第十一話 兄と塩
〜ここまでのあらすじ〜
峰大は萌奈香に告白するため、VRMMOでの学区ランキング1位を目指す。
翔を倒すため、埴 津丸から共闘を申し込まれたが、それを断った峰大。
実力で翔を超えるべく、峰大は着々と戦力強化を進めていた。 ☜イマココ
〜登場キャラ紹介〜
・ガッツリン:多部 峰大
主人公。高2。取柄はゲームの腕で負けず嫌い。
・ローカロリー:相須 萌奈香
峰大と同じクラス。ハイスペックな天然女子。
・多部 翔
峰大の双子の兄。学区1位で全国でも5本の指。
・ワンバウンド:埴 津丸
学区2位の男。理屈屋で余計な一言が多い。
今日は学区合同の討論会。
外は大雨で強い雨音が鳴り響くが、会場内も負けじと白熱して湿度も熱気もムンムンだ。
温暖化が進んでからは豪雨か灼熱かの二択となっていて、梅雨が消え、季節を彩る花も地上からは消えた。会場内ではプロジェクションマッピングで薄紫のライラックが投影されている。俺は実物を見たことが無く、少し新鮮な気持ちで映像を眺めていた。
すると、隣に座る埴が不服そうな声を出す。
「多部。4分17秒以内に水分補給を行え、間隔が空いているぞ」
「あーハイハイ」
埴 津丸から口うるさく熱中症対策を指示される。
この討論会へ向け、埴がやたらと張り切って準備をしていたし、理屈先行タイプだからか得意分野なのだろう。
相手校との応酬が続く。
「それは違うよ!」
「異議あり!」
討論会は益々熱を帯びてきている。
テーマは卵。正確には「目玉焼きの調味料について」だ。
第一次産業の復活の狼煙として、養鶏が軌道に乗り始めている。その流れを加速させる趣旨で、各校の代表が「優先的に復活させたい調味料」の討論を行う。
オリーブオイルの良さについての答弁が続く。
我が校はオイリー派閥に分類されている。一緒くたにするなと言いたいが、分類上そうなっても仕方がない。
他にバター、ラー油、ごま油、変わり種でココナッツオイルも参加。納得いかないのは「生クリーム」が同派閥扱いなことだろう。マヨネーズは独立部門なのに……解せぬ。というか目玉焼きに生クリームを使うなと言いたい。
相手エースが机を強く打ち付け、埴は髪をかき上げる。
「また詰まらぬ論破をしてしまったな」
快進撃が止まらず、破竹の三連勝中だ。
食育を目的としたVRMMOでも卓越した食の知識を活かし、健康的な食生活を送ることでパラメータを伸ばす埴。抜け道を使い毒の開発まで成功させているのはどうかとも思う。
腕を組み、得意げにしている埴へ労いの言葉をかける。
「お疲れ。さすがに醤油は強敵だったな、埴」
「多部。醤油が有力なことと相手の理論が有効なことは同義ではない。ゆえに私が勝利したのは当然だ。しいてあげるならば彼等の敗因は37ページ目の……」
まぁいいや。好きなだけ語らせてあげよう。
そもそも各校の資料ページ数が多すぎてげんなりするし、目も滑る。
眉間を揉んでいたら、悲鳴と歓声が同時に沸き起こった。
この討論会へ青春の全てを懸ける学生も多いことがうかがえる。
優勝候補のマヨネーズの敗退が決まったらしく、会場はどよめいていた。
次はついに決勝だが、相手は兄の翔を擁する強豪。
推奨分類は「まだ調味料にコストをかけるべきでは無い派」で、既に流通も確立済みの塩で充分との主張。
翔のHNはソルトカットだから、皮肉なものだ。
敵はここまでにケチャップ、胡椒、マヨネーズと強豪を破ってきている。
我が校もソース、ヴィネガー、醤油と激戦区を勝ち上がった。
皆の注目を集めるためか、埴が指パッチンで乾いた音を響かせ、目配せをする。
「決勝は13時からとなる。各自それまで休憩をとるように。10分前には席についておけ」
◇◆◇◆◇
やっと一息つく。
学区ランキングの上位者は強制参加とはいえ、ずっと埴の隣は気疲れした。
(萌奈香どこだろ?)
参加しているはずなのに、朝から見当たらない萌奈香を探す。
萌奈香を探して会場の外へ出ると、雨音と雨の匂いが一層強くなる。
薄紫のブラウスの制服を探して、会場を雨どい沿いにグルっと一周する途中、人目の少ない裏でから声を拾う。
好きな萌奈香の声を俺が聞き間違うはずがない。
確信をもって駆け寄り、声をかけようと口を開く。
「もな……か?」
届く声量までには至らず、目の前の光景に打ちのめされ言葉を失った。
ブラウンのブレザーに身を包む、俺とそっくりな翔が笑顔を見せる。
翔と二人きりで楽しそうに声を弾ませる萌奈香。
「あ、翔くん。これ、ちょっと早いけど誕生日プレゼントのワッペン。本当は……誕生日を一緒に祝いたいけど」
「ありがとう。そんな風に言わず峰大と居てやれよ。可哀想だしさ。あと、今月のノート」
「わぁ、楽しみ。お返事書くね!」
遠いことと雨のせいで聞き取りづらいが、プレゼントを受け渡していることは分かった。
一緒に誕生日を過ごすことを望む萌奈香と、それをすげなく断る翔。
俺に良く似た声で「可哀想だから」とのお節介まで聞こえる。
誰も頼んでいないし、どうしてそんな同情までされなきゃならないんだ。
胸の中にドス黒いものが渦巻いて、吐き気を催す。
蒸し暑いはずなのに、体の芯から寒気がして震えが止まらない。
聞きたくないのに、どうしても耳は萌奈香の声を追ってしまう。
「今度、家に遊びにいくね。くれぐれも内緒だよ? 当日は期待しててね。私、絶対に喜ばせるから!」
「あぁ、特に峰大には秘密にしなきゃだしな」
(嘘だ。嘘だ。嘘嘘嘘!)
会話は聞き取れるけれど、理解ができない。
頭では理解できるのに、心に入っていかない。
次第に音も遠のき始め、世界も色褪せていく。
体には力が入らず、今まっすぐに立っているかさえも不明だ。
理解しがたい現実が目の前にある。
確かに、萌奈香が翔を好きなことは知っていた。
でも、まだ何とかなると楽観視していたし、現に萌奈香とは学校かVRMMOで毎日会っている。
けれど、萌奈香が俺の家に遊びに来たのは10年以上前が最後。
翔が居た頃しか、萌奈香が家に来たことはない。
そのことを今更に知った。
(一体いつから?)
遠目に見えた交換ノートと思わしき物は、随分と年季が入っていた。
俺が知らなかっただけで二人はとっくに両想いだったのか。そんな疑いばかりが脳裏をよぎる。
津波のように押し寄せる動揺と後悔。
肌が触れ合う距離感で、あんな風に笑うのか。
そこにいるのが自分ではないことが、これほど悔しいとは思わなかった。
向けられる笑顔が、触れ合う肌が、俺ではない誰かなのが受け入れられないし、それが双子の兄である翔だという事実が耐えがたい。
(俺の方が先に好きになったはずなのに!)
幼い頃から好きだった萌奈香。
これからも傍に居てくれる安心感から、告白をずっと先延ばしにしていた。
いや、違うな。
告白する自信が持てず、今のぬるま湯みたいな関係が続くことを望んでさえいた。
そのツケがこれだ。
見切れ品どころか、とっくに捨てられていた事実に気付く。
昼間なのに分厚い雲のせいでやけに暗くて、もう二人の表情すら見えない。
風が吹いた瞬間、二人が抱き合うところが見えた。
俺は後退り、その場から逃げ出す。見たくないものを遠ざけたくて、足を縺れさせつつも全力で駆けた。
◇◆◇◆◇
走って席に戻り、全てを投げ出すかのように力なくパイプ椅子へ腰を落とす。
尻に伝わるジンジンとした痛みすら、どこか他人事に思えた。
「どうした多部? 随分と汗をかいている。少し匂うぞ?」
隣の埴からは心配され、そこで初めて汗びっしょりなことに気付いた。
鼻で短く呆れを露わにする埴。
「30秒以内に摂取しろ。何があったのかは聞かん。感情で揺れる者の意見は無益だからな」
突き放すように水を渡される。
言われてみれば喉がカラカラで、まるで砂漠から戻ってきた気分だった。
こういう時、何も聞かれないのは有難い。
俺はキャップを開け、一気にペットボトル一本分の水を飲み干す。
ただの水なのに、普段よりとても苦い味がする気がした。




