第46話 ヘルメスの使い
先導するミラさんの開けた扉の先には、高級そうなバーカウンターが置かれた、少し小さな部屋があった
ジンは奥の席へとゆったりと座る。
俺とミラさんは奴から少し離れたところに並んで座った。
「いいねぇ、雰囲気出るじゃん」
「聞きたいことが山ほどある。お前達は何者だ? 目的は? 何の為にこんな戦いを――」
「そう急かすなよ」
ジンはタバコを一本取り出して火をつけた。
「ソーイチ、お前吸うか?」
火をつけたタバコを咥えながらジンは俺に勧めてくる。
ふざけるなよ。なんでこんなに気安く俺に接せられるんだよあんたは。
「……未成年って言ったろ」
「お堅いねぇ」
煙をぷはぁと吐いてジンは語り出した。
「俺たちは『ヘルメスの使い』っていうらしい」
ヘルメス……
確かギリシャだかどっかの神様の名前だった気がする。ゲームで見た名前だ。
「らしい?」
ミラさんが聞き返すとジンは呆れたように手を上げた。
「俺たちを蘇らせた奴がそう名乗ってんの。そいつは自分のことを終わりの錬金術師と名乗っている」
「終わりの錬金術師……」
ミラさんが神妙にその名を繰り返した。
ちょっと待てよ。その名前、聞き覚えがある。
……そうだ、ひよりが手帳に記していた名前だ。
そいつがきっとひよりの言っていた魔王みたいな奴に違いない。
奥のカウンターからマスターがカクテルや酒を持って現れる。おそらく、さっきジンが注文してた奴だ。
「あんがとよマスター。ほら、俺の奢りだ」
ジンはカウンターに二人分のカクテルを滑らせてこちらによこす。
「飲めないって言ったろ……!」
「細かいこと気にすんなよ。お前は酔えないって」
不快な顔で睨みつける俺をヘラヘラと笑いながらジンはかぶりを振る。
……落ち着け。感情的になるな。今は情報を引き出すんだ。感情に振り回されるのは俺の悪い癖だ。
それにしても酔えないっていうのはどういうことだ? 士降の力が何か関係あるのか?
「ソーイチ君の分は私が飲もう。マスター、彼にジンジャエールを」
承知しましたと言ってマスターは戻っていく
「甦らせたと言っていたな。ならやはり、お前はあの四始祖の一人、ジンバック・アルファウルブズ本人なのか?」
「確かに俺はジンバック・アルファウルブズだ。だがそっくりそのまま本人と言うにはちと足りないものがある」
「足りないもの?」
「記憶だ。俺は生前の記憶の大半が欠落している。人格ってのはそいつの生きてきた経験や記憶で形成されるもんだ。欠けている俺が生前とまんま同じかってのは怪しいところだよなあ?」
「他の四始祖も同様か?」
「そうだな。俺たちは同時に目覚めた」
やはりか、とミラさんは唇を噛む。
こいつは俺が今まで葬ってきた敵性生命体とは次元がまるで違う。そんな奴があと三人もいるのか……!!
「何故我々を襲う? お前達の目的は何だ」
「さぁな。あいつの目的なんて知らねえよ。ただ奴は俺たちにこう言った。この国の人間を皆殺しにしろと」
「「……!!」」
戦慄が走る。終わりの錬金術師の目的はこの国を滅ぼすことなのか?
「ただよぉ、お前らならどうする? どこの誰だか知らん奴にいきなり呼び出されて、んな意味のわからんこと命令されて、はいわかりましたなんて言えるか?」
「言えるわけがないな。私なら文字通り切り捨てる」
「だろ? 俺たちだってそうさ。全員アクの強い奴らだ。人の下につくタマじゃあねぇ。だが、終わりの錬金術師は俺たちに細工をしやがった」
「細工?」
「奴は俺たちに植えつけやがったのさ。人殺しの本能をな。俺たちは常に人間を殺したいという欲求を抱えて生きている。一定時間、一定の人数を殺さないとそれは解消されない。そうしなきゃ俺たちは理性を保っていられない」
「……!」
絶句した。故人を無断で蘇らせた挙句、自由を奪って無理矢理人を殺させるなんて……!!
外道を超えた外道。そんな奴のために村のみんなは殺されたって言うのか……!!
「中には自死を選ぼうとするものもいたな。だがそれもできなかった。そう言うふうに作られてるんだと。俺たち同士で殺し合うのもなし。もちろん創造主のあの野郎に攻撃もできない。まさにお手上げってわけだ」
ははは。とジンは笑う。
笑い事じゃない。悪魔みたいな所業じゃないか……!
「だから俺たちは各々の生まれた国に戻り、本能を抑える為にちまちま人間狩りを行っていた。あの怪物どもは俺たちの錬金術で作った人造兵器だ。その技術もあいつから与えられたものだ。自分たちの錬金術で作ったもんなら直接手を下さなくても自分でやった判定になるらしい」
他人事のようにジンはグラスを揺らして中の氷をカランカランと回す。
錬金術で作られた人造兵器、それが敵性生命体の正体か……。
「なるほど。大まかな事情はわかった。だからと言ってお前達の殺人を見過ごすわけにはいかない。脅威となるのなら排除するしかない」
ミラさんはそう切り捨てた。
「……待ってください。それなら真の敵は、終わりの錬金術師ってことになりますよね? ようするにジン達は利用されているわけで。洗脳じみた細工をこっちで解除することができれば、俺達と四始祖が争う理由はなくなる……違いますか?」
俺がそう言ってジンに目を向けると、ミラさんは真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「君の言いたいこともわかる。だが、彼の言うことを全て鵜呑みにすることはできない。罠である可能性だって十分にある。我々の懐に入り込み、暴れ回られたら壊滅の危機に見舞われる」
「でも――」
「君はきっと……まだトニック・クォーツァーを信じたいと思っているのだろう。だが、君は見ただろう? 十一師団の団員を楽しそうに惨殺したあの姿を! あんな殺しを楽しむような奴の言うことを、私は信じられない」
「っ……!!」
ミラさんの言うことはもっともだ。俺はこの期に及んでまだ……だからあの時だってとどめを刺せなかったんだ……。
ふと、ジンの方を向く。ジンは無表情で俺のことを見つめていた。
「俺は――」
「まぁそんな顔すんなよ。何も悪いことばかりじゃない」
俺の言葉を遮り、ジンはヘラヘラしながら言った。
「欲望のまま弱者を踏み躙るのもそれなりに楽しいからな」
………………
は?
「何言って――」
「殺したいから殺す。そのために必要な力を持っている。なら使うしかないよなあ?」
ジンは軽薄な態度で指を振った。
命なんて指先一つで消してやれると言いたさそうに
「お前……何考えてんだよ。人の命を何だと思ってるんだ!」
「知らねえよ。この時代の奴の命なんて」
「なっ――」
「お前も知ってるだろ? 他者より圧倒的に優れた力で自分よりも弱い奴を一方的に蹂躙する快感。あれたまんねぇよなぁ? やみつきになるよなぁ? 力ってのはそう振るうもんだ」
「ちっ、違う! 俺はそんなことのために戦う覚悟を決めたんじゃない! みんなの命を幸せを守る為に力を振るってるんだ!」
「違わねえよ! 弱い奴らを守ってやってんだろ? 哀れな子羊達に慈悲をくれてやってるわけだ。施しを与えんのはさぞかし気持ちいいだろうなあ? 自尊心が満たされるだろうなあ? 大義名分のために圧倒的な暴力を振るうのは!」
ハハハハ、とジンは高笑いをする。
「それでいいんだよ。お前が誰かを守りたいってのはお前の純真たる欲望だ。それに従えばいい。俺もそうする。お互い楽しくやろうじゃねぇか。俺は楽しく人を殺す。お前は楽しく人の為に戦う。こんなにわかりやすいことはない。ゲームとしては上等だ!」
「あんたっ……!」
自分の心臓にどろりと熱いマグマが落ちるような感覚がした。
今まで誰かのために戦ってきた自分の想いが、全て消えて無くなってしまったんじゃないかって錯覚さえ覚えた。
「あんたはっ……!」
体がバキバキとひび割れてくるのを感じる。
殺意が、憎しみが自分の中で大きく膨れ上がってくる。
「あんたって人はああああああああああああ!!!!」
「ソーイチ君!!」
後ろから強く肩を掴まれた。ミラさんだ。ミラさんが俺を静止している。
「君の憤りは正しい! だが、部屋の外には大勢の客達がいる! ここでやり合うわけにはいかない!」
「でも――」
「ソーイチ君」
ミラさんは両手で俺の肩を掴む。
「頼む。ここで犠牲者を出したくないんだ。ここで戦って、関係ない人たちが巻き込まれて、死んでいくのは、私には耐えられない……!」
「……っ!」
……ミラさんの言う通りだ。
俺は今、ここがどこなのか、ここには誰かいるのか忘れて戦おうとした。
こいつは一筋縄ではいかない。攻撃の規模も今までの敵性生命体とはわけが違う。
戦えば絶対に誰かが巻き込まれる。
「さすがは師団長サマ。冷静だねえ。ま、個人的にはお前みたいに熱くなりやすい奴の方が好みだぜ?」
ジンは手をパンパンと鳴らした。すると、マスターがカウンターから現れた。
「マスター、お会計。いい酒だった」
ジンは懐から金銭を取り出す。
「ここは俺が持つ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「釣りはいらん。とっとけよ」
「ですが――」
ジンが差し出したお金は、明らかに多すぎることが俺にもわかった。
「俺はいずれ、あんたまで殺さなきゃいけなくなる。その前にこれで美味いもんでも食ってくれ」
そう言ってジンは立ち上がった。
「じゃあな、話せてよかった」
「俺は!」
俺も立ち上がり、目に涙を浮かべながらジンを睨みつけた。
「信じてたんだ……あんたを……心の底から信用してた……尊敬してたんだ……!」
「……それで?」
「あんた言ったよな……私利私欲で人間を殺す奴なんていっぱいいるって……あんたがそうじゃないか……誰かを平気で殺せる怪物ってのは、あんたのことじゃないか!!」
「そうだな」
「本当に……本当に何も思わないのかよ……人を治せる知識や、技術があるのに……何も……」
「ああ、そうだ。だからちゃんと殺さないとな?」
ジンは今度こそ踵を返して
「また会おうぜ。次こそはちゃんと殺し合おう。お前が俺を殺すまで、俺は何人でも殺すぞ」
そう言って去って行った。
第46話、いかがだったでしょうか。
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