第十九話 声が聞こえる味
〜ここまでのあらすじ〜
店長の想いを受け、皆で協力して店長のラブレター作戦を手伝うことになった。
兄の翔や母親と萌奈香が密会していた事実を知ってショックを受けた峰大。
部屋に閉じ籠り、爆殺クチャラーに泣き言を零して誕生日を終えた。 ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・ソルトカット:多部 翔
峰大の双子の兄。学区1位で全国でも5本の指。
・TKG:瀬瑠 泰夢
中学時代の同級生。中二病は高校からデビュー。
・ガシマ店長
喫茶店開業を目指す銀毛の猫。語尾はニャ~。
学校をさぼってしまった。
萌奈香からのメッセージには一度も返していない。それどころか、VRMMOにログインすらしていなかった。
父さんは気を遣ったのか何も声をかけずに仕事へ向かい、家には俺一人。
そこへ来客を示すインターホンが鳴る。
ふらついた足取りでどうにか玄関モニターへ辿り着き、画面を確認した。
キャップ帽を深く被り俯いているため、映像の顔は良く分からない。いつものゼリーと水の配達員だろうか。
「はい。多部です」
応えた瞬間、帽子を脱いで大声を上げたのは萌奈香だった。
「峰大! もう心配したんだから!」
目に涙を浮かべ、昨日から返事をしていないことへの文句が続いていく。
(うるさい!)
失くしていた自転車は、萌奈香が小言とセットで届けてくれた。
(うるさい!!)
果ては、「作ったケーキあるから一緒に食べよう」と勝手なことを言う。
聞きたくない! 俺をずっと騙していたのになんだその言い草は!
「知らねーよ! そんな不味いケーキなんか食わなくてもVRMMOにいけば美味しいケーキがたくさん食えるんだよ! そもそもこの家にはもう翔はいないんだし、萌奈香が家にあがる理由なんて無いだろ!」
モニター越しなのに顔が直視できない。
心の中で黒くドロドロしたものが渦巻いている。
気持ちに逆らうことなく一方的な言葉を垂れ流し、来客通話をオフにした。
全部吐き出したのに心の中は全く晴れず、渦巻が濃くなっている気がする。
「もう俺に話しかけないでくれ……」
◇◆◇◆◇イートインワールド。
「ガッツリン氏、本当に大丈夫かニャ~?」
「……行ってくる」
ガシマ店長が引き留める中、俺は一人で無茶な狩りに向かう。
俺はコンタクトを全部オフにし、店長以外の連絡をシャットアウトした。
どうせ死んでもデスペナだけなのに、ガシマ店長は未だに設定を受け入れず、本気で身を案じてくる。けれど俺は店長の優しさを振り払った。
ささやかな自傷願望。
ボロボロにならなければ、この絶望を受け入れられないんだ。
だから無理な敵に挑み、何度も倒される。
次のデスペナで学区ランキングは絶望的になるかも知れない。
でも、もうどうだっていいんだ。
「噂に違わぬ臭さだったぜ……」
マンモスカンクの群れに破れ、大地に倒れ伏す。
諦めて目を閉じようとした時、颯爽と現れた人影に救出された。
「我が同胞よ、黄泉の常連となる勿れ。偉大な純喫茶の師も深淵ハートウォーリーぞ」
「……TKG」
店長が、俺の様子を心配し、唯一連絡の取れたTKGへ救援依頼をしたようだ。
そう言えば俺の説得に折れた時の店長は、尻尾が項垂れていた気がする。今の俺は、店長のヘタクソな演技すら見破れないほどにダメダメらしい。
TKGの腕からは力強さと温もりを感じる。男がお姫様抱っこされる光景はシュールだが、もし俺が女だったら惚れていたのかもな。
「バックプロンプト、ガシマ店長の喫茶店へ」
◇◆◇◆◇ギルド拠点部屋。
拠点に戻るなり、TKGと店長から追及を受けた。
何も無いと説明をしても納得してくれない。
けれど、事情を尋ねられても答えたくないし、料理を作ると言ってはぐらかす。
「ガッツリン氏、料理よりも大事な話があるニャ~」
「あー、うるさいな店長は。すぐに食事を摂らないとせっかくの戦闘経験が無駄になるだろ? 飯の後にしよーぜ」
強引に話を打ち切ってキッチンに籠った。
今回採取できた色とりどりの食材が目の前に並ぶ。
「料理をくわせりゃちょっとは誤魔化せるだろ」
良く洗った材料を切り揃え、水気を拭き取る。
薄力粉と卵を混ぜ合わせ衣を用意。
油を熱し、衣を纏わせたら順次投入していく。
サーッという滑らかな音が、パチパチと弾ける音へ変わったら揚がった証拠だ。
【迷いを纏う高級食材のガッカリ天ぷら】
完成品をテーブルに運び、箸を押し付ける。
すると二人とも渋々受け取って食べ始めた。
「奈落なる深海は光届かぬ絶望の淵、祝福は無く即時帰宅であろう」
「まずいニャ~」
痛烈なダメ出しが始まり、思わず耳を疑う。
そんな馬鹿なと思いつつ、俺も天ぷらを口へと運んだ。
「ありえない……不味すぎ……」
ムラが多く衣はダマだらけ。ジトっと重い仕上がりになっているし、中の食材は火が入り切っておらず、食感がガタガタだ。
スキル《火加減》や《揚げ職人》の発動すら忘れている。
「海の恵みの聖水と生命の結晶を所望す」
「わりぃ」
調味料を失念し、何も出して無かったことが信じられない。
二人はダメ出しを止め、俺を諭す声をかけ始めた。
「……俺はちゃんと完食したぞ。だからお前も包み隠さず話せよ」
「TKG氏、日本語喋れたのニャ~!?」
TKGは中二病をやめてまで本気で向き合ってくれている。
それでも俺はテーブルの下で拳を握り、顔を背けた。
「ガッツリン氏、ちょっと待ってるニャ~」
店長はそういうとトテトテとキッチンへ向かう。
暫く待つと、ケチャップの香りと共に戻ってきた。
「お待たせしたニャ~」
【店長印のクラシックナポリタン】
コトリ、という音と共にテーブルに置かれたそれは、相変わらず工夫もスキルも無いナポリタン。前に俺たちがフルボッコにしたガシマ店長の自信作だ。
鉄板皿の上のナポリタンからは、香ばしさを纏った湯気が漂ってくる。
チラリと店長を見やると、腕組みをした店長がドヤ顔で頷く。銀の毛並みの尻尾も、誇らしげに真っすぐ伸びていた。
店長の自信に手を引かれた気がしてフォークを手に取る。
一口、口へと運んだ。
フォークと鉄板皿の奏でるリズムは次第にテンポアップしていき、気づけば俺の頬には涙が伝っていた。
特に美味しい訳でも無いのに、ひと噛み毎にノスタルジックな風景が浮かぶ。
常連客やデート利用のお客。老夫婦が見守る中、そこには猫魔族たちも居る。客もスタッフも皆が笑顔で。穏やかだけど賑やかで、ウキウキなのにどこか落ち着く喫茶店はいつも誰かの声がする。そんな気がした。
相変わらずケチャップの味しかしない。
けど、この素朴な味は、店長が俺のために一生懸命作ってくれた味なんだ。
「ガッツリン氏、泣くほど旨いのかニャ~?」
「あんま旨くねーよ」
◇◆◇◆◇
食後に店長珈琲を飲みながら両手をマグカップで温める。
温まった俺は、萌奈香との喧嘩を白状した。
どんな暴言を浴びせたのかを語るほどに、二人の表情がみるみる変わっていく。
「ガッツリン氏、それは猫魔族のオラが聞いてもダメなんだニャ~」
TKGは腕を組み、仏頂面で指をトントンと二の腕に打ち付けている。
俺は俺の正当性を必死に弁明し、訴えた。
「だって先に裏切ったのは俺じゃない! ちょっとくらい酷い言葉だって構わないじゃないか!」
叫んだ直後、TKGが急に立ち上がった。
気づいた時には壁と激しいキスをした後だ。痛みを通り越して、頬が焼けるように熱い。
PKも辞さない覚悟のTKGのパンチで、壁まで吹っ飛ばされたのだろう。
殴り終えたままのポーズのTKGが視界の端に見える。
「ミュート! ミューーート!」
TKGのあまりの剣幕に俺も店長も言葉を失う。
そのままテーブルに拳を打ち付けるTKG。
「苦痛に耐え忍ぶは汝では無い! 言の葉で微塵斬りに伏された可憐な乙女ぞ!」
肩を震わせ、TKGは言い放つ。
中学時代からの親友の本気の怒りに、さっきのパンチとは比較にならないほどの衝撃を受ける。まるで巨大なハンマーで後頭部を殴られた気分だ。
TKGはヴァンパイアマントを翻しながら鋭い眼光を向けてくる。俺の心は射貫かれた。
「TKG、ごめん」
「星のメッセージは不要、誤作動エイム疾く正せ」
暫く見つめ合う。意志は確かに受け取った。
TKGがニッと笑う。
「プロォォォンンプト!」
会話が分からずオロオロしている店長を横目に、俺はログアウト操作を始める。
きっと口にしたら早く行けと叱られるだろう。だから、心の中だけで二人へ感謝を伝え、俺は萌奈香へ謝罪をしに向かった。
───用語説明:
【TKG語】
ガシマ店長はTKGのことを日本人だと認識しておらず、祖国の言葉を話していると思い込んでいた。それだけに日本語を話せたことにショックを受ける。
───TKG語説明:
【奈落なる深海は光届かぬ絶望の淵、祝福は無く即時帰宅であろう】
ガッツリンがルビをつけるのをためらうほどの痛烈すぎる酷評。





