第十二話 珈琲スタッツ
〜ここまでのあらすじ〜
峰大は萌奈香に告白するため、VRMMOでの学区ランキング1位を目指す。
埴 津丸と共に参加していた討論会で思わぬ現場に遭遇した。
兄の翔と萌奈香の関係性を目の当たりにし、ショックを受けた峰大。 ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・TKG:瀬瑠 泰夢
中学時代の同級生。中二病は高校からデビュー。
・爆殺クチャラー
ネット上の親友。関西弁が特徴のエンジョイ勢。
・ワンバウンド:埴 津丸
学区2位の男。理屈屋で余計な一言が多い。
・ガシマ店長
喫茶店開業を目指す銀毛の二足歩行猫。語尾はニャ~。
・マロン
推定メスのタヌキャット。ガシマ店長が命名。
◇◆◇◆◇ギルド拠点部屋。
討論会から明けて数日が経つ。
まともに萌奈香の顔を見ることが出来ないし、避けている自覚はある。
学校でも、VRMMOでも。
俺はひたすらランク上げに専念して、あの一件のことを頭の隅に追いやっていた。
今はガシマ店長の存在だけが癒し。
「ガッツリン氏、これも教えて欲しいニャ~」
「何でも聞いてくれ、幾らでも相手するからさ」
出会った頃は、なんでNPCにチュートリアルをしなければならないのかちょっと釈然としない、とも思っていた。けど、レクチャーをする間は、嫌な記憶を少しだけ忘れることができる。
店長は、無知な設定のNPCの割には物覚えが早い。
学習型AIなのだろうか。そう考えていたら、店長はポンと肉球の手を叩いた。
「大量に珈琲を納品するには、ここを喫茶店に改築するのが吉と出たニャ~」
「だからどさくさに紛れて改築しようとすんな店長」
店長は、ぺしゃりと垂れさせた耳と眠そうな目で、抗議の上目遣いをしてくる。
居候の癖に、乗っ取りを画策してくる厚かましさがあるのは、玉に瑕なところ。
ガシマ店長の珈琲は、恐らく最高品質の部類。
正直、ヤバイ代物なのでギルドからも出所を追及されているし、ワンバウンドからの追及も厳しくなってきている。
相談して、「謎の旅商人から譲って貰った」の設定でゴリ押しをしているが、いつまで持つやら。
VRMMOでは、食事の幸福度に応じてレベルアップの上昇値が変わる。納品したら「3倍なんて前代未聞だろーが!」と、ギルドマスターにブチ切れられた。
当然だろう。
ドリンクの組み合わせ効果は、普通1%~7%程度なのに、200%オーバーのぶっ壊れ性能。
珈琲を摂取した俺らは、同レベル帯では抜きん出た実力を付けつつあった。
今の筋力であれば、以前見送った装備品も扱える。
カタログを見ればもっとテンションが上がっても良いはずなのに、討論会のことを引きずり気持ちは沈んだまま。
俺の繰り返す溜め息に、つられて尻尾を下げた店長。
「ガッツリン氏、何かあったのかニャ~?」
普段は空気を読まないガシマ店長が気遣ってくれるのだ。
俺は安心させるために笑顔を作った。
「何も問題ないよ。ほら、店長。喫茶店に使えそうな備品のカタログあるから一緒に見ようぜ」
尻尾を弾ませながらカタログを見る様子を横目に、あの件を思い返す。
あれから俺は、意識して萌奈香とログイン時間をずらしている。
こんなことはいつまでも続けられない。それは分かっているんだ。でも、向き合う勇気が持てず、時間だけが過ぎていった。
◇◆◇◆◇峰大の部屋。
昨日、爆殺クチャラーにも勘付かれてしまい、今夜はそのことについて話すことになっている。
VRMMOは既にログアウトして、連絡を待っているところだ。
時間は深夜2時。窓の外は土砂降りが続いている。
ぼんやりと雨を眺めていたら、プライベートチャットのランプが点灯した。
『爆殺クチャラー:待たしてもうたな。ほな、何があったんか説明してくれるか?』
「実は……」
以前から、事あるごとに相談に乗って貰っていた。
年上のクチャラーには何でも相談できてしまうし、何度もアドバイスをくれた。
萌奈香への告白を焦る必要が無いと言ってくれたのも彼だ。
『爆殺クチャラー:なんや悪かったな。俺が余計なアドバイスをしてもうたばかりに』
「いや、クチャラーは悪くないよ」
そう。俺の勇気が足りなかっただけ。
汲み取ったクチャラーは「自信を持てるまで告白を先延ばししたらええ」と、望む言葉をくれたし、俺の心が幾分軽くなったのはクチャラーのお陰だった。
結果的に失敗だったとしても、彼を責めるのはお門違いだと思う。
『爆殺クチャラー:そん幼馴染とはちゃんとそのこと話したんか? 気乗りせぇへんことを後回しにするんはガッツリンの悪い癖やで?』
耳に痛い。
けれど、声色から本気で心配していることが伝わってきて、心が温かくなる。
「分かってるんだけど、中々時間が合わなくて……」
『爆殺クチャラー:は? ガッツリンがローカロリーと時間をずらしとんのやろ?』
「ちょ!? いつから気付いて?」
萌奈香のことは幼馴染としか話していなかったし、ローカロリーの正体が萌奈香だと一言も言っていない。なのにクチャラーにはバレバレだったみたいだ。
『爆殺クチャラー:あんな? 分からんとでも思っとんのか? 皆気付いとって言わへんだけやぞ?』
筒抜けだったことが衝撃で、言葉が出てこない。
思考も体もフリーズしてしまう。
『爆殺クチャラー:ガッツリン。前もゆうたが自信を持ちや。想いはちゃんと伝えんといつまでも引きずってまうから、どないな結果になっても伝えや。俺は全力で応援するから』
声色で、心からのエールだと伝わってくる。
これほど真面目なトーンで喋ることは少なく、真剣さがうかがえた。
彼の激励に応えたい。
卑屈になって塞ぎ込むよりは、告白を前向きに捉えてチャレンジしたい。
その想いを伝えたら、「頑張りや」と、返してくれるクチャラー。
リアルでは一度も会ったことが無いけれど、長年の親友に背中を押され、俺は昨日よりも一歩、前向きになることができた。
「クチャラー、本当にありがとう。俺、やるだけやってみるよ!」
『爆殺クチャラー:どういたしまして』
◇◆◇◆◇ギルド拠点部屋。
「昨日よりガッツリン氏の顔色が良くなったニャ~」
翌日。
ガシマ店長がまじまじと顔を覗き込み、一つ頷いて満面の笑顔で迎えてくれた。
目を細め「良かったニャ~」と繰り返す店長。
「店長にも心配かけたよな。俺はもう平気だから」
「とっておきのを淹れるからそこで待ってるニャ~」
店長はトテトテとキッチンの方へ向かった。
どうやら豆を挽いているようで、部屋には焙煎された豆の良い香りが増す。
淹れ方がいつもと違うのか、音が濃縮されたような強烈な圧力音が鳴り響く。
それが落ち着いたと思ったら、辺りには甘い香りが漂いだした。
鼻歌交じりの店長がマグカップを二つ運んでくる。
「ガッツリン氏の分ニャ~」
【店長印の青春と大人のチェック柄ラテ】
差し出されたカップの上面はアイボリーとダークオレンジでチェック柄になっていて、焦がしキャラメルの芳香がする。いつもはブラックばかりなのに珍しい。
「店長、これは?」
「キャラメルマキアートニャ~。元気を出して欲しいときに淹れるニャ~」
「なんで店長の分も?」
そこが疑問だったのだが、問われた店長はモジモジくねくねと照れている。
俺は茶化さないで店長が落ち着くのをじっと待つ。
すると頬を赤らめた店長が、マロンへの恋心をぽつぽつと語り出した。
「ガッツリン氏、オラも恋をしているニャ~。マロンさんへ告白するために気合いを入れ直すニャ~」
真面目に聞いてみると、店長なりの孤独があったことが分かった。
「そっか。かつての同胞にそっくりなんだな」
「ニャ~」
他に店長みたいな存在は確認されていない。
作られた設定と流さないで向き合ってみたら、言葉の節々から読み取れる寂しいという想い。
気付けば、自然と店長へ頭を下げていた。
「店長、今まで悪かった。これからは告白に向けて一緒に頑張ろうな」
「ニャ~。そんなガッツリン氏にプレゼントニャ~」
サムズアップした店長から「店長のイチオシ!」というシールを貰う。
俺もサムズアップして笑顔を返す。
「お互い、諦めずに頑張ろう」
「頑張るニャ~!」
俺と店長の間に、新しい約束が出来た。




