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第67話 叶う願い

 気が付いた時には自分が何者か理解っていた。ジンバック・アルファウルブズ、誇り高き世界でたった四人しかいない四始祖の一人。記憶のほとんどは抜け落ちていても、それだけは理解できた。


 周りには四人の男女がいた。 


 一人はツラのいい女。

 貞淑であり、厳粛であるが、どこか幼い少女のような、風が吹けばかき消えてしまいそうな儚さを持つ女だった。


 一人は赤みがかった髪色の色男。

 無口で何考えてんのかわからねぇ。

 だが、青い炎のような、凍てついた美しさを持つ男だった。


 あとは子供二人。いや、正確にはガキじゃないんだろうが、便宜上そう表現するしか無かった。

 一人はやたら大人びた美しい女の風貌をしていたが、声と中身はただクソガキだ。

 もう一人は一見子供のような姿をしているが、声と立ち振る舞いは紳士的で老獪な雰囲気を出している奇妙な男だった。

 こいつらは外見と中身がチグハグすぎて気味が悪い。流水のように掴みどころがねぇ。


 見たこともねえ奴らだが、こいつらは恐らく俺と同じなのだろう。俺と同じように才能に溢れ、たった一つの事を、誰にも辿り着けない領域にまで極め上げた、どこか外れた奴ら。

 

 そんな俺達の前にあいつは現れやがった。


 『終わりの錬金術師』、奴は俺達にこう命令した。


「この国の人間を全て殺し尽くせ」

 

 冗談じゃねえ。なんで俺がどこぞの馬の骨かも知らねえ奴の言うことなんて聞かなきゃならねえんだ。

 周りの奴らも俺と同じ様に異句を唱えていた。


 だが、俺達は思い知ることになる。脳味噌に直接電極をぶっ刺されて、マイク越しに大声で喚き散らされるような感覚。そんな声が、抱いたことのねえ殺戮本能を刺激して狂いそうになる。自分が自分でなくなるような恐怖、苦痛、それと絶望。


 全部あの野郎の掌の上だった。俺達に選択肢はなかった。


 もうトータルで何人殺したかは覚えていない。


 やってる途中で大体把握できたノルマをこなす為に、惰性で殺戮を繰り返す。


 いくら繰り返しても慣れることはなかった。

 俺の影から湧き出た気味の悪い怪物共が、人を殺すたびに伝わってくる嘲笑や快楽、愉悦。人々の悲鳴や嗚咽、引き裂かれるような子供たちの慟哭。


 どっちに転んでも、俺の頭の中から声がやむことはなかった。

 蘇ってから一睡たりとも眠れやしなかった。


 なによりも退屈だったよ。弱者を甚振って過ごす毎日は。

 この時代の錬金術師のレベルじゃ、俺達を殺すことなんて到底敵わない。

 ただ悪戯に、殺しの日常を貪るように過ごしていくしかなかった。




 ――いっそのこと、狂っちまったほうが楽になんのかね。




 そんなことを考えていた時に、お前が現れた。


 連合の奴らがやっとのことさで倒せる強化型人造兵器を、羽虫でも潰すかのように屠り去るお前の姿を見た。

 

 間違いなかった。一目見て確信した。俺達が幅を利かせる前の時代、『始まりの錬金術師』のみに許された凄まじき力。


 ――あいつなら、俺を殺せるんじゃないか?

 ――どんな奴がその力を振るってんだ?


 そう思っちまったら、もう止められなかった。


 俺は偽名を名乗り、お前に近づいた。善人面して笑いかけてやった。

 そしたら士降の正体はとんだあまちゃんだと来た。


 呆れかえるぜ。そんだけ強い力を持ってんのにみんなを守りたいだの、優しい人間になりたいだの生温いことばっかり言いやがる。


 だが、不思議と不快にだけはならなかった。心の底から嫌いと掃いて捨てることができなかった。こいつはこのままでいてもいいんじゃないかとさえ思ってしまった。


 お前といる時間だけは、不思議と『声』も悲鳴も嘲笑も薄れていた気がする。


 だが、この世界はそんなに甘くない。


 善人に寄生してその体液を啜り喰らい続ける蛆虫共が、他人の足を引っ張ることしか能のないゴミ共が、この世にはうじゃうじゃいる。この時代もどうせ同じだろう。


 だから、お前には俺を憎んで欲しかった。こうやって痛い目見せないと、人間は学ばないからな。甘さを捨ててほしかった。容赦なく仇名す者を斬り伏せる非情さを持つべきだった。

  

 でもお前は、最後まで俺を恨むことはなかった。挙句の果てには、敵である俺に感謝までしやがって。


 あれは呆れたぜ。 

 マジで面食らった。


 でも、お前はその上で強くあろうとした。知らなかったぜ。憎しみ抜きであんな力が出せるなんてな。夢にも思わなかった。

 

「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」 

「ふぅっ、ぐっぅ、ああぅ……ふぅっ、ふぅっ、ぅぁぁ……う゛あ゛あ゛あ゛! う゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」 

 

 こうして、完全に力を解放した俺ともやりあっている。久しぶりだ。全力で戦ったのは。

   

 もうじき俺は、俺でなくなる。

 これが最後だ。俺はこの戦いで完全に自我がなくなる。

 戦うだけの殺戮兵器へと身を堕とすだろう。

 

 でも、まあ、お前はもう大丈夫だ。

 

 俺がどんな姿になり果てても、殺してくれるだろう。

 これから先、どんな戦いでも乗り越えていけるだろう。


 不思議と痛みはない。

 さっきまで体に響いていた衝撃も、拳に伝わる感触も。


 なんだか、すごく心地がいい。よく眠れそうだ。


 もう『声』も聞こえない。悲鳴も嘲笑も、怨嗟も慟哭も。


「―――――――――! ―――――――――――!!」


 不思議と目の前のお前の声も、何一つ聞こえない。 

 







 ああ、







 なんだ







 今日はえらく、静かじゃねぇか。

 

















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