最後の腕相撲大会
レベル10以下、レベル20以下と開催してきて、今週はレベル30以下の大会となっていた。
レベル30以上は参加できる人が少なくなるので、来週は無制限の予定である。しかし、『スーパーノバ』のルーカスはまだ帰ってきていない。どこまでダンジョンを探しに行ってしまったのか。あの連中がいないとなると、大会は盛り上がらないかもしれない。暁のメンバーも一緒に王都に行ってしまうし。まあでも、もう自分は明日から王都に行くので残った人たちでなんとかするのだろう。
そして、自分にとって最後の大会なので記念に出場することにした。
腕相撲協会の会長と言えども予選から戦う。ま、結果、予選は楽勝なんだけど。予選からエールを一気飲みしたりなんてしないよ。予選はパフォーマンス無しでさらりと。
切り株抜きを始めて成長したのはジーク達だけでは無い。自分も成長した。病的な細さから、健康的な細身になった。胸は成長していない。いや、胸板がついたかも。サイズが変わると気になるのが買ったばかりのスパイダーシルクのブラとスパッツだが、この程度は伸縮可能なようで助かった。
素の筋力は前の大会参加時よりも大体1.5倍くらいになったと思う。そして、レベルアップで1.4倍、これだけでもかなり強くなっているのだが、身体強化魔法が劇的に進化した。これは通常の2倍、上半身だけの4倍に加えて、魔力を溜めてから一気に使うと上半身だけなら6倍くらいまで力が出せる。ただし、効率は非常に悪い。通常の魔力1で4倍出せるのに、溜めた魔力10で、+2倍にしかならないのだから。要するにもっと鍛錬が必要という事だ。
さて、前回体重が軽すぎて宙を舞ってしまったわけだが、それについても対策した。本戦直前、大きな箱を控え室に持ち込んで特別な衣装に着替えた。
「身長172cm、52kg、皆さんご存じ当腕相撲協会の会長で、ジャイアントキラー、リュー!大会参加はおそらく今回が最後となるということで、ウェイトを大幅に増やしてリベンジに燃えているぞ」
呼び出しを受けて、控え室から出て行く。ゆっくりと。
ガシャ、ガシャ。
一歩一歩金属音が響く。
喧噪は収まり、そして、どよめきが広がっていく。
可憐なエルフを想像していたのに、そこに現れたのはフルプレートアーマー。金属の塊。
針路を塞いでいた観客も自然と後ずさりし道ができる。これはありがたい。なにせ視界が悪いので。
壇上に上がってから、兜を取った。流れ落ちる金髪が絡まっていたので頭を振って振りほどいた。
兜を小脇に抱え、笑顔で手を振る。でも反応は鈍い。あれ?滑った?
仕方なく、そのままくじを引こうと思ったが、ガッシリとしたガントレットで指先まで覆われているので細かい動作は不可能だった。
わたわたしていると、司会のスティーブが代わりに引いてくれた。
これが、今回の秘策。元々は鉄下駄を注文しに行った鍛冶屋だったが、店頭に飾ってあったフルプレートアーマーに目を付けたのだ。これは全体で40kgほどもある。体重の代わりとしては十分。そして、腕相撲の服装に規定は無い。こんな重い装備でもレベルでブーストされていると、少し重いなという程度の感覚で動けてしまう。
左肩からは、マントのような布を垂らしている。ここに『良質な装備はゲイリー武器防具店へ』と書いてある。お店の宣伝をする代わりにこの鎧を借りることが出来たのだった。
「おいっ!何でそんなの着ているんだ!」
壇上から降りると、乱暴な観客に絡まれた。・・・と思ったら、革鎧を作ってくれた女親方だった。
「さっき納品しただろう!徹夜で仕上げたってのに・・・」
目が血走っている。
「えーと、ちょっと落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられるか!絶対にオレの作った鎧の方が格好いいに決まっている!」
それはそうなんですけど、用途が違うのです。と言う事をどうやって伝えたらしいのか。
この騒動は、とても目立っている。スティーブの進行が止まってしまうくらいに。女親方は弟子や他の観客、警備の冒険者によって取り押さえられたが、少し奥の席でほくそ笑んでいるゲイリー武器防具店の店主を見かけた。こちらの視線に気付くと、良い笑顔で親指を立てていた。スポンサー殿がご機嫌そうでなりより。女親方の異常とも思える取り乱し方・・・、店主の落ち着きよう・・・、まさか、煽ったりしていないよね。
一回戦の相手は、なんとマチルダだった。
呼ばれて壇上に上がる。兜は脱いだまま、そして右手は肩から鎧を外してある。この鎧は筋骨隆々な男性サイズに作られているので華奢な自分の体に合わせるのにも限界がある。鎧の中身はスッカスカで肘を固定できそうも無いため、右手だけむき出しで試合に臨む。
まずはジョッキを飲み干す。
「泡エールは今日が最後になると思うので、みんな心残りが無いように、いっぱい飲んでねー!」
しっかりと宣伝しておいた。女将さんとも視線が交わる。良い笑顔だった。こちらのスポンサー殿もご機嫌そうでなりより。今日からポピーナにはバーカウンターが新設され、いくつか試作のカクテルが提供されている。泡エールの売り上げ減をカクテルで補う考えのようだ。泡エールの代わりにはならないと思うけれど、新しい客層を獲得するチャンスではあると思う。その辺は今後の女将さんの手腕に期待しよう。
そしてオッズを確認する。今回自分の倍率は1.3倍。前回の事もあると思うが大多数の人にマチルダより強いと認識されているようだ。勝ってもたいしてお金は増えないが、お決まりのパフォーマンスとして金貨を弾く。もうその金貨に飛びつくお調子者はいない。少ししんみりとした気分になっていたら、マチルダが話しかけてきた。
「なんだその腕は。相変わらず細いな。大きく見えたのは鎧の外見だけかよ」
相変わらず戦意は高く、挑発してくる。威圧的な金属鎧から、枯れ枝のような右手が生えているのだから、突っ込みどころが満載である。
「これでも強くなったんですよ」
「はっ、ジャイアントキラーだって?何十人も戦った中で、なんでおまえだけ称号をもらっているんだよ。その顔でギルド長でも籠絡したのか?」
そのギルド長はすぐ近くのVIPテーブルにいるっていうのに恐れを知らない発言だ。
「するわけないでしょ」
「わかってるさ。そんな洗濯板じゃ無理だってな。ガハハハッ!」
そんな安っぽい挑発に乗ったりしない。もう40過ぎだし。中身男だし・・・。全く平常心さ。
「強くなったのはお前だけじゃ無いんだよ」
そう言って右手の力こぶを観客にも見せつけるマチルダ。
確かに良い筋肉だ。でも残念ながら負ける要素は無いんだ。大量の魔力を纏い身体強化魔法の発動待機状態にする。もう何度も練習したので制御範囲内にきっちり押さえ、発光はさせない。
「お前・・・、なんかしてるだろ」
勘の良い彼女は、気が付いたようだ。笑顔が引きつっている。
「何も」
氷の笑顔で答えておいた。
お互いに右手を握り合う。
「それでは、レディ・・・ゴー!」
そして、あっさりマチルダを下した。
「勝者、リュー!!!」
去り際にマチルダの独り言が聞こえてきた。
「ちっ、化け物かよ。一体どれだけ強力な身体強化を持っているんだ・・・」
『当たりっ。それが切り札だからね。』と、心の中で思った。
いつものVIPテーブル席に戻り椅子に座る。この鎧は大きいので通路側に体半分飛び出しているような感じになってしまっているが、それは仕方ない。
「いや、ずいぶんと強くなったね」
アーサーが呆れたように言う。
「切り株抜きで鍛えましたから」
鎧を装着していない右手で力こぶを作ってみせる。
「確かに少し筋肉は付いたように見えるけど、それでもまだまだ細いよ」
「なかなか筋肉付かないんですよねー」
「エルフの種族特性では?」
「そうなんですか?」
「僕は知らないのだけど、エルフはみんな細いし、獣人の中には何も訓練しなくても筋肉の塊のような体つきになったという人もいるよ」
「へー」
それは面白い。獣人やエルフは、この辺ではあまり見かけないけど、王都に行ったら聞いてみよう。調べてみるのもいいかもしれない。図書館とかに行けば何か資料があるかも。
試合は順調に勝ち進み、ついには決勝まで来てしまった。
対戦相手は、ブロンゴ。なんと、マチルダの兄。195cm、140kgの巨漢だ。アーサーの話では、レベルも29で、自分より4も高い。そして、身体強化持ち。これは接戦になりそうだ。
「妹が世話になったな」
「いえいえ、こちらこそ」
「パフォーマンスもう良いのか?」
「はい。すみません」
一気飲みと、コイン飛ばし。もう今日は4回目。それが終わったところだ。少し酔いが回ってきたけどまだ大丈夫。
「オレは強いぞ」
自信に満ちた落ち着いた言葉だった。
「分かっていますよ」
十分に魔力を貯めてから試合に臨む。勝負は最初の一秒だ。
「レディ・・・ゴー!」
上半身だけのオーバーブースト身体強化魔法フルパワー!!!
一気に押し込む。
「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
その叫び声は、ブロンゴのものか、観客のものか。
会場が一気に沸き上がる。
しかし、ブロンゴの手の甲は屈しなかった。後1cm・・・。
そこで、オーバーブーストの魔力が切れてしまう。
「ぬぐぐ・・・」
頑張ってみるが、それ以上は動かなかった。
逆に腕を持っていかれ・・・大逆転で負けてしまった。
「勝者、ブロンゴ!」
スティーブの勝ち名乗りが、むなしく心に響いた。
周りは凄い歓声が上がっていた。しかし、そんなものは聞こえなかった。
自分は最後の記念のつもりで参加したはずだったのだが・・・、優勝しようとは思っていなかったのだが・・・、心の奥底では勝ちたいと思っていたらしい。
あの腕の太さをみれば、勝てるはずが無いとは思うけれども。
後1レベル、又は後一週間切り株抜きをしていたら勝てたかも、なんてね。
その後、急いで鎧を脱がせてもらう。この鎧は1人で着脱できない。こんなときでも頼りになるのがアナベラさんだ。装着するときにも手伝ってもらった。そして意外にも手際が良い。彼女はいったい何者?
家に帰り、新品の革鎧一式を装備して会場にとんぼ返りした。そしてその格好で表彰式を行う。暴れていた女親方を宥めるのにした約束だ。
「これはオレの作った最高の革鎧だ!どうだかっこいいだろう!素材にはあの巨人を使ってだな、ここに魔方陣が・・・」
などと、大声で自慢話をしている。でも、えー・・・、オーダー鎧をそんなに事細かく説明されちゃうと、なんか個人情報ダダ漏れにされているような気分になる。




