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レーシング・ドリーム  作者: ぽにょ
第1章 「グランサイクルinJapan」
8/23

グランサイクルinJapan 7日目 名古屋

現在総合順位

1位 佐伯真 リバース

着 マイヨ・ジャム

2位 立花迅 チーム・ワルツ

着 マイヨ・パター

3位 フェミレア・ルーカ リング・ムーサン

着 マイヨ・モント

名古屋の朝は、澄んだ空と街の喧騒が混じり合う、不思議な静けさに包まれていた。ビルの谷間から昇る陽光が、濡れたアスファルトに反射し、まるで都市そのものが目を覚ましていくようだった。グランサイクル in Japan、第7ステージ。いよいよ最終決戦の前日。今日の走り次第で、順位は大きく変動する。

スタート地点に集まった選手たちは、互いに距離を保ちながらも、無言のまま張り詰めた空気を共有していた。僕はバイクを支えながら、その場の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。緊張と期待と、どこか孤独な静けさが、同時に身体を満たしていく。

「今日は重要だ。ここで真さんを引き離せなければ、明日のタイムトライアルで逆転される可能性がある」

心の中で、繰り返すように呟いた。今は不安よりも戦略が優先されていた。昨日までの疲労は確かに残っていたが、それ以上に、自分自身に課せられた“使命”の重みが僕を支えていた。

「迅、準備はいいか」

原さんが近づいてきて、静かに声をかけた。

「はい。……今日、決めます」

その一言に、原さんは微笑みを浮かべ、軽く頷いた。


スタートの合図が鳴る。ホイールがアスファルトをかすめる音が響き、レースが始まった。名古屋のコースは、都市部を縫うように設定されたテクニカルなルート。ゆるやかな坂と短い登り、下り、そして狭いコーナーが連続する。速度よりもリズムと判断力が問われるステージだ。

チーム・ワルツは僕を中心に布陣し、序盤から主導権を握るため動いた。アップダウンが続く中で、僕は少しずつポジションを上げていく。脚の重さはある。だが、それ以上に集中力が研ぎ澄まされていた。

中盤、僕はアタックを仕掛けた。何度かの加速で、後続に揺さぶりをかける。しかしそれは決定的なアタックではなく、弱い選手を振り落とすアタックだ。その動きに、真さんは必ず反応した。いつものように——だが、今日はわずかに、彼の加速が遅れた気がした。ほんの一瞬。だが、そこに勝機があるかもしれない。攻防が続く中、ルーカが突然飛び出した。

「……来たか」

チームラジオから、原さんの声が静かに漏れた。

「今はまだ早い!」

僕は心の中で叫んだ。レース全体の流れを考えれば、ここで単独アタックは賢明ではない。それでも、ルーカはすべてを置き去りにするような加速で、前に出た。彼はおそらく焦っていた。昨日の失敗、今日の責任。彼の中には、何かしら“証明”しなければならない衝動があったのだろう。

しかし、集団は冷静だった。無理には追わず、ペースを一定に保ち、じわじわと距離を詰めていく。そして数キロもしないうちに、ルーカは吸収された。その姿を横目に見ながら、僕は思った。

「無謀すぎるよ……ルーカ。今じゃない」

彼は遅れ、隊列の後方へと沈んでいった。僕は自分のペースを維持したまま、再び前線へと意識を集中させた。

レース後半、再びアップダウンの区間が始まる。僕は2回目のアタックを決意した。勾配を利用し、加速の勢いをそのまま登りに繋げるように仕掛ける。真さんは即座に反応した。視界の端に、彼の総合ジャージがピタリと重なる。

「やっぱり、まだ譲ってはくれないか」

呼吸を荒げながら、僕はそう思った。何度も振り切ろうとする。何度も加速する。だが、そのたびに真さんはすぐ後ろに迫る。今日の勝負は、スプリント力の差だけでは決まらない。執念と、呼吸と、タイミングの勝負だ。

残り数キロ。僕は一度ペースを落とし、呼吸を整える。そして——最後のスプリント区間。ここしかない。

「今だ!」

叫ぶように、心の中で合図を出す。一気にギアを上げ、全身の力をペダルに叩きつける。踏む。押す。引く。……呼吸も鼓動も、すべてが僕の背中を押してくれる。真さんが迫る。だが、もう後ろは見ない。全力のまま、一直線にゴールラインへと飛び込んだ。

「……やった……!」

フィニッシュを越えた瞬間、全身が痺れた。息が、うまく吸えなかった。だが、その苦しさの中に確かな歓びがあった。足を止めると同時に、全身の力が抜けた。富田さんが駆け寄り、肩を叩いた。

「迅、おめでとう!……これで、ついに総合首位だ!」

「……ありがとうございます。……でも、まだ終わってません。明日……最後のTTが残ってます」

僕は荒れた息の中、そう答えた。後方で真さんがフィニッシュした。差は、明確だった。この勝利で、僕は“総合1位”の位置に立った。けれど、誰よりも僕自身が知っていた。

——明日、最後のステージで見せる真さんの本気は、世界の強豪を凌ぐものであると。

夜。ホテルの部屋に戻ると、僕は静かにバイクを磨きながら、目を閉じる。頭の中で、明日のコースを思い描く。風向き。勾配。タイム差。全てのピースを組み立てていく。

「明日が、決着だ」

深く、息を吐く。静けさが包む中で、僕は確かに感じていた。これまでのすべてのレースが、明日一日に繋がっている。

そして、明日——僕は、自分自身を証明する。

8話完読ありがとうございました!!!!!!!!

ステージ結果

1位 立花迅 チーム・ワルツ

着 マイヨ・パター→マイヨ・ジャム

2位 佐伯真 リバース

着 マイヨ・ジャム→マイヨ・モント

6位 フェミレア・ルーカ リング・ムーサン

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