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第32話 誰が世界を救うのか

「トニックさん」

 

 トニック・クォーツァー、想一が連れてきたアルファウルブズの末裔。

 度数強めのウィスキー系のリキュールをロックで味わっていた。


「奇遇ですねミラさん。よくここに?」

「ええ。それなりに通ってるつもりですが」

「いい店ですよねここ。酒のセンスがいい。特に気に入ったのは名前です」

「な、名前ですか?」


 この店のネーミングセンスは相当悪いとミラだけではなく、他の常連もそう思ってた。

 

「なんというか店の雰囲気もそうですが。とても安らぐというか、深く眠れそうな感じがします」

「はあ、」


(変わった感性をお持ちでいらっしゃる……)


 ミラがマスターの顔を見ると、どこか嬉しそうな表情をしている。

 いつも物腰低く、寡黙なマスターがこのような表情をしているのは珍しい。


 トニックは一気に手元の酒を飲み干すと、阿吽あうんの呼吸のようにマスターが次の酒を差し出した。

 ミラも甘いカクテルをマスターに注文した。


 ミラは元々酒が強いが、いつどこで敵性生命体が現れるかわからないので、泥酔しないように度数の弱いカクテルを注文していた。


「そういえば、さっきソーイチ君に会いましたよ」

「彼に?」

「ええ。多分他の隊だと思いますが連合軍の制服を着た男達に絡まれてましてね。仲裁がてら話を聞いてみたら、どうやら彼のいる部隊は苦労しているそうで」


 ミラは直ぐに第十一師団の連中だと察した。


「不思議なものですね。戦うべき相手が他にいるのに、身内でいがみあうなんて」

「……耳が痛いです」


 このような小競り合いは随分と前から繰り広げられている。

 以前ミラは部下と他団員の揉め事に介入したことがあったが、上層部から小言を食らったのだ。

 「隊員同士の揉め事にいちいち首を突っ込む余裕があるなら他にやるべきことがあるだろう」と。


 隊員同士の問題はその個人達で解決するべきという風潮が連合全体にある。


 それ以降ミラは隊員同士のいざこざに首を突っ込み辛くなってしまった。

 大事にならないよう見守るのが精一杯だった。


「情けない話です。大敵を前に、自分達のことすら疎かだとは。私は隊長として未熟なのかもしれません」

「そうですかね?」


 トニックは笑いながら反論する。


「ミラさんはすごく立派に隊長してると思いますよ。彼を見ればわかります」


 ミラはトニックの方を見て首を傾げた。


「ソーイチ君ですよ、ソーイチ君。彼はすごく立派な若者だ。真っ直ぐで純粋で笑顔を絶やさない。そういう男にミラ団長が育て上げたんじゃないですか?」

 

 トニックはカランとグラスの中の氷を揺らす。

 水晶のように透き通った球体にソーイチの魂を重ねていた。


「それは私によるものではありません。彼は元からああでした。自分のいた村を敵性生命体に蹂躙され、大切な人達を殺された。それでも共に生き残った家族を思いやり、命を懸けてでも自分のできることを遂行しようと我々の隊に加わった」

「……ソーイチ君にそんな過去が」


 トニックは驚いたのか、少しだけ目を見開いていた。


「ご存じですか? 連合軍に入隊した者達の四割近くが家族や大切な人たちを奴らに奪われた人達だということを。ある者は悲しみに暮れ、時間をかけてから立ち上がる者。激しい復讐心で這いずってでも仇を討とうと、死に急ぐ者。多くはその二つです。後者は早死にするケースが多い。でも彼は死に急ぐことなく即座に立ち上がった。これをできる人間が、大人でもどれだけいるか……」


 トニックは何も言わない。ミラの言葉に、静かに頷いていた。


「私が介入する余地なく、彼の精神は完成されていた。……だから私などいなくても、彼は彼であり続けたでしょう」

「やはり、ソーイチ君はすごいですね。僕が思った以上だ」


 でもね、とトニックは続ける。


「そう在ることと、そうで在り続けることはまた違う。ソーイチ君がソーイチ君でいられるのは、きっとミラさんがいたからだと思いますよ」

「私が?」

「ちょっとした禅問答を彼に。もし自分が強い力を持っていたら自分より弱い者を虐げるか、という話です。まあ、さっきの柄の悪い連中にされたことをやり返すかって話ですね」


 トニックは頼んだビーフジャーキーをマスターから受け取り、何枚かミラに分けながら続ける。


「彼の応えはノーだった。ミラさんのような強くて優しい人間になりたいと、誰かの笑顔で溢れる光景を作ることのできる人間でありたいと言っていた。僭越せんえつながら、その中に私の名前も入っていましたけどね」

「……私はそんな人間ではありませんよ。彼にそう思われる資格がない」

「資格?」

「ヒスイ村が奴らに襲われたのは私の不手際によるものだ。私があと一歩のところで奴らを逃した。その結果、奴らの逃げた先で彼らは襲われた。だから、あの村が滅んだのは私の所為でもあるんです」


 ふと度々思ってしまう、とミラは続ける。


「もしあの時私達が奴らを逃がさなかったら、もしあの時私達が奴らを殲滅できていたら、きっと彼はシオン君と共に幸せに暮らしていたのではないかと。血塗られた戦場に足を運ばず、平和な暮らしを謳歌おうかできたんじゃないかと。そう思ってしまいます」

 

 ミラは酒を飲むペースがいつもより早くなっていた。

 マスターはそれを察してミラがある程度の量を飲んだら、酒と偽ってノンアルコールを提供していた。


 今のミラはそれに気付かない。


「本当は恨まれているんじゃないかと感じることもあります。でもきっと彼はそう思ってもくれないのでしょう。いっそ恨み言の一つでも言ってくれれば私も気が楽になれる」

「……言わないね。彼は」

「ええ。言わないでしょう」


 しんみりとしてしまったことを誤魔化すようにミラは笑った。トニックもそれに呼応して、また笑った。


「だから、買い被り過ぎです。そもそも私はそう思われるような行動を彼に示していませんので。」

「そう! それ! それでいいんですよ!」


 トニックはパチンと指を鳴らしてミラを指差した。


「ミラさんがそう思ってるってことは、ミラさんにとってそういう行動が当たり前になってる証拠です。みんな自分の当たり前に無自覚だ。だから自分の行動が周りにどう思われているのか正確に測れない。良くも悪くもね。ミラさんは自覚がなくともソーイチ君にそういう振舞いを取っているんですよ。だから彼もあなたを慕っている」


 トニックは微笑みながらミラの方を向いた。


「僕はソーイチ君だけじゃなく、あなたもあなたでい続けて欲しいと思ってます。それがきっとソーイチ君の為になるんじゃないかと思います」

「トニックさん……」

「失礼、なんだか偉そうなことを言ってしまった。それにしてもソーイチ君に関する話題が尽きませんね。なんだかいくらでも語れるように思えますよ」


 トニックは照れるように頭をかいた。


「よほど彼のことが気に入ったようで。何よりです」

「ええ。なんだか彼はそう遠くない未来、とてもすごいことを成し遂げそうな気がするんですよ」

「すごいこと、ですか?」


 藪から棒な物言いにミラは疑問符を頭に浮かべた。


「ええ。誰にも成し得なかったこと、例えばそう――」



















「――世界を救うとか」


 一瞬、沈黙が訪れる。突拍子もないトニックの言葉にミラはうまく返せないでいた。


「それは、……どういう――」


 ミラの懐から電子音が鳴った。通信用の錬金器具だ。

 ミラはそれを操作して応答する。


「こちらミラ・ミカエリス……なんだって!?……わかった、直ぐに指揮を取る!」


 通信を切り、ミラは血相変えて立ち上がった。


「すまないトニックさん、失礼します。マスター、すまないが支払いは後で必ず」


 承知しました、とマスターの言葉を聞かずにミラは飛び出して行った。


「大変だなあ。師団長は」


 そう呟いてトニックは手元の酒、最後の一口を飲み干した。


「マスター、お会計。彼女の分も」


 スマートな支払い、これができる男の所作である。

第32話、いかがだったでしょうか。




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