表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レーシング・ドリーム  作者: ぽにょ
第1章 「グランサイクルinJapan」
3/23

グランサイクルinJapan 2日目 福島

現在総合順位

1位 富田慧 チーム・ワルツ

着 マイヨ・ジャム

2位 立花迅 チーム・ワルツ

着 マイヨ・パター

3位 佐伯真 リバース

着 マイヨ・モント

4位 原結 チーム・ワルツ

5位 フェミレア・ルーカ リング・ムーサン

朝の空気は澄んでいた。雲ひとつない青空の下、チーム・ワルツの選手たちは再びミーティングルームに集い、静かな緊張の中で今日の戦略を練っていた。

福島ステージ。

昨日とは対照的に、序盤から中盤にかけては穏やかな平坦が続く構成だが、終盤に待ち受けるのは一つの峠、そして山頂ゴール。山岳賞争いに直結する重要な一日となる。

ホワイトボードにマーカーを走らせながら、キャプテンの原さんが簡潔に要点を示していく。

「今日のステージは福島。序盤は平坦が続くが……」

一拍置いて、彼は指先でルートの終盤を指した。

「フィニッシュは山頂。つまり——今日はヒルクライマーにとって最大の見せ場だ。ここで勝てば、山岳賞が一気に近づく」

その言葉に、僕はすぐさまペンを走らせながら耳を傾けた。

「エースは引き続き富田。迅、お前は今日もアシストだ」

「はい」

視線を富田さんへ向けると、彼は穏やかな表情で軽く頷いた。その眼差しには揺るぎない自信が宿っていた。僕にとっては、それが何よりの指標だった。

「今日のマーク対象は3位の佐伯と5位のルーカ。どちらも昨日の動きを見てわかる通り、純粋なクライマータイプだ。山岳賞を狙ってくるはずだ。終盤は、彼らの動きに最大限注意しておけ」

ホワイトボードの上に貼られた両者のゼッケンが目を引いた。真さんの強さはよく知っている。リバース時代、共に戦ったあの日々がある。そしてルーカ——未知の選手だが、昨日のステージ後、原さんから聞いた、山岳での鋭い加速の話忘れられない。

「了解しました。富田さんを守りながら、自分も動ける時は前に出ます」

ミーティングは静かに締めくくられた。誰も無駄な言葉を口にしない。ただ互いの意思だけが、確かな重みで交錯していた。


そして、スタートライン。号砲が空気を裂くと同時に、ホイールがアスファルトを掻く音が一斉に鳴り響いた。僕は富田さんのすぐ前につき、視界と風を遮りながら慎重にペースを作った。

福島の広大な田園風景が、両側を流れていく。風は穏やかで、空の色もまだ朝の名残を残していた。ワルツの隊列は集団内で秩序を保ち、流れるような動きで前方をキープしていた。中盤に差し掛かると、原さんからの無線が響く。

「迅、富田を引き上げる。集団から抜けるぞ」

僕は即座にギアを重くし、ペダルに力を込めた。富田さんもそれに合わせ、共にスピードを上げる。集団から飛び出した数人の中に僕らの姿があった。短い攻防の末、先頭集団が形成される。

「富田さん、このままペースを維持して、後ろに捕まらないようにしましょう」

「了解だ」

だが、戦術は思惑通りにはいかなかった。後方からリバースの選手たちが追いつき、先頭交代に加わると、急にペースが緩んだ。いや——明らかに緩めた。

「……やるな、真さん」

僕は心の中で呟いた。リバースの選手たちは、真さんが不利なスプリントを回避するため、意図的に集団を遅らせていた。ルーカも同様だった。クライマーの彼にとって、山頂勝負は最も得意とする展開だ。誰が主導したわけでもない、けれど一致した目的が、先頭集団の流れを変えていた。やがて、原さんの無線が再び僕の耳を打った。

「迅、佐伯とルーカが動き出すぞ。対応しろ!」

登坂区間の入り口で、二人の姿が加速と共に飛び出した。僕は富田さんの気配を確認し、すぐに反応する。アタックの直後、ルートは斜度を増し、まるで山そのものが牙をむいたようだった。

「真さん、今日も手強いですね」

「当然だ。簡単には勝たせないぞ」

息を乱しながらも、真さんは笑っていた。闘志と遊び心が混在するその笑顔は、昔と変わらなかった。だが、ルーカの走りは違っていた。容赦がなかった。ペダルを踏むたびに、その後ろ姿が少しずつ離れていく。僕と真さんは、ただ食らいつくのが精一杯だった。

「タチバナ、サイキ、Det är riktigt snabbt」

ルーカが何かを叫んだ。聞き取れたのは、自分たちの名前だけだった。だが、言葉の意味など関係なかった。

「負けません!」

僕はそう声を張り上げ、渾身の力でルーカの背を追った。アシストとしての役目を忘れず、ルーカの進行を阻むために、ただ無心で登った。その甲斐もあって、山岳の3分の2を過ぎたあたりで、富田さんを含む追走集団が背後に追いついてきた。

「迅、ナイスだ。ここからは一緒に行くぞ」

富田さんの声が背中に届く。僕は頷き、脚に残された力をかき集めた。残り数キロ。峠の斜度はさらに厳しさを増し、風すらも止んだように感じた。岩肌がむき出しの斜面が迫り、空の色が一段と白んで見える。

「富田さん、あと少しです!」

喉が焼けるように痛む中で叫ぶ。ペダルが重い。脚が言うことをきかない。だが、止まることは許されなかった。

——残り1キロ。

その看板が見えた瞬間、ルーカが再び動いた。斜度をものともせず、まるで羽が生えたように加速していく。

「ルーカが行ったぞ!迅、対応してくれ!」

原さんの声。即座にギアを切り替え、僕は前に出る。脚の限界が近いのはわかっていた。それでも追った。

ルーカの背中は遠かった。だが、ほんの少しだけ、届きそうな距離にあった。

「タチバナ、ここが勝負の時だ!」

きっと彼はそう言った。意味よりも、その目がすべてを語っていた。

「負けない!」

僕は叫び返し、限界を超える力で応じた。だが、その差は縮まらなかった。数百メートル手前で、彼は僕を引き離し、そのまま山頂へと消えていった。

「迅、佐伯が動いた!」

背後から富田さんの声。真さんが再加速し、ルーカの後を追っていた。

——ゴール目前。

ルーカが1位でフィニッシュ。その約1秒後、富田さんと真さんが肩を並べてゴールを越えた。僕はその数秒後、4位で山頂に辿り着いた。

荒い息の中で、富田さんが声をかけてきた。

「迅、よくやった!お前のおかげで、総合首位は守れた!」

「ありがとうございます、富田さん……今日も全力で、アシストできました……」

僕は息を整えながら、微かに笑った。苦しかった。でも、手応えは確かにあった。

3話完読ありがとうございました!!!

ステージ結果

1位 フェミレア・ルーカ リング・ムーサン

着 マイヨ・モント

2位タイ 佐伯真 リバース

2位タイ 富田慧 チーム・ワルツ

着 マイヨ・ジャム

4位 立花迅 チームワルツ

着 マイヨ・パター


次回

第4話 グランサイクルinJapan 3日目 新潟

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ