旅立ち
チッチチチチチッ。
外はまだ薄暗かったが小鳥のさえずりで目を覚ます。
スズメでも無くカラスでも無い。名前も知らない鳥。
この生活パターンに完全に慣れてしまった。
昨日はそんなに深酒する前に帰ってきた。というのも二日酔いにならない酒量が分かってきたので。
背中に暖かなぬくもりを感じる。
そこにはマリーが静かな寝息を立てていた。
別に一線を越えてしまったわけでは無く、最後だから一緒に寝ただけ。
マリーも年がら年中イビキをかいているわけでは無い。
そっとベッドを抜け出し、ナイフの柄で壁を二回たたいておく。
しばらくすると壁の向こうからコツコツと音が聞こえてきた。
暁と行動を共にするときの、こんなやりとりも今日が最後だ。
着替えを持って一階に降りる。
まずトイレに息を止めて入る。息を吸うのは魔道具に魔力を流してからだ。
その後は、シャワーを浴びる。次、いつ浴びられるか分からないし。薬草カスを使い丁寧に髪の毛を洗い流す。
ガチャ!
水場入り口のドアから音がした。
もう鍵をかけ忘れたりもしない。
「今使っているから、ちょっとまっててね」
「はい」
この返事はトムだな。マリーかトムのどちらかだろうとは思ったが。
トムは先にトイレに入ったようだ。
下着を洗って乾かし、また着る。これで洗濯物は無し。
ついでに床も乾かしておく。みんながこれから使う場所が濡れていたら困るだろうし。それにしても乾燥魔法は便利だ。おかげさまで、ずいぶん練度が上がったと思う。
二階に上がってから新しい革鎧を着込む。
革だから茶色がベースなのだけど、全てのパーツにヒドラ革で飾りが付いていて、一体感が出て非常に格好いい。
新しく購入した旅行鞄に荷物を詰め込んでいく。ポーションを作る道具に、乾燥した薬草と魔力草。身の回りの小物類。そして、服と下着。靴とスリッパ。朝ご飯を食べた後にコップと汁椀を詰め込めば準備完了だ。
桶や、鍋は置いていく。乾燥させたハーブ類や、持ちきれない分の薬草も。そして高かったお布団。これらはマリー達が有効活用してくれるだろう。使っても良いけど汚したりしないでと念を押しておいた。でもこれを使ってしまうと藁布団では寝られなくなってしまうのではないだろうか。今まさに寝息を立てて寝ているマリーのように。
起きる気配が無いので、そろそろ起こそう。男共はもうみんな起きている。
今日は朝食当番だったのでゴブリン鍋を温めてテーブルに並べた。
ゴブリン鍋も今日が最後だな。
シャワーや消臭の魔道具は置いていく。それは良いのだけど、鍋を温めようとした場合、かまどが無いから苦労しそうだ。今までは自分が魔法で温めていたのでコンロの魔道具は買ってないから。暖炉を上手く使うか、小さな裏庭を使うか、暖めないか。その辺はマリー達に任せよう。
みんながテーブルに着いた。
「最後の朝ご飯。いただきます」
何気なくそう言ったら、マリーが怒った。
「そんな言い方しないで!」
マリーは最近少し情緒不安定だ。母親の影を私に重ねているような気がする。出会った当初はそんな感じはしなかったのに。
「ごめんね」
今生の別れになるわけでは無いと、話し合って納得してもらっていたはずなのだが。
ご飯が終わるとコートに包んで隠しておいた物をテーブルに広げる。
それは服。
あの高いオーダーメイドの服屋でも、古着屋でも無い店から買ってきた服だ。
糸の太さはまちまちだし、雑に織られている布で、新品なのに安い服。
どうやら本職では無い人が、内職して作ったもののようだ。
マリー達が今着ているのもそういう服。
庶民の大半はこのような服を着ている。
自分が持っている服は、お金持ちが着るような服だった。確かに仕立ても何もかも別物だ。
「はい、これはプレゼントです」
「うわーっ!」
「やったー!」
マリーも機嫌を直してくれたようだ。
よかった。しんみりとしたお別れは嫌だから。
ゴブリンの魔石を10個とオークの魔石を3個、王都に行くと高いらしいので、倒したときに原価で買い上げておいた。それをお金と一緒に懐にしまう。
貴重品は鞄に入れない。とは言っても、服が高いので盗まれれば大損害だ。
大金は商業ギルドの口座に入れ、王都で引き出せるように手続きしておいた。マデリンの口座にも少し残しておく。マリー達が家賃を払えなくなった時にここから引き出してもらうために。この世界にネットワークなんてものは無いので、どこの街の商業ギルドからでも引き出せるわけじゃ無い。
冒険者ギルドの活動拠点移動の申請も済んでいる。
羊革のコートは丸めて鞄に括り付けた。
古い装備のブーツ、革のスカート、胸当てと鎧下は置いていく。使って良いよとは言ってあるが、サイズが合わないと思うので手直ししないと無理かも。エレーナの遺品とも言える品物なので、売ってしまうのは忍びなかった。
いつものポーチを腰に巻き、解体ナイフを差す。矢筒を背負い、弓を持った。
最後に忘れ物は無いかと部屋の中を確認しながら、その光景を目に焼き付けた。少しの間だったけれど自分の帰ってくる場所だった部屋。そして家。家族のように一緒に暮らしたマリー達・・・。
集合場所の北門には、多くの馬車や商人、冒険者達が集まっていた。
今回の移動は複数の商人達が集まって移動する。その方が安全だからだ。護衛は商人が個別に雇っているが、護衛がいないものや、護衛の人数が少なくても、お金を払えば同行できる。中心となっているのは冒険者ギルドの馬車だ。魔物の素材を満載している。もちろん他の商人の馬車もマデリンやフォレストワースで仕入れた魔物素材がメインだ。
アーサーから今回護衛する商人を紹介され、挨拶をした。
「どうも行商のポールです。いつも暁の皆さんにはお世話になっています」
「初めまして、リューです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。お噂は、かねがね聞き及んでおります」
「どんな噂なのか心配なんですけど」
この程度のジャブは笑顔で返す。
「いえいえ、すばらしい武勇伝ばかりですよ」
今までは、フォレストワースとマデリンを往復していたが、暁が王都に行くと言うので今回は王都まで足を伸ばすことにしたようだ。これって完全に自分の王都行きに巻き込まれてしまったようなものだと思う。
商人や護衛の他に、見送りに来ている人もちらほら見受けられる。
サラやマリー達、そして意外なところではレイモンドさん。
「これはどうも。お見送りに来ていただきありがとうございます」
「なに、礼には及ばん。こちらもずいぶん儲けさせてもらったのだ。おかげさまで、近々王都のギルドに移動することになりそうだ」
「それは、栄転ですかね。おめでとうございます」
「ありがとう。こちらも王都に行ったら連絡を入れるとしよう。では、道中は気をつけてな」
レイモンドの隣にはアナベラさんも控えていて軽く挨拶した。
「王都でお会いする機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そして、二人は商隊の出発を待たずに帰っていった。
あの二人はいつも一緒にいるが、結婚していたりするのだろうか? 王都の移動もどうやら一緒らしい事を言っていたし。そんなに興味があるわけじゃ無いから聞かないけど。
「短い間でしたけど、楽しかったです」
サラと握手する。
「こっちもだよ。いろいろ助けてももらったし」
「帰ってきたら声をかけて下さいね」
「もちろん」
そのままハグをした。それが終わると、ローラから葉っぱの包みを渡された。
「お昼にでも食べな」
「ありがとうございます」
「あたしも王都に出店しようかねぇ」
「学園の寮に入る予定ですし、炭酸追加のアルバイトは難しいかもしれませんよ」
そこに、ローズが割って入ってきた。
「やめときなさいよローラ。あなたのがさつさでは、都会人には敬遠されておしまいですよ。さあ、これももらって」
ローズからも包みを渡される。こちらからは甘い匂いが漂ってきた。
「これは?」
「試作の焼き菓子。だから遠慮しないでおやつに食べてね」
「ありがとうございますっ」
思わずテンションが上がって抱きついてしまった。
そして、最後に涙をいっぱいに貯めたマリーと目が合った。
目線の高さを合わせるのに少し屈む。
「マリー。必ず帰ってくるから。安心して」
「ふぐっ」
マリーの返事は上手く言葉にならなかった。
そんなマリーを両手で優しく包み込む。
「3年なんてあっという間なんだから」
「お姉さんの3年はあっという間かもしれないけど、私にとっての3年は・・・、とっても長いんですよ」
大人になってからの3年なんて短いけれど、子供の頃の3年は、そういえば長かった。14才のマリーも17才になれば顔つきも体も大人っぽくなっているに違いない。もしかしたら結婚している可能性だってある。
「冬は難しいかもしれないけど、夏にも長い休みがあるから、時間が取れるようならそのときにも戻ってくるから。お手紙も出すから」
「絶対ですよ!」
その後はマリーも抱きついてきてワンワン泣きはじめた。
歳を取ると涙もろくなってしまっていけない。自分の目からも滴が落ちる。でもマリーに上から抱きついているので誰にも気が付かれなかったかもしれない。長い髪の毛もある。
そろそろ出発の時間のようで、人の動きが慌ただしくなる。
顔を上げ、包みを見せてローズに確認を取った。ローズも分かったようで頷き返す。
「はい、マリー。これはお裾分け」
包みの中から美味しそうな焼き菓子を一つ取り出し、マリーの口に放り込む。
「んん!?」
びっくりするマリー。
「おいしい?」
「おいひいへす・・・」
笑顔で問いかけると、マリーも笑顔で返事をくれた。でも涙は止まらない。
「みんな元気でね。絶対に死んだらダメだよ」
マリーに抱きつかれたままジーク達と握手する。
「そろそろ行くぞ~」
スティーブから声がかかったので、マリーの頭をわしゃわしゃとなで回す。
マリーがいったん下げた顔を上げ、手の力が弱まった瞬間に立ち上がった。
再び目が合ったマリーの顔が悲痛に歪みそうになる。
そのとき、一滴がマリーの頬に落ちてしまった。
驚くマリー。
すぐに目元を拭って笑顔を見せると、マリーも同じように目元を拭い頑張って笑顔を見せた。
「じゃ、またね」
手を振る。
「はい。絶対に帰ってきて下さいね」
「うん、帰ってくるから」
「絶対に絶対に絶対ですよ!」
「絶対にね」
初夏の訪れを感じさせるような陽気の中、商隊は出発した。
そよ風がそれぞれの思いを運んでゆく。遠い未来へと。忘れられぬ記憶と共に。




