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レーシング・ドリーム  作者: ぽにょ
第1章 「グランサイクルinJapan」
4/23

グランサイクルinJapan 3日目 新潟

現在総合順位

1位 富田慧 チーム・ワルツ

着 マイヨ・ジャム

2位 フェミレア・ルーカ リング・ムーサン

着 マイヨ・モント

3位 立花迅 チーム・ワルツ

着 マイヨ・パター

4位 佐伯真 リバース

5位 原結 チーム・ワルツ

新潟の朝は、どこか張りつめた静けさを含んでいた。空は薄曇り。時折、海のほうから微かに潮の香りを含んだ風が吹き、アスファルトをかすめていく。「グランサイクル in Japan」、三日目。今日は個人タイムトライアルのステージだ。この日だけは、チームも戦略も存在しない。選手は一人ずつスタート地点に立ち、自らの力だけで風を切り、己の限界と向き合う。その沈黙の戦場に向け、僕は黙々とバイクの調整を続けていた。

カーボンフレームに指を這わせ、ホイールのブレを確かめる。エア圧を再確認し、ギアの切り替えを何度も繰り返す。神経は研ぎ澄まされ、周囲の音が遠のく感覚があった。そのとき、原さんが僕のそばに歩み寄ってきた。無駄な言葉を排した、いつもの調子で静かに言った。

「迅、今日のタイムトライアルは重要だ。……ここはリバースの拠点だ。佐伯は絶対に気合を入れてくる。その気持ちは、お前が一番わかっているはずだろ?」

その一言が、胸の深い部分に突き刺さった。そう、新潟は僕の古巣、チーム・リバースのホームグラウンドだ。ここには、僕が自転車選手として育ったすべてがある。初めての勝利も、初めての敗北も、そして真さんとの幾度もの勝負も、すべてこの土地で経験した。

「わかりました。……全力で行きます」

声は低く、しかし確かに答えた。僕の隣では、富田さんがバイクにまたがったまま黙々と準備を進めていた。だがその姿に、ほんのわずか、違和感を覚えた。

表情が曇っている。動きに迷いがあるわけではない。だが、いつもの富田さんに漂う精密さと静かな鋭さが、今日に限って見えなかった。


タイムトライアルが開始されると、街全体が張りつめたような緊張に包まれた。観客の声はあるが、レース自体は極めて静かだ。集団も戦略も、風を分け合う仲間もいない。ただ自分一人。体とバイクと風だけがそこにある。

総合3位の僕は、後方から3番目のスタート。つまり、真さんのすぐ後ろ——そして富田さんのすぐ手前。

「5分前!」

係員の声が響く。僕はスタート地点に立ち、深く息を吸った。ハンドルに手を添え、背中をまっすぐに伸ばす。タイマーが、残り時間を刻んでいく。心臓の鼓動がそれに呼応するように速くなる。だが、恐怖ではなかった。ただ純粋な緊張。戦いに臨む者の集中だった。

「5、4、3……」

そのカウントダウンの間、僕は真さんが走り去っていった背中を想像していた。新潟という舞台で、どんな走りを見せるのか——その答えに、自分がどれだけ迫れるのか。

「2、1、0——」

号砲と同時に、僕はスタートを切った。バイクは滑るように加速し、タイヤが舗装路を弾く音だけが鼓膜を打つ。すべての感覚が研ぎ澄まされていた。新潟の街並みは、どこか懐かしさを孕んでいた。かつてチームの練習で何度も通った道。苦しさの中で手を引いてくれた真さんの声。ファンの応援。雪解け水の冷たさ。風のにおい。すべてが記憶の片隅から浮かび上がってきた。だが、今は過去に引きずられるわけにはいかない。ただ、前を見て、ペダルを踏み続ける。

コースは緩やかな起伏を含みながらも基本はフラット。だからこそ、わずかなペース配分の差やフォームのブレが、タイムに如実に現れる。風向きひとつ、ギアチェンジひとつで数秒が消える。神経を尖らせたまま、僕は一直線に突き進んだ。

中盤に差し掛かった頃、沿道のスクリーンに映る順位情報が目に入った。リバースの選手が続々と好タイムを記録している。

特に——真さん。

地元の声援を背に、彼はまるで道そのものを知り尽くしているかのような完璧なライン取りで、全く揺るがないフォームを維持していると、容易に想像出来る。

「……今日も強いな、真さん」

息を切らしながら、僕はその背中に思いを馳せた。自分の限界を、どれだけ彼にぶつけられるか。挑戦はただ、それだけだった。

そして終盤。ゴールが見え始めた頃、沿道の観客から歓声が上がった。その中に、かつての自分のファンたちがいた。リバースのジャージを着たまま、僕に手を振り、声をかけてくれていた。嬉しさと、少しの胸の痛みが混ざる。それを振り払うように、最後の力を振り絞った。

ゴールラインを越えた瞬間、全身が痺れるような疲労に包まれた。しばらく息が整わず、その場に止まったまま動けなかった。

「迅、素晴らしい走りだった」

原さんが近づいてきて、肩を軽く叩いた。

「ありがとうございます。でも……今日も真さんには届きませんでした」

結果は、暫定2位。首位は——やはり、真さんだった。

映像で見る真さんの走りは、美しかった。すべての動きが洗練され、力みがなく、風と一体化していた。タイム差はわずかだったが、それでも越えられない壁のようなものを感じた。

「それにしても、富田が……ここまで遅れるとはな」

原さんの声に、僕はハッと顔を上げた。富田さんのタイムは、下馬評を大きく下回っていた。

「富田さん、何かあったんでしょうか?」

「わからない。でも……らしくなかったな、今日の走りは」

僕も頷いた。コース上の彼の姿を見てはいない。だが、その結果がすべてを物語っていた。富田さんは、ゴール後もどこか遠くを見るような目をしていた。視線は定まらず、思考はどこか別の場所にあるようだった。彼の中で、何かが崩れ始めているのではないか——そんな不安が、胸の奥に静かに沈んでいった。


4話完読ありがとうございました!!!!

ステージ結果

1位 佐伯真 リバース

2位 立花迅 チーム・ワルツ

着 マイヨ・パター

3位 原結 チーム・ワルツ

4位 フェミレア・ルーカ リング・ムーサン

着 マイヨ・モント

5位 富田慧 チーム・ワルツ

着 マイヨ・ジャム

次回予告

5話 グランサイクルinJapan 長野

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