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ニアラズ  作者: 真山空
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四十三話 異形


 岩をくぐり、先へ進むうち月乃は奇妙なことに気がついた。


(……霧……?)


 今日は快晴だったはずなのに、辺りがだんだんと薄暗くなり白いモヤが漂う――急な変化に違和感を抱かないほうがおかしい。


(本物の龍洞って……こういうことなんだ……)


 電波も届かず環境も違う。町の様子とは一線を画したこの区域が、定期的に調査され観察が続けられている理由が分かった気がした。

 だが、そうすればなおのこと、先にここに来た三人が気がつかないはずがないだろう。


(わたしがなんか変な感じって思うくらいだもん。和くんが分からないわけないし……あのひとたちも本部からわざわざ、ここを調べるために来たんだから……気がつくよね?)


 印象はよくないが、きっとできるふたりなのだろうと予想した月乃だったが――そんな三人がそろっていて、ここから出ていないとすれば……それは一体どういうことなのだろうと考えをめぐらせ……やがて、出ていないのではなく、出られなくなったのではないかという答えに行き着いて、背筋がゾッとした。


(まさか、そんな……でも……)


 それならば、四日も連絡がないことに納得できてしまうのだ。少なくとも和から連絡がなかった理由には充分だ。


「――っ」

 

 考えごとをして歩いていたのがよくなかったのか、月乃は足下にあった石につまずいた。 転ぶことはなかったが、石は前方へ飛んでカーンと音を立てて落ちる。音が反響するような場所でもないのに、やけに耳について居心地の悪さを覚えた時だ。


「誰だっ!」


 ふたつ先の岩陰から、切羽詰まった声がした。

 人の声だ。だが、和のものではない。


「もしかして……藤原さん? 筧さん?」


 月乃は残りふたり――本部から来た者たちの名前を呼ぶ。

 すると、岩陰からこそこそとのぞく顔――それは、乱れた髪に青ざめた顔色の筧だった。彼は月乃と祭の姿を認めると、四つ足のままのろのろと岩陰から這いだしてくる。


「――っ」


 その姿を見て、月乃は息を呑んだ。


「た、たすかった……!」

 

 びちゃん、びちゃんと水気を多く含んだ音がする。

たしかに現れたのは、多少顔色は悪いものの筧の顔をしていた。


 だが、両手足の先は魚のヒレのように変化しておりヘドロのような黒いぬめりをまとわりつかせている。


「はは、助かった……! 俺は、助かったんだ!」


 自力で立ちあがることができないのか、びたんびちゃん、ずるずると這うように近づいてくる筧は、それがいかにおかしな状態であるのかすら認識できていない。

 ただ、引きつったような笑みを浮かべ肘から下がヒレのように広がっている右腕を伸ばしてきた。


 ぬちゃりと糸を引くような粘着質な音と異様な筧の姿に、月乃はその場で身をすくめる。


――視界を遮るように、祭が月乃の前に出た。

 

「他のふたりは?」

 

 その冷静な問いかけに、筧は答えない。


「なぁ、ここから出してくれ。出られないんだ、ずっと出られない。もう限界だ、おかしくなりそうなんだ、はやく出してくれよ……!」


 祭の問いかけなど聞こえていないかのように、ふたりを爛々とした目で凝視して「ここから出してくれ」と自分の望みだけを繰り返す。


「……ダメだな、これは」

「祭さん……?」

「無視して行こう。あぁ、月乃ちゃんは念のため、おじさんを壁にしてこっち側を歩きな」


 筧から引き離すように、自分の体を挟んで反対側に月乃を誘導した祭はそのまま歩き出そうとする。


「待て、俺を出せ、ここから出せ!」


 そのとたん、筧は表情を変えてびたんびたんと四つのヒレを岩に打ち付け声を荒らげた。

 ぬちゃ、ぐちゃと粘つく音――黒いヘドロのようなぬめりの正体は筧の変化した両手足のヒレから出た血なのだと月乃は気がつく。


 筧は、こんな姿になる前からここから出ようとしていたのか。

 こんな姿になってもまだ、出ようと足掻いていたのか。

 ならば、どうしてひとりなのか。


「嫌だ嫌だ嫌だ! 俺はこんなところで終わりたくないっ、アイツらみたいに……化け物になりたくないっ! 違う、違うんだ! 出してくれよぉぉっ――げぼっ」


 疑問に答えられるほどの余裕は筧にはすでになく、彼は歪な笑みを浮かべたまま絶叫し、最後の口からなにかを吐き出した。


「あー、これ……見ないほうがいいね、月乃ちゃんは」

「……っ……」


 月乃の視界に映るのは祭の背中だけだ。

 彼の視線の先で筧になにが起こっているのか、視覚情報はなにも入ってこない。

 けれど、耳には呻くような唸るような音が届き、嗅覚は生臭い匂いを拾う。

 びちゃびちゃとなにか水分を多量に含んだものが吐き出され、筧はすでに「げぇげぇ」という音しか発さず――それもなくなり、静かになった。


 磯の匂いが混じる、生臭さだけが消えずに立ちこめる。


「そのまま歩いて。振り向かないで」


 祭に言われて月乃は震える足を叱咤し進んだ。ただひたすら前だけ見て歩いていた。


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