第9話 エンゼルメイカー
首のない怪物の亡骸、弾け飛んだ獣だった肉塊。
その中で俺は一人で佇んでいた。
あのあと、真っ白な甲殻に亀裂が走ったと思ったら、バキンッと砕けて元の身体が現れた。
水たまりに反射した自分の姿を確認したら、鏡で見るのと同じ顔とさっきまで着ていた服が映っていた。
……シオンは居なくなっていた。
はっきり言って当然だと思う。俺の体は明らかに人間とは違うものとなっていた。
言ってしまえば先ほど殺害した虎の化け物と大差ないんじゃないか。
俺が彼女と同じ立場だったとして、逃げない自信なんてない。
あの怯えた目が俺を責め立てる。
あの子のあんな表情を見たくはなかった。あんな視線を向けられたくなかった。
辺りを見渡す。化け物どもの残骸の他に、見知った顔が目に入った。
村長、薬屋のおじいさん、村唯一のお医者さん、肉屋のおばちゃん、果物屋の姉ちゃん、俺におかしをくれた女の子、遊びを教えてくれた男の子。
みんな、動かなくなった。
……なんで、
……どうして、
「こんな……ことに……」
ああ、冷たい。冷たい。
もう流れないでくれ。凍えそうなんだ。
塩水を凍らせるとより冷たくなると、小学生の時に学んだ記憶がある。
いくら塩の錬金術を扱うからと言って、涙で心を凍らせることはないじゃないか。
「…………」
……仕事をしよう。
俺は葬儀屋だ。
彼らを送ってやらなければいけない。
俺にできる唯一のことはこれだけだ。
村中を駆けまわって、みんなを一か所に集める。
さあ、ここからが俺の仕事だ。
死化粧、エンゼルメイクやラストメイクとも呼ばれる。名前通り死者に化粧を施すことだ。
俺はこれが得意だった。
同期の中では女子を差しおいて俺が一番うまかった自負がある。
多感な時期に一番美しい見本を見ていたのがきっと大きかったんだろうな。
腐敗防止のために、遺体の内容物や排泄物を取り除く工程があるが、数も数なので今回は省く。
歯ブラシ、ガーゼ、アルコールを錬成して口の中を拭う。
喉奥にアルコールを染み込ませた綿を詰めて腐臭を取り除く。
女の子だっているんだ。臭いは気になるよな。
身体は……拭いたとしてもすぐに血で汚れてしまうか。
せめて死に顔だけは安らかにしてあげよう。
ドライシャンプー用のジェルを錬成して髪を整髪して櫛でとかす。
これで奇麗な髪の毛になった。
苦痛に歪んだ顔は、瞳を閉じさせ、できるだけ安らかな寝顔にする。
その為に、乳液を塗って顔を柔らかくさせる。
化粧は遺体の顔色を見て、生前に近い雰囲気にしよう。
男性には薄いナチュラルメイクを。女性にはその人の顔、肌質に合ったメイクにする。
ユミウおばさんは、顔に長さのある大人っぽい人だった。
ファンデーションを薄くして、目元のくまはコンシーラーで目立たないようにしてあげよう。
眉毛は少しカーブをつけた大人っぽい長めの眉に。リップは赤くはっきりとした華やかな色を。
果物屋の姉ちゃんは卵型でパーツに丸みのある、華やかで優しい顔立ちだった。
ハイライトはラメの輝きが華やかのものを。チークはピンクで楕円形に。
リップもチークに合わせよう。そうだな、グロスを重ねて透明感を出そう。
お菓子の子はまんまるお顔で若々しく愛らしかった。
シミやクマなんてほとんどない。持ち前の透明感を活かしたいからファンデはほどよいツヤのものを薄く。
かわいらしい眉毛は明るいブラウンでマスカラを使ってふんわりと仕上げる。リップは……透明感を出したいかな。
一人一人全力で向き合って仕事をする。皮肉にも夜は長い。
俺の心に張った夜の帳は目の前のことに集中するために、他の一切を遮断した。
「ブルべだからやっぱ寒色で青みがかった色がいい。チークやリップは青みがかったピンク、いやオレンジのような黄みの強い色の方が綺麗に仕上がるか。いずれにしろ青みがかった奴を作らなきゃ。アイラインはネイビー。この人はイエベだから黄み帯びたファンデ。目力は必要ないから抜け感を出そう。アイライナーは明るめベージュ。この人は髭が濃いから四枚刃で剃ろうか。逆にこの人は色素が薄い。肌も弱そうだ。剃刀負けしないように慎重にジェルを錬成しないと……あるいは――」
◇◇◇◇◇
夜が明けて、太陽が東から登る。
全員分の死化粧を施した俺は、整えられた彼らと違って随分と酷い顔をしていた。
達成感や満足感なんてない。ただ、現実から逃げる為に普段やっていたことを実施しただけだ。
自分の心を紛らわせるために死者を利用したとも言えなくはない。
滑稽な話だ。
「俺は何をやっているんだろうな……」
両手をあわせて、祈る。
せめて彼らの魂が安らかなる浄土へと導かれんことを。
ふと、シオンの顔を思い出す。
彼女は今どこにいるんだろうか。
ちゃんと安全なところまで逃げきれたのだろうか。
……マテ、オレハナニヲカンチガイシテイル?
なんで考えなかったんだ? 奴らの残党がいるかもしれないと。
シオンを放っておいて俺は何をやっていた。
探さなきゃ。シオンを探さなきゃ。
ふらつく脚を叩いて立ち上げがる。逃げるとしたら森側だ。
すぐに俺は踵を返して――
「そこの君!」
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