第十八話 最悪な誕生日
〜ここまでのあらすじ〜
店長の想いを受け、皆で協力して店長のラブレター作戦を手伝うことになった。
峰大は17歳の誕生日を迎え、お祝いをしてくれる萌奈香から合鍵を受け取る。
峰大は萌奈香へのお返しプレゼントを買いに、商店街へ訪れていた。 ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・ソルトカット:多部 翔
峰大の双子の兄。学区1位で全国でも5本の指。
・爆殺クチャラー:鳴戸 蓮華
ネット上の親友。関西弁が特徴のエンジョイ勢。
・多部 傑
峰大の父。ずぼらな性格だが男手一つで峰大を育てている。
肩に少しだけかかる柔らかいミディアムカールの髪。制服ではなく私服。
でも、背丈や雰囲気も同じだし、遠目だとしても萌奈香を間違う筈がない。
本人か確かめようと浮足だったところに人影が割り込んだ。
「きゃっ!」
「あ、ごめん。大丈夫?」
俺のせいで女の子が転倒してしまい、慌てて手を差し伸べる。
「自分で立てます。それにあたし、手汗が酷いんで」
女の子は俺の手を取らずに立ち上がり、短パンについた汚れを払いだす。
華奢な女の子だ。年下に見えるけど、派手な金色のショートボブが印象に残る。
「じゃ、あたし行きますね」
少しおどおどした感じで女の子は立ち去っていく。
柚子のコロンだろうか。すれ違う時に爽やかな良い香りがした。
あっけに取られつつ香りの余韻を楽しんでいたら、ふと落とし物が目に入る。
「やっぱいっこ下か。蓮華ちゃんって言うんだ」
女の子の顔写真が載っている生徒手帳を拾う。
今の雰囲気は無く、どこか大人しい子の印象なのは黒髪のせいかも知れない。
再び顔を上げた時、背中は見えなくなっていた。
高校は近い。折を見て届けに行こうと考えていたら、背後で萌奈香の声が響く。
「翔くん、こっち」
「ごめん待った?」
やっぱり萌奈香だった。しかも翔と待ち合わせ。
幸せそうな二人の笑顔に心の中で何かがピキリと音を立てた。
頭と胃の中がグルグルし始め、立って居られず物陰に潜む。気持ち悪さが落ち着いたタイミングで様子を覗き込むと、萌奈香がプレゼントを手渡していた。
翔の喜ぶ声と手造りのトートバッグ。あんなの俺、一度も貰ったことがない。萌奈香からのプレゼントで、形として残るものは今まで一度も無かった。
さっきから呼吸が浅くて、息が出来ない。
「や、やめてくれよ」
涙交じりの声が出てしまう。
よりによって誕生日にこんな残酷な光景を見せなくてもいいじゃないか。
……あぁ、そうか。
俺が誕生日ということは双子の翔も誕生日だ。
プップーーー!
項垂れて視線を落とす中、車のクラクションで反射的に顔を上げる。目の前に映る光景がさらに胸を締め付けた。
(母さん!)
「二人とも~、早く乗って乗って~。私、萌奈香ちゃんと会えるの楽しみにしてたんだから~」
「おばさん、今日はお邪魔しますね」
翔に優しくエスコートされて萌奈香が後部座席に乗り込む。
嫌だ。見たくない。
そんな思いと関係なく無常に締まる扉。
ゆっくりと走りだす車を、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。
◇◆◇◆◇
「うっ……ぁ……」
何もかもが遅かったのかも知れない。
自転車はどこかに置き忘れて、いつの間にか自宅の前まで帰ってきていた。
どんな顔をして萌奈香に会えば良いか分からないし、そのまま家に入る。
「ん? 峰大おかえり。今日は萌奈香ちゃんのところで晩御飯を食べて遅くなるんじゃ無かったのか?」
普段でも鬱陶しいのに、数百倍耳障りに聞こえる父さんの声を無視し、二階の部屋へ逃げ込んで心をシャットアウトした。
父さんが階段を上がってくる足音がして扉の前で止まる。
コン、コン。
「峰大どうかしたのか? ははーん、分かったぞ。用意したプレゼントが気に入って貰えなくて不貞腐れてるんだろ? ハハハ、図星か?」
ドア越しに話しかけてくる父さんに対し、無視を決め込んでいたら、勝手に俺がセンス悪いプレゼントを贈って嫌われたことにさせられる。
段々と腹が立ち、抑えきれずボリュームが壊れたスピーカーのように俺は叫ぶ。
「うるせークソ親父! お前に甲斐性が無いから母さんと翔が出て行ったんじゃねーか! 俺だって母さんと一緒が良かったし、お前なんかいらねーんだよ!」
これまでの不満。苛立ち、寂しさも全部綯い交ぜにして言葉の刃を叩きつけた。
暫く続く沈黙。
その後にドアの向こう側で何かがドサリと落ちる音がした。
「ごめん。ごめんな峰大」
父さんの力ない声。言葉を返せずにいると階段を下りていく音が聞こえ出す。
歯ぎしりと共に訪れる後悔。
父さんが悪い訳じゃないのに、「お前」なんて呼び方をしてしまった。
なのに素直に謝ることさえできない。
ベッドの上で体育座りをして塞ぎ込む。
萌奈香の母親からメッセージが数件届き、萌奈香のメッセージも届き始めた。
静かな部屋に着信音だけが続く。
それでもメッセージを開く気分にはなれない。
(どうして言ってくれなかった?)
萌奈香が翔や母さんと会うようになったのは、いつからなのか。
俺が「母さんに会えなくて寂しい」と零したとき、笑顔や励ましの言葉の裏で、一体何を考えていたのか。嘲り笑っていたのではないのか。
(俺、萌奈香に会って……笑える自信がないよ)
これまでの萌奈香とのかけがえのない日々。
毎年、祝って貰った誕生日が急速に色褪せてゆく。
ギルドマスターからもメッセージが届き始めるが、今の精神状態でまともに相手できる気もしないし、何より泣き疲れた。
俺はトイレに向かう為にドアを開ける。
すると、ビニール袋が引っ掛かった。普段のよりもちょっと高級でキャラメル味のするゼリーが入っている。誕生日ですらゼリーなのが、実にらしいと思う。
「父さん……ごめん」
目の前には居ない父さんへの謝罪を口にする。
このビニールの重みは愛情の重み。有難く頂こう。
◇◆◇◆◇
どのくらい経ったのか。最悪な誕生日だ。
着信音もミュートにしてある今は、エアコンの静かな息遣いしか聞こえない。
再びティッシュへ手を伸ばしたとき、視界に入ったのは端末に映る友人の文字。
思わず応答をタップした。
『爆殺クチャラー:やーっと出よった。なぁガッツリンどないしたん? ギルマスがブチ切れよったで?』
「クチャラー……」
『爆殺クチャラー:何があった?』
俺は堰を切ったように、今日あった出来事を爆殺クチャラーへと話した。
後悔も、絶望も、それでも変わらない愛も、全部。
酷くみっともなくて聞き取りにくい涙声。彼は茶化すことなく聞いてくれた。
『爆殺クチャラー:なぁガッツリン。そないにしんどいなら……やっぱなんでも無いわ』
俺から喋るだけ喋った後に、クチャラーは何かを言いかけてやめてしまう。
「わりぃ、気を使わせたよな。あー、新しい恋でも探すべきなのかな~。蓮華ちゃんみたいな素敵な女の子とだったらきっといい恋できそうだし」
逃避と強がりが滲む冗談を口にした時、通信越しで何やら凄い音がした。
犬の鳴き声も聞こえる。
「どしたクチャラー? 犬飼ってたっけ? 可愛い声だな」
『爆殺クチャラー:は、はいぃぃ? 可愛い!? あ、あたしが!?』
クチャラーの様子がおかしい。突然、声がひっくり返っている。
「アタシガちゃんって言うのか? 犬種は?」
返事が中々こないと思ったら離席ランプが灯る。何やら色々と倒れたような音もしたし、犬が暴れたのかも知れない。
少し待つと再び通話中ランプが灯る。
『爆殺クチャラー:すまん、ちょいと飲み物零してな。ほんでさっきゆうとったアレはなんなん?』
「アレとは?」
今日の爆殺クチャラーは歯切れが悪い。アレとは、蓮華ちゃんのことのようだ。
「今日、商店街でたまたまぶつかってさ。とっても可愛い子だったんだよ。生徒手帳を落としたから拾ったんだ。困ってるだろうし早く届けてやらないと……」
『爆殺クチャラー:ふ、ふーん。そ、そないに可愛かったんけ?』
妙に食いついてくるけど、クチャラーは年下好きだったのか。生徒手帳を見せる訳にもいかないから、言葉を尽くして彼女の可愛さを褒めちぎった。
『爆殺クチャラー:ストーーップ! あかん! 急用思い出したわ! ほな!』
「え? ちょ……」
止める暇もなく通話中ランプが消える。
……なんだよ。誰か俺を慰めてくれよ。
───用語説明:
【キャラメル味の高級ゼリー】
電脳空間で味や香りが代用できるようになったため、味付きゼリーは既に高級品となっている。お値段は二万円。





