第6話 途切れぬ繋がり
お使いや仕事の手伝いも済み、俺は部屋のベッドで一冊の手帳を開いていた。
てのひらに収まるくらいのメモ帳。俺とひよりを繋ぐ唯一の手がかり。
森に一人置き去りにされた俺は、只々《ただただ》慌てふためくことしかできなかった。
そこで自分の手荷物を確認した。
所持品は、ひよりが仕立ててくれたこの世界になじみの深い服と、この小さな手帳、がま口の巾着、それと少しのお金だけ。
この手帳にはひよりが俺に残してくれたメッセージが記されていた。
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↑回想始まり
『拝啓 弟切想一 様へ
急に知らない場所に放り出しちゃってごめんね☆
でも、やむを得なかったんだー。
『終わりの錬金術師』が私の隠れ家に気づいちゃったみたい。
というか襲撃されちゃった(テヘッ
だからあの拠点は破棄しなきゃいけなかったの。
本当は想一をじっくり育て上げて私達の仲間にしたかったんだけど、想一には戦う気がないみたいだし、今のままじゃ足手まといになっちゃうから、比較的奴らの手の及んでない安全な村に転移したの。
想一のことはこの手帳から見守ってます。危ない時が来たら駆けつけるから安心してね。
そこで私達が奴らを倒すまで幸せに暮らしてね。 清白 ひより』
なんだよそれ! って思ったよね。
また俺に黙って行ってしまうなんてあんまりだ!
文句を言ってやりたいと思って文具を錬成してメモ帳に書き込んでやろうとした。
でも、メモ用紙はペンを拒絶するようにインクを弾いてしまった。
すると、メモ帳にサラサラと新しい文字が浮かび上がってきた。
『PS. この手帳は私から一方的に干渉することはできても、想一からは一切干渉できませーん。残念でしたー』
なんだよそれ! ズルじゃないか!
びりびりに破いてやろうとしたが、破れなかった。
燃やしても濡らしても手帳はビクともしなかった。
『言ったでしょ? 見守ってるって』
どうやら現在進行形で見守ってくれているらしい。あまりにもワンサイドゲームだ。
『想一は物覚えが速くてたくさんの錬金術を使えるようになったけど、今のままじゃ奴らとはとても渡り合っていけない。
だから、もし怪物に襲われたとしても戦っちゃダメ。想一の三原質でも、奴らには歯が立たない。
それと誰にも戦闘用の錬金術は見せちゃダメ。少しでも戦えると思われればきっと矢面に立たされちゃうから。 』
……そんなにも敵は強大なのかよ。
そんな危ない奴とひよりは戦おうとしているのか。
……だからといって、俺に何ができる?
ひよりの言うことが正しければ、俺は役になんて立たないだろう。
それどころか、足を引っ張って味方を窮地に立たせる可能性だってあるんだ。
『心配しないで。私、めっちゃめちゃ強いから。
終わりの錬金術士だろうがなんだろうが、私の錬金術でドッカーンってやっつけちゃうから 』
ひよりは続けざまにメッセージを送ってくる。
高校生の頃に使っていたSNSツールでチャットしていたことを思い出した。
『だから、想一はとにかく生き延びて。生きてさえいれば、また会えるから』
……俺がひよりを大切に思うように、ひよりだって俺のことを思ってここに残してくれたんだ。
『餞別として私の作ったすごーい錬金器具を渡しておきます。空間錬金術を応用したなんでも入って持ち運べちゃう魔法のがま口です。大切にしてね』
ああ、何だかよくわからないけどすごそうだ。
絶対大切にする。
『またね』
「ああ……また……」
頬を涙が伝う。自分の不甲斐なさと別れの寂しさと、ひよりの無事をただただ祈る思いがぐちゃまぜになった。
俺には涙を流すことしかできなかった。
「あの……」
その涙を拭う人がいた。
ふわっとした黒髪を背中まで降ろし、二つのリボンで結んだおさげを胸の前にちょこんと垂らしている。
真っ白なハンカチで俺の目元をぐしぐしと押し付けてきた。
「大丈夫……ですか?」
それが俺とシオンの出会いだった。
↓回想終わり
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小鳥のさえずりと共に、温かい日差しが窓から差し込む。
光に反応し、まぶたが自然と開かれた。
右手に持っているのはひよりが残してくれたメモ帳。
ああ、眠ってたのか俺。
メモ帳を再度開く。あの日以来更新はない。
今の生活に満足してるとはいえ、未練たらしくひよりとの繋がりを求めていた。
今日もやることやらないとな。
階段を降り、洗面台の前で顔を洗う。
すると、いつものように焼き立てのパンの匂いが鼻腔を突き抜けた。
「おはよう、ソーイチ君。今日は早いのね」
「昨日は早くに寝ちゃいまして」
おばさんと雑談をしながら朝食を済ませ、今日もおじさんの工房に向かうのだった。
◇◇◇◇◇
「シオン、悪いんだけど森で薬草を取ってきてくれない?」
「うん、わかった」
おじさんの手伝いを終え、家に戻ってきた俺とシオンをおばさんが待っていた。
「ごめんなさいね。こんな遅い時間に」
「へーきへーき。さっさと済ませちゃうね」
シオンはおばさんから採取してきてほしい物のリストを受け取った。
そのリストをちらっと見せてもらった。
……これ、確か森の奥にある薬草じゃないか。以前、シオンと一緒に摘みに行ったことがある。
その時はまだ明るかったから問題なかったけど、こんなくらい時間に森の奥に入るなんて危ないんじゃないか。
「それ、俺が行くよ」
シオンからリストをパッと奪い取る。
「あ、ちょっと!」と抗議の声を上げるシオンを無視して、つかつかと玄関へ向かう。
「ソーイチ! ちょっと待ってよ!」
ぱたぱたと、すぐにシオンは俺に追いついてきた。
「急にどうしたのさ。行くなら一緒に行こうよ」
「いいって。シオンはゆっくりしてなよ」
「一人で行くことないじゃん。元は私が頼まれた御使いなんだから」
「こんな暗い中、女の子が森の中に入るなんて危ないって」
「一人で行く方が危ないよ!ソーイチより私の方がここの森に詳しいんだから」
「へーきだって。前に採った場所、覚えてるから」
そう言って俺は有無を言わせずに走り出した。後ろからシオンの声がしたが気にしない。
「もう! 迷子になっても知らないからね!」
◇◇◇◇◇
「やっと見つかった……」
シオンの言った通り、俺は迷子になっていた。
今まで夜の森に入ったことがないから気付かなかったけど
明るい森と暗い森だと空間の感覚が全然違う。まるで別の森みたいだった。
薬草を取るのに随分と時間がかかってしまった
「シオンと来ればよかったなぁ」
シオンの同行を断ったのは、万が一不審者やまだ見つかっていない新種の危険生物に遭遇する可能性を考えたからだ。
俺だけなら錬金術でどうにかなったかもしれない。
しかし、シオンがいたのなら話が別だ。ひよりには村の人々に戦闘用の錬金術を見せてはいけないと言われた。
本当は多少なりとも戦えることをシオン達に隠しておくのは心苦しいけど、ひよりの言うことがきっと正解なのだろう。だからこれでいいんだ。
まぁ、時間はかかったけど用は済んだし結果はオーライだ。
さっさと帰ってあったかい御飯を食べよう。
引き返して暫く立つ。ピカール宅と薬草のあった場所のちょうど中心まで戻ってきた。
――ザアアアアアアッ
風の吹き抜ける音が聞こえた。いつもの吹く風とはどこか違う。背筋が冷たくなるような嫌な風だ。
ヤな感じ。さっさと帰ろう。
そう思った矢先に、前から誰かの走る音と息切れのような呼吸音が聞こえてきた。
「はぁっ……はっ……あぁ……!」
あれは確か……駐屯の錬金術師の一人だ。
……っ!
身につけていた鎧はボロボロにひしゃげていて、千切れた左手を庇いながら血まみれで何かから逃げているように見える。
俺に気付いたようで、その男はこちらに向かって手を伸ばしてきた。
「たっ……助けっ――」
男の言葉も虚しく、後ろから獣のような動物に肩を嚙み千切られてしまった。
第6話、いかがだったでしょうか。
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