストローから口を離し小さく溜息をつき、パソコンのキーを叩いていた手を止めて顔を上げる。
さすがにここまで来ると聞き流しておくわけにはいかない……張り紙千枚を手作りするというのはいくらなんでも止めておきたい。
なので、しょうがなくソルテはシャルへと顔を向け、情熱の火を冷やす為に今まで散々言っていたことを再び口にした。




