第64話 覚醒
大量の残骸を眺める。長らく戦っていたジンをようやく屠り去ったことに対して、一種の感慨深さのようなものを士降は感じていた。
感傷に浸りながら、士降は瓦礫に歩み寄る。亡骸のようなものがあるのであれば、せめてこの手で葬ってやろうと。かつて共に旅をし、同じ窯の飯を食べたトニック・クォーツァーを、弔葬部隊の一員として彼の身を焼き、弔いたいと思った。
だが――
「な、なんだ!?」
山積みの瓦礫の隙間からカッ、と眩い光が差し込む。あまりの輝度に士降は目を眩ませてしまった。
次の瞬間、瓦礫が塵のように細かくなり、粉々に弾け飛んだ。
「そうだ、終わりにしよう」
中から現れたのは光の使徒。
「遊びは終わりだ」
ダイヤモンドのような輝きを放つ透明な多面体。それを人間の形に削りとったような戦士が顕現した。
「ジン……なのか……?」
「この姿になったのは久方ぶりだな」
今までジンが纏っていた鉱石や岩石は、彼にとって拘束具でしかない。ジンバック・アルファウルブズの真の姿は、その中身、光り輝く眩い戦士だったのだ。
それはまるで、磨きに磨かれ、極限まで削り取られた、幾億の価値がある宝石のようだった。
「始めよう。こっからが本番だ」
敵意や殺意は感じられない。あくまで自然体。そんなジンに士降は警戒を緩めず、 ゆっくりと拳を握りこむ。
助走をつけて、勢いよくジンの顔面に拳を叩き込んだ。
「な゛っ……!?」
ヒットした拳から、亀裂が走る。今まで一欠片すら砕けたことのない自慢の拳。
自らの砕けた肉体に戦慄する士降。その直後、ジンのカウンターパンチが士降の胸に突き刺さった。
パギャアッ
「があ゛っ――」
一撃で士降の肉体は数km先まで弾丸のように弾き飛び、木々、岩壁、山々を破壊しながら真っ直ぐに吹き飛んだ。
遠くの岩壁にまで飛ばされ、めり込む事でようやく静止した。
胸部甲殻は無惨にも砕かれ、上半身全身にひびが入っていた。
士降の意識は、とっくのとうに途切れていた。
ああ、なんだろう。もの凄く眠いや。こんなに眠いのはいつぶりだろう。
この世界に来る前、通勤電車でうつらうつらと眠りこくっていたあの時以来かもしれない。
俺は今、なにをしてたっけ?
………………
ああ、そうだ。ジンに殴られたんだった。
一発だぜ? 一発。
一撃で負けちまったんだよな。究極の力とか、至高の錬金術とか持ち上げられてたけど、結果はこんなもんか。
考えてみればそうかもな。いくら強い力持ったって、俺自身はただのサラリーマンだったもの。なんとなく扱えていただけなんだ。
で、相手は一つの錬金術を極限まで鍛えあげた最強の男だろ? いくら持っている力が最強だって言ったって、勝てないさ。
結構がんばったよな、俺。
命張って戦って、忌み嫌われて裏切られて追放されたりして、なんだかんだ人護ったりしてさ。俺にしてはよくやったって思うよ。
なんだか、腑に落ちたって言うか、力抜けたわ。
このままもう、起きなくてもいいかな。
『想一はとにかく生き延びて』
………………
『生きてさえいれば、また会えるから』
………………
『またね』
……ああ、そうさ。
まだ終われない。ひよりが俺を待っているんだ。俺が死んだらきっと、ひよりが悲しむ。
俺があの時受けた悲しみを、苦しさを、辛さを、あいつにさせるわけには……いかない。
ひよりだけじゃない。ミラさんだって言ってくれたじゃないか。『君が生きてくれて、私は嬉しい』って。俺が死んだらミラさんだって悲しむ。シオンや、バンビだってそうだ。
「死んで……」
俺はまだ、生きたい。
「たまるか……」
死ぬわけにはいかない。死にたくない。
「死んで……たまるか……」
みんなに、会いたい。
「死んでたまるか」
ミラさんや、シオンや、バンビや……ひよりに。
「死んでたまるか」
会うんだ。
「死んでたまるか」
俺は生きる。
「生きて」
生きて
「生きて」
生きて
『生きろ!!』
誰かの声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声。いつか夢見た、神とあがめられた男の声だ。
ああ、心臓が熱い。
今にも破裂しそうなほどに激しく鼓動している。ポンプが動くたびに体中に士降の錬金術が浸透していくのを感じる。錬脈回路に熱湯を注ぎ込まれたような、鮮烈な熱を感じる。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
ああ、
俺、
今、
生きてるんだ。
カッ、と光の柱が空高く伸びる。
士降の身体から溢れんばかりの輝きが、まるで天へと昇る階段のように空を突き抜けた。
「はっ、勝負はこれからってか?」
光の柱を見上げながらジンは笑う。はちきれんばかりに高まった胸を躍らせながら、ジンは士降の元に降り立った。
士降は横たわるように空高く宙に浮いている。拳の亀裂は塞がり、砕けた胸部も紡ぎ合わせるように元に戻っていく。
やがて上体を起こし、天の使いのように地に舞い降りた。
歪な王冠のような頭部の更にその上、天使の輪のような光輪が浮いていた。
「ハアッ!!」
ジンも負けじと力を解放し、士降に劣らない輝きを放つ。
ジンの宝石のようなひたすら眩い輝き。士降の太陽のような温かみすら感じる神々しい輝き。二つの輝きがお互いに干渉し合い、周囲に炸裂した。
「お互いこっからが全力だ」
「ああ、そうさ」
士降は拳を握り込む。拳の強度も握力も、以前の比ではない。この場に小さなブラックホールでも作ってしまう程の密度だ。
「始めようぜ」
「終わらせよう」
二人はゆっくりと歩を進める。
お互いの拳の間合いまで辿り着いたその瞬間、両者の拳が互いの胸に突き刺さった。




