第62話 現代最強の錬金術師
デスティノ山脈は、過酷な環境により、人一人いない山々で形成されていた。
日本の採石場を荒くしたような鉱山に、ジンは一人佇んでいた。一張羅のロングコートをはためかせながら、石灰と共にタバコの煙を吸いながら物思いに耽っていた。
そんなジンの後ろから、一人の男が歩いてきた。
「誰かと思えばあんたか」
50代半ばくらいの長身の男性。紳士服のような装いに、口元に少しだけ備えた髭。白髪の長髪は後ろに束ねられており、上品な雰囲気を醸し出していた。その男は――
「マスター」
以前、想一とミラが立ち寄りジンと遭遇した、bar土偶のマスターだった。
「お久しぶりでございます。ジンバック様」
「こんな山中にわざわざ赴いて、何か用か? あんたも聞こえていたはずだろ? 俺には殺人衝動があるって」
「承知しております」
マスターは低くも上品な声でそう答えた。
「あんたは気に入ってた人間だ。殺すんなら、なるべく最後がいい。だから今は会いたくなかったんだけどな……んで、用事は? 俺の気分が良いうちに聞いてや――」
「あなたの望みを叶えにきました」
おしゃべりなジンの言葉を遮り、静寂が走る。吹き抜ける風が、砂塵を舞い上がらせた。
「俺の望み?」
「申し遅れました」
マスターの言葉と共に、後ろから大量の土の兵士、土偶が地面から湧き出る。
「わたくし、『水銀』の錬金術師、レオ・レヴェルボルテと申します」
あっという間に、数百、数千の土偶の軍勢が形成された。
「そうか……あんたが……」
『水銀』階級の錬金術師、現代の術師で最強の、四人の錬金術師。そのうちの一人、土の元素を司るレオ・レヴェルボルテが、bar土偶のマスターだったのだ。
「質のいい氷を作っていたな。バナジウムを漬け込んでいた」
「左様でございます」
「それも質の良すぎるバナジウムだ。あれだけの鉱石を錬成できる奴は、俺の時代でもそうはいないと思ったが……ははっ、なるほどね」
ジンの背後からボコッボコッと怪人達が現れる。
「いいぜ。この時代の錬金術の極致を見せてもらおう」
ジンが両手を広げると、怪人の軍団は奇声を上げながら突進する。
続けてマスター、レオも右手を前に突き出し、土偶の軍勢を嗾けた。
お互いの軍勢がしのぎを削る中、レオとジンはゆっくりと歩きながら距離を詰めていく。
不意に、レオが落下するような速度でジンに詰め寄る。ジンは素早く体を硬質化させ、岩石の戦士へと変体する。
レオの拳を、ジンは両手をクロスさせて防ぐ。
ビリビリと衝撃波が飛び交い、近くにいた怪人と土偶を引き裂いていく。
「……重いな。いい拳だ!」
ジンは前蹴りを放ち、レオと距離を取ろうとするが、
「ッ!」
右足は空を蹴った。後ろから何かに引っ張られるように後退し、前蹴りが空振る。
「シィッ!」
レオが左手を引き寄せるようなジェスチャーを取ると、今度はジンが吸い込まれるようにレオの元へと吸い込まれる。
「フンッ!!」
ジンの鳩尾にレオの拳が突き刺さり、ジンは大きく吹っ飛ばされた。
後方の岩山に体を激突させ、粉塵が舞い散る。それを掻き消すようにジンは左手で払った。
レオの使う錬金術は、戦闘用土偶軍勢の創造。それともう一つ
「なるほどね。引力か」
万物は、質量の高い物へと引き寄せられる。故に、あらゆる物質が、この星を形作る母なる大地へ吸い込まれるように落ちていくのだ。であれば、突き詰めていくと、引力も土の元素の錬金術師で操ることも理論上可能だ。
だが、土の元素から引力を解析することは、並外れたセンスと研鑽が必要。それを可能にするのは、レオの桁外れの才能あってこそだった。
「現代の錬金術はそこまで進んでやがるか。面白え!」
ジンは地殻変動を起こすが、レオは斥力で宙に浮かびあがり、被害を免れる。
「チィッ!」
地面を高く隆起させ、岩石の柱でレオを突き上げようとするも、空中を自在に駆けて紙一重でそれをかわした。
「タアッ!」
レオは一気に詰め寄り、ジンに肉薄する。上から制圧するように繰り出される打撃は、ジンを防戦一方にせざるを得なくなるまでに追い込んだ。
タイミングを見計らい、ジンはカウンターを仕掛けるもレオはそれを引力で避け、逆にカウンターをお見舞いした。
「くっ! やりづれぇ」
地を操るジンの攻撃は届かず、宙を駆け回るレオの攻撃は一方的に当たる。
ジンにとってレオは、この上なく相性の悪い相手となった。
やがて戦いは一方的になっていく。
「ぐっ……」
度重なるレオの攻撃により、ついにジンは膝をついた。
(好機!)
レオはジンに特大な引力を与え、動きを封じた。
現代最強の錬金術師は空高く浮かび上がる。雲を突き抜け、人間が活動できるギリギリの領域までその身を昇らせた。そのまま、落ちるようにジン目掛けて突撃する。
(最頂点から最高速度で最高威力の蹴りを放ち、ジンバック様を砕く!!)
レオの速度は音を置き去りにし、その身を焦がすように炎に包まれる。
(安らかにお眠りください土の創始者よ! あなたの願いは今、果たされた!)
レオの渾身の必殺脚がジンを貫くその直前――
ズズッと、ジンは溶けるように地面へと沈んだ。
「なに!?」
燃え盛る炎の一撃は、大地を粉々に砕き、巨大なクレーターを作り出した。
衝撃の余波による爆熱は、周囲の怪人や土偶を全て焼き払い、辺り一面を焦土と化した。
「馬鹿な……どこへ……」
砕かれた地の破片が降り注ぐ中、レオはジンを探る。その隙が命取りとなった。
「!!」
レオの立っている場所が砂漠へと変わっていた。砂はレオの足を絡め取ろうと、蠢いている。
「いかん!」
咄嗟に脱出しようと浮かぶも、宙を舞った岩石が粒子化してレオにまとわりつく。大量の砂利でバランスを崩したレオの体は、やがて地を這っていた砂に体を絡め取られてしまう。
「ようやく捕まえたぜ。水銀さん」
砂の中からジンが顔を出す。
レオがジンに有効打を与えることのできる攻撃は、引力を用いた近接攻撃のみである。それをジンは見抜き、わざとを隙を見せ、大技を誘ったのだ。大技を空振り、隙を見せた代償として、砂に囚われた。全てはジンの掌の上だった。
砂の檻に囚われたレオは、空中に浮かび上がる。いや、浮かび上がらせられる。
「なるほどね。これが斥力か。よく辿り着いたもんだ」
なんとジンは数度、レオの引力錬金術を体験しただけで、その真髄を掴んだのだ。
「マジで冴えてるぜあんた」
上げた手のひらを大きく開く。すると、あたり一面に散らばっていた岩石達が、押しつぶすように、砂の檻目掛けて襲いかかる。あっという間に巨大な岩の塊が出来上がった。
「ただ、俺の方がキレてたみたいだな」
ジンは開いた手を思い切り握り込む。岩の塊は一気に圧縮された後、爆散した。
ドサッ、と傷だらけのレオがゴミ袋のように転がった。
まだ息がある。
「届きませんでしたか……」
「悪りぃな。伊達に四始祖って呼ばれてないんだわ」
軽口を叩くジンに、レオは惜しそうに微笑んだ。
「残念です……出来ることなら」
「ん?」
「この技は使いたくなかった」
パッと辺りが夜のように暗くなる。さっきまで出ていた太陽の光による暖かさが消え去り、ジンは異様に気づいて空を見上げる。
雲を切り裂いて現れたのは、直系500メートル程の巨大な塊。いや、小さな星というべきか。
「は」
レオは空高くまで舞登った時、宇宙空間にとあるマーキングをしていた。
宇宙空間を飛び交う隕石の一つを、引力で呼び寄せたのだ。
「ハハハハハハハハハ! マジか! まさかこれほどとは!」
ジンは歓喜する。己すら宇宙に浮かぶ小さな星を操ろうなどとは考えもしなかった。
その発想、実行する能力、何もかもが新鮮で仕方がなかった。
「正気の沙汰じゃないな。こんなのが落ちたらあんただけじゃなく、周囲の都市をも巻き込んで大勢死ぬぞ」
「ええ。ですがあなたとて、まともに喰らえば無事では済まないでしょう」
「ハッ! 確かにな。だが――」
ジンの足元が急激に隆起する。ものすごいスピードで星降る空へと突き上がっていく。
「忘れたか! 俺は地に潜り込むことができる! あの隕石だって、言っちまえば小さな星の大地だろ? なら――」
大地の柱が隕石に激突する。柱は音を立てて砕け散ったが、ジンは隕石に潜り込んだ。
「俺の支配下だ」
中心部まで辿り着いたジンは、隕石を全力で振動させる。ビギィィィンと激震が全体に広がり、隕石は蜘蛛の巣のような亀裂を入れた後、細かく砕け散り、無数のカケラとなって周囲に降り注いだ。
超質量の落下による被害は抑えられたが、超高速で落下する岩石の礫はショットガンの如く降り注ぎ、土偶や怪人を引き裂いて全滅させた。
上空からジンが降り立つ。現代最強の錬金術師の捨て身の切り札をも破り去り、完全なる勝利を手にした。




