プロローグ:君に笑顔を
──クシャリ。
右手の中で紙が潰れる音。
魔法によって生み出された禍々しい紫の鎖で、大地へ伏してしまう君の姿に気持ちが抑えきれなくなる。成人男性の腕はありそうな太い鎖に捕らわれた君が、壊れてしまいそうに見えたから。
仲間たちの制止の声も振り切り、猛吹雪の中をただ君の元へと走る。
「ハァ……ハァ……ゼェ……」
銀世界の死地と化した戦場を全速力で駆け抜け、既に息も上がり始めているけど、あと少し。ほんの少しで君の元へと行ける。
夜明けが近づき、薄っすらと色づく美しい君の姿を目指して進む。
触れれば死を迎えてしまう魔法たちも不思議と怖くは無かった。
「ダメだ、戻れ!」
「お願い戻って!!」
背後からは呼び止める声が続き、左右には大魔法による落雷や火柱、竜巻までもが荒れ狂う。轟く音はまるで地神の寝返りのようだ。それでも──。
──君に手が届く。
その一点だけで全てのデメリットは吹き飛び、逸る気持ちが手元のラブレターを強く握りしめさせた。
はたして君は読めるだろうか。そんな不安もある。
立場も言葉も何もかもが違う君。仲間への後ろめたさはあるが、この恋心だけは偽れない。
君に近づくことは敵軍の真っ只中へと侵入することを意味する。
すかさず、数トンの重機を思わせる敵が複数飛び掛かってきた。
「ガアァァァアア!!」
「キシャーーー!!」
敵は混成部隊で今は混乱の最中にいる。背中から取り出した銃で全弾を叩き込み、無我夢中で無力化していくと、不意に君の栗色の瞳と目が合った。けど、君は視線をすぐに外し、鎖の下で窮屈そうに腰をひねって藻掻いている。
(ひょっとして、怯えてる?)
無理もない。広く見渡す限りの戦闘が間近でも行われている中、鎖で身動きが取れないところへ彼女の味方を倒す相手が向かってくるのだ。怖くない訳が無いだろう。
どうすれば君に分かって貰えるのか。
不安な君を落ち着かせる言葉はあるだろうか。
本来であれば、温かい珈琲で凍えた君を癒してあげたいけれど、生憎と戦場には持ち合わせていない。
苦しく辛い時に励まされた無数の記憶。今は遠く離れてしまった故郷の皆を思い出す。
(皆がしてくれたように、光を届ける!)
誠意を込めて、精一杯の想いを言葉に乗せる。
君に希望の光を届けるべく、笑顔でラブレターを差し出した。




