第60話 温泉回
ミラさん達が帰ってきて数日、俺はグラニデ名物の天然温泉に来ていた。
なんでも、ラジウムやゲルマニウムのように、湯船に入れるとなにかしらの効果の出る鉱石が入っているらしい。
流石は土の国って感じだよね。硫黄の温泉とかもあるのかな?
早速体を洗って湯船に浸かる。何とか鉱石の効果か、体がピリピリする。なんかが効いてるんだろう。何かはわかんないけど。
この世界に来てからは肩こり腰痛とかには無縁だったけど、やっぱ温泉っていいな。肉体の疲労だけじゃなく、精神の疲れとかも取れる気がするよ。
熱燗飲みたくなるね。キューっとね。年齢的に今は無理だけどさ。
風呂から上がると、体を拭いて水着に着替える。この世界のサウナは男女兼用らしく、水着を着なければならない。っていうかこの世界にもサウナはあるんだね。どっから発祥したんだろうか。
露天に出ると、ログハウスのような建物が目に入る。あれがサウナだ。
中に入ると、白樺の匂いが鼻腔をくすぐる。おっ、誰もいない。まるで貸切だ。
白樺の枝葉を束ねた道具、ヴィヒタが壁に取り付けられている。おお! この世界のサウナはロシア式なのか!
ジリジリと、熱波が肌を温める。数分もしないうちに汗が玉のように湧き出てきた。
いいね、これだよこれこれ。社会人の時は、休日にサウナに入り浸ってたっけなぁ。最も簡単に快楽を得られる娯楽といえば、サウナくらいしかなかった。金もなかったしね。
ギィ、と木製の扉が開く。蒸気と共に、湯に濡れた紅髪が目に飛び込んできた。
「楽しんでいるようだな」
「あっ、ミラさん!」
今日は第七師団はオフ。何を隠そう、ミラさんに誘われてここに来たのだ。ちょっとした慰安って奴さ。
もちろん急を要する時の為に、錬金連合の師団員は、通信用の錬金器具を持ち込む許可をもらっている。オフの時でも奴らは待ってくれないからな。
「土の国に来たらみんなよくここに来るんだ。入浴は体の疲れだけじゃなく、心の疲れも取ってくれる。戦いは身も心もすり減らすから、こういう息抜きは必要不可欠だ。精神が安定していないと勝てる戦も勝てないからな」
「はい! 俺もめっちゃ気に入りました。特にサウナがいい。この後、激辛料理がめっちゃ食べたくなります!」
「君も辛党か。ここは激辛麻婆豆腐が美味いんだ」
おっ! いいね! 四川料理並みに辛い麻婆豆腐は、やみつきになるよね。
「君には窮屈な思いをさせた。だからこうやって、少しでも羽を広げて欲しかったんだ」
窮屈な思いというのは部屋での謹慎のことだろう。しかも監視付きと来た物だ。確かに窮屈さは感じてたさ。でも
「大丈夫ですよ。色々考えることもできたんで」
ああやって何もせずに、じっと考え事ができる時間は、なかなか取れない。ジンの言葉やミラさんの謀がなくても、いつかは似たような壁に行き当たっていただろう。今のうちに答えを見つけ出せることができたのは幸いだ。
「それに、ケイトさんやモカさんにも会えたし」
「彼女達か。優秀な看守だと聞いている。特にケイト氏は見習いであれど、罪人にも寄り添うことのできる心優しい方だ。彼女なら、傷心の君の支えになってくれると思って配属させたんだ」
そっか。俺の監視の采配はミラさんがやってくれたんだ。正直ありがたかった。あの二人じゃなかったら、迷いを振り切れなかったかもしれない。
ミラさんは潤った赤い髪をかきあげる。……改めて見ると刺激が強い。女性用の水着自体は色気のないスポーツブラみたいな形だ。でも薄暗い部屋にじっとりと汗ばむ素肌、玉のような汗がダークイエローの光に反射して輝いて見える光景は、独特の色気を醸し出す。ミラさんのような麗しい女性なら尚更だ。
などと邪なことを考えていると、ドアの外から、てってと足音が聞こえてくる。
「しっつれいしまー……ってソーイチクンとミラさん!?」
元気よく扉を開けて素っ頓狂な声を上げるのは……バンビだった。
「バンビ! バンビじゃないか!」
「ソーイチクンお疲れー。めっちゃ奇遇じゃない?」
バンビは金髪の長髪をお団子のようにまとめて(シニヨンだっけ……?)おり、俺の隣に腰を掛けた。
「バンビ、改めてすまなかったな。君にも強く当たってしまった」
申し訳ない、とミラさんは頭を下げた。
「あ、いえ……その、一つ聞いてもいいですか?」
バンビはいつものような軽いノリではなく、神妙な面持ちでミラさんに尋ねた。
……っていうかこの二人、喧嘩でもしたのだろうか? 察するに、俺が連れてかれた後にひと悶着あったようだが……
「なにかな」
「士降って……ソーイチクンのことですよね……?」
うっ……! バレた? どこで尻尾を出してしまった!?
「どうしてそう思う?」
ミラさんがバンビに聞き返す。
「その……私見ちゃったんです。ソーイチクンが見たこともない錬術兵器に乗って、ミラさん達が向かったハンネス湖の方向に駆けて行ったのを」
見たこともない錬術兵器……アルケスの事か! ってことはAWDCからミラさんを助けに向かった時のことを言っているのだろう。
「あんなもの凄いスピード、とてつもない負荷がかかるはずです。並の錬金術師じゃとうてい耐えられない。少なくともただの非戦闘員が乗りこなせるスピードではないと思いました。 ソーイチクンは元々塩の錬金術が得意だって言うし、極まったら士降に行きつくんじゃないかなって」
なるほど、流石バンビ。鋭いな。的確過ぎてぐうの音も言い訳できない。ミラさんがチラリと横目で俺の様子をうかがってくるが、正直隠し通せる気がしない。俺は首を横に振って返した。
「君の推察通り、今まで私達を助けてくれていた士降の正体は彼だ」
「やっぱり……じゃあミラさんがソーイチクンを追放したのは……」
「このまま戦えば、彼は錬金連合に処刑されてしまう。それを避ける為には、彼にこれ以上戦って欲しくなかったからだ」
そっか、とバンビは目元に涙をためて、そう零した。
「ミラさん、やっぱり優しいミラさんのままだったんだ……」
……そうだねバンビ。ミラさんは何一つ変わってないよ。
「ソーイチクンも、私達のこといつも助けてくれてありがとね……」
「なんもさ。好きでやってることなんだから」
ああ、やっぱり嬉しいな。俺が常軌を逸する凄まじき力を持った異形だとしても、こうして受け入れてくれることが。
「ありがとう、バンビ」
「何さ。お礼を言ってんの、こっちじゃん。意味わかんない」
二人向き合って笑い合う。ミラさんも優しく温かい目で、俺達を見守っていてくれていた。
◇◇◇◇◇
サウナから出て水風呂に入った後、ミラさんは、通信器具に連絡が入ったようで一足先に上がってしまった。
バンビはというと、サウナで感極まって泣いてしまったせいか、若干のぼせたようで千鳥足になっていた。
バンビを休憩室に送り届けた後、俺は岩盤浴へと足を運ぶ。
約45度の温度の部屋。一人分横になれるスペースに、細かい鉱石が敷き詰められている。そんなスペースが木の板に仕切られていくつもあった。俺はそのうちの一つに大判タオルを引いて寝そべった。
お、おお、おおお! 体に尖った鉱石が食い込んでいく。まるで天然の鍼治療だ! ギュンギュンと体に良さそうな成分が、尖った部分から体に伝わっていく。メチャクチャ気持ちいいぞ! 医療部隊の隊長さんは、鉱石医学は淘汰されたと言っていたけど、その名残がここにあるんだ!
15分くらいしたら冷浴室に足を運ぶ。サウナからの水風呂みたいな物だ。ここで整うというわけだ。
扉を開けると、誰もいなかった。この時間帯は空いてるのかな? 中は薄暗く、紫色の光が炎のようにゆらゆらと揺れて、怪しげな雰囲気を出していた。
プラスチック製のガーデンチェアにタオルを引いて腰をかける。あ〜ひんやりして気持ちがいいんだ〜。整う、整うぞ!!
なんて気持ちよく気温差を堪能していたら、扉が開かれる。背の低い金髪の女の子。あれ、この人って……
「リノ副団長」
「どうも」
パツキンロリっ子副団長のリノさんだ。この人も来ていたんだ。なんだか、やけに知り合いと会うような気がする。ミラさんの言う通り、ここは錬金連合御用達のようだ。
リノさんは俺の隣のチェアに座る。あ、隣に来るんですね。
「…………」
「…………」
おお、気まずい。わざわざ隣に来るから、何か世間話でもしてくれるのかと思ったけど、まさかの無言。あれ? もしかしてこれ、俺が何か話さなきゃいけない感じか?
「えっと――」
「士降の正体はあなたですね?」
「…っ!」
不意に図星を突かれて息を飲んだ。ど、どこでバレたんだ? まさか、錬金するところを見られてた!?
「何故そう思うのか、そんな顔をしてますね。あなたとミラ団長を観察していればわかります」
リノさんは無表情で続ける。
「あなたが第七師団に加わった直後に士降が現れ、士降は何度もミラ師団長と接触しています。士降の抹殺命令が下った後に、ミラ団長はあなたを追放した。普通に考えれば、トニック・クォーツァーの件であなたを追放したように考えられる。しかし、ミラ団長率いる第一班がジンバックとの戦闘で窮地に陥った後、士降に救出された。その後にあなたは解放され、再び第七師団に戻った。導き出される結論は一つだけです」
……ま、まずい。誤魔化しの言葉が思い浮かばない。完璧な看破だ。なんなんだ!? バンビといい、この人といい、金髪っ娘の一族は洞察力が高いのか!?
俺が答えあぐねていると、リノさんはため息をついて再び口を開いた。
「返答は必要ありません。あなたがどう弁明しようが、私の解はとうに出ています」
誤魔化しても無駄だ。彼女の中ではもう結論が出ているのだろう。
ど、どうしよう。せっかく第七師団に戻れたのに、このままじゃまた追放に――
「あなたに感謝します」
「……へ?」
間抜けな声が出てしまった。
「あなたが来てからの数日間、第七師団の団員で死亡者が出ていません。きっとあなたが命を懸けて戦ってくれたおかげもあるでしょう。副団長として隊を預かる私にとって、団員は自分の子同然。あなたの正体がなんであれ、彼女達を守って頂いてありがとうございます」
リノさんはイスから立ち上がり、俺の前に立って頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください。俺はただ、俺がやりたいようにやっているだけです」
俺がそう言うと、リノさんはニヤリと笑いながら俺の手を取った。
「認めましたね? やはりあなたが至高にして究極の錬金術、士降を操る者! 是非とも教えてください。その力をどこで手に入れたのか! いや、教えなくてもいい!! 言葉にせずとも見ればわかります。さあ、その力を私に魅せてください。さあ、さあ!」
わぁ……この人、目が完全にイっちゃってる……シオンに向けた時以上に血走った目を俺に向けている。
あちゃあ、始まったか。マニアの血を騒がせてしまった。ウリコさんと同じ匂いがするよこの人!
この後、しばらく俺はリノさんに付き合わされた。セッションとか合わせとか、よくわからないことまで言われて、もう滅茶苦茶だった。
「あ、俺が士降だってことは、くれぐれも周りには内密に――」
「言いふらしません! こんな貴重な錬金術師を処刑だなんてとんでもない! あなたは次の時代を導く道しるべとなるでしょう。連合の貴族達のいいようになんてさせませんよ」
ほっ。どうやらもうしばらく第七師団にいれそうだ。
第60話、いかがだったでしょうか。
宜しければ、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら嬉しいです。
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