森の木漏れ日亭
森の木漏れ日亭は、分かりにくい路地の奥にあった。
これでは紹介でもしてもらわないと新規のお客は望めそうもない。
中に入ると食堂になっており、意外にも混雑していた。
テーブルが6つあり、奥にカウンター。その向こうは厨房だろうか。
きょろきょろ見回しながらカウンターの方に歩いていくとお客一人が声をかけてくれた。
「マスター!お客だよ!」
「おー、ちょっと待ってくれ!」
この声、おっさんに似ているな。兄弟ってのが分かるほどに。
ぼとなくしておっさんが現れた。
こっちの方が少しイケメン。
「おっ、宿泊か?」
「はい。ギルバートさんの紹介で」
「あぁそうか。あいつは元気にしていたか?」
「そうですね。とても。でも、ギルドすぐそこですよね」
「この歳にもなると、用も無ければ会う事も無いからな。で、え~と、6人?」
「すみません、私一人で」
「・・・」
マスターは、少しがっかりしたような・・・。分かりやすい。
「一泊銀貨2枚。朝夕食事付きだと銀貨3枚。連泊するならもう少し安くするぞ」
「まずは1泊で。それと朝食だけって、できますか?」
さっきというほどでもないが、食べていた肉がまだ消化しきれていない。
「まあ、いいぞ。サービスしといてやる。じゃ、銀貨2枚な。部屋は、そこの階段から二階に上がって突き当りの右側だ。これカギだ」
カギは見たことのあるような単純な構造で、無くても簡単に開けたりできそうに思える。
「すみません。部屋を見せてもらってもいいですか?」
マリーも部屋を見たいらしい。
「いいけど、狭いぞ・・・。そうだな、ほら、隣の部屋のカギだ」
「ありがとうございます」
ぞろぞろと二階に上がっていく。結局マリー以外もみんなついてきた。
部屋は狭かった。
安いビジネスホテルくらいのもので、風呂もトイレも無し。ちょっとした机と椅子はある。
ベッドに腰を掛けると干し草の音がした。しかし、布団は綿が使われているようで柔らかかった。シーツも目立った汚れや臭いも無い。
窓は木製でガラスなんて使われていない。開けないと部屋は真っ暗。
窓の景色は、壁。ってことは無く。裏庭のようなスペースで真ん中に井戸があった。建物に四方を囲まれていてそれぞれに扉がある。共用スペースっぽい。
ま、お金に余裕ができたら別のところでもいいかもしれないが、しばらくここでもいいかな。
「いいですね。私もここにします」
マリーはお布団にくるまりながら幸せそうな笑顔でごろごろしている。
ちょっとー!
汗臭いまま着替えもせずに、サンダルすらはいたままで何してくれちゃってるの!?
「おーい。マリー」
となりの部屋を見ていたジーク達が顔をのぞかせると、マリーはガバッと起き上がった。
「今日から、ここに泊まるから!!」
「はぁ?ちょっと待て。あっちの宿、何日分か前払いしていなかったっけ?」
「じゃ、あんたたちはあっちに泊まって。私は今日からここ」
「な、なんだよそれ!」
「男はいいでしょうけど!乙女はもうあんななところには二度と泊りたくないのよ!」
「「「えぇ~・・・」」」
そんなにひどいところだったの?逆に一回見てみたい。
「じゃ、俺たちもこっちで・・・」
ジークはお伺いを立てるようにマリーを見つめる。
「はい、決定! みんな荷物をよろしくね。私の分も」
前の宿に私物を預けていたらしい。そりゃ全ての持ち物を持って仕事なんて無理だよね。
男共は暮れかかった路地をいそいそと走っていった。
マリー達は連泊をお願いしていた。
そして今はマリーと二人、一階の食堂で男共の帰りを待っている。
テーブルにはサービスしてもらったエールとつまみ。
エールはビールのつもりで飲んだら吹き出しそうになった。生ぬるくて気が抜けている。つまみはピクルスっぽいもの。あぁ、キンキンに冷えたビール飲みてぇ。
「明日またゴブリン退治に行きませんか?」
「ごめん、革鎧の修理と買い物をするから」
まずは目立ちすぎるへそ出しルックを何とかしなければ。
「じゃ、一緒にいきましょう。いろいろ案内します。それで・・・、時間が余ったら、魔法か、弓を教えてもらいたいんですけど・・・」
「いいですよ」
そうか、魔法。魔法でエールを冷やせないかな。
知っている生活魔法に冷やす魔法は無い。が、単純な魔法なら詠唱無しでもいけるはず。
ファイアの魔法は難しい部類。
温めるという魔法があったので冷やせると思うが。
じっとエールを見つめる。
冷えろ、冷えろ、冷えろ。
手ごたえは無し。一口飲んだらぬるかった。
持っと具体的に、分子運動よ収まれ収まれ収まれ。
手ごたえは少しあり。一口飲んだら気持ち冷えていた。
しかし、これは疲れる。
効率が悪いのかもしれない。
さて、じゃ、熱交換といきますか。
熱よ、散れ散れ散れ。
むむ、持ち手が温かくなってきたような・・・。
もう少し・・・。
「あちっ!」
「何やっているんですか?もしかして魔法?」
「あはは、そんな感じ」
一口飲もうとしたら飲み口は熱く、しかしエールは冷えていた。
これはいけそうだ。
ふふふ、見よ。現代人の知識とイメージ力を。
熱は、空気中に散れ散れ散れ。
ふわっとした熱気を顔に感じたがすぐに収まる。
エールを一口飲んでみるといい感じに冷えていた。
そんなにおいしいわけではないが、まずくは無くなった。
キンキンに冷やすのはまだ無理だが練習すれば何とかなるだろう。
ふふ、これで魔法チート路線に決定だ。
暑くなったら氷を売りさばいてボロ儲けしてやる。
グレートボアはノーサンキューだ。
「飲んでみる?」
マリーに冷えたエールをお勧めしてみた。
「あっ、冷たくていいですね。今はちょっとアレですけど、暑くなってきたら最高です」
そうなんだよね。まだ春といった気候で夜は冷えてきている。へそ出して外出する気になれないほどには。
まだしばらくはグレートボアさんかな。いや、危ない事はしない。それ以外を模索しよう。
飲み終わる頃にジーク達は帰ってきた。が、たいした荷物は持っていない。
それで全財産なんだね。
今の自分も人のこと言えないが。
ジーク達はそのまま飲むようだ。
一緒に飲もうと誘われたが断った。
いろいろ考えたいことがある。
階段を上ろうとしたら真っ暗、日は沈んでしまっていた。
戻って近くにいた給仕の女性に声をかける。
「あの~、すみません。階段が真っ暗なんですが・・・」
「はい、ランタンは銅貨一枚です」
お金かかるのね。
「じゃ、お願いします。あと、トイレとお風呂は・・・」
「え!?お風呂なんて貴族のお屋敷くらいしかありませんよ。お湯は銅貨2枚です。裏の井戸を使うならご自由に。トイレはそこです」
風呂無いのか・・・。汗は流したいが、この寒さで井戸水は無理。
「お湯もお願いします」
トイレは一階にしか無いという事かな。
宿代は安いがいろいろと他でとるスタイルか。
3Cr支払い、ランタンと、桶に入ったお湯を貰って部屋に戻る。
壁は薄いのか、かすかに笑い声が聞こえる。ジーク達が騒いでいる声かもしれない。
窓の外からは水を浴びる音がする。誰か井戸を使って水浴びをしていると思うが暗くてよく見えない。寒いから窓を閉める。
さて、水が温かいうちに体を拭こう。
しかし、タオルすらないことに気が付いた。
手をふく布か、おしりをふく布か、パンツ、鎧下、靴下。
鎧下はちょっと厚手だから水を絞りにくそう。
靴を脱いで靴下を嗅ぐ・・・。
うん大丈夫だ。よかった・・・。
靴下をお湯につけようとして気が付いた。
自分の顔が水面に写っている。
すごい美人だった。
流石エルフ。
現代ならうれしいところだがここは世界が違う。
トラブルの種にならなきゃいいが。
これで男性恐怖症ときたら地獄の難易度なんじゃないかと。
耳も目立つのでヘッドバンドか帽子で隠すとしよう。
少しでも目立たないように。
さて、心臓がバクバクいっています。エレーナさんごめんなさい。
最初に心の中で謝ってから革鎧も衣服も脱いで裸になる。
靴下を絞って全身を拭いていく。
体形はかなりのやせ型だった。
そして胸は、期待したほどは無く、よくわからないがBカップくらい?
じゃ元々の大きさは・・・。
体毛はほぼ無い。ムダ毛の処理はしなくてよさそう。
下の毛も薄いし金髪で目立たない。
男でこの薄さだったら公衆浴場に堂々と入るのはちょっとためらわれるレベルだな。
コンコン。
このタイミングでノックの音!
「お姉さん・・・!?」
ガチャという扉を開ける音とマリーの声はほぼ同時。
「ひょぅわっ!!!」
咄嗟に胸を隠して後ろを向いたがへんな声が出てしまった。
「ごめんなさいっ!」
マリーは慌てて扉を閉めた。
しまったなぁ。鍵をかけるのを忘れていたとは。
見られたことより変な声を出してしまったことの方がへこむ。「きゃあ」じゃないだけまだましだが。
「ごめん。終わったら声をかけるから」
「いえ!たいした用事では無いのでっ!明日は、ご飯を食べたら食堂で待ってます!おやすみなさいっ!」
足音がして扉の閉まる音がした。
ゆっくりと扉に近づきカギをかける。木の切れ端のようなものを扉に引っ掛けるだけなので体当たりで簡単に開きそうなレベルだが。
ランタンの明かりに照らされた部屋は暗い。
まして、逆光ならほとんど見えていなかっただろう。
まあ、マリーに見られても問題無いし。
さっさと体を拭く。
頭も洗いたいが今日は我慢。
パンツと、靴下、最後におしりを拭く布を洗う。
そして、魔法の温風で乾かす。
鎧下は、今日は洗わない。
すぐに乾かないだろうし着替えも無い。
洗濯物を乾かすためのひもも欲しい。
いろいろ買い忘れないためにメモ・・・も無い。
この新しい体の記憶力を期待しよう。
パンツいっちょで布団にもぐりこむ。
今日は疲れた・・・。
明日買うものを考え始めたら、いつしか眠りについていた。