やっぱりドナドナ
一人、先に家に帰ってシャワーを浴びる。排水溝へと流れる水は、真っ赤に染まった。
装備も洗わないと。パンツどころか、靴下まで血がついていた。お尻の方を伝って流れていたらしく気が付かなかった。この状態で街中を歩いてきてしまったか。ギルドからはコートを羽織ってきたからいいいとして、その前だな。見ている人は居ただろう。どう思ったのかは考えたくもないが。
部屋に帰ると鏡で顔をよく確認した。傷は残っていなかった。
マリー達は薬草採りに行っているはずなので、まだ帰ってきていない。
このままベッドでひと眠りしたい気分だが、商業ギルドへは早めに連絡したほうがいいだろう。
商業ギルドに行くと、まだ連絡は無かったらしく、冒険者ギルドに確認したりしていたが、すぐに明日の腕相撲大会は延期に決まった。参加者は街の人でも、賭け金の大半は高ランク冒険者らしいので、今回少なくなったその人数をさらに強制依頼で狩りだされてしまうと売り上げが激減してしまうと予想された。夕方までにはみんな帰ってくると思うのだが。暁は調査依頼を受けたなら泊りがけになるだろう。日帰りできるのは魔力草が生えている泉の周辺までだ。
ヒドラ革のシャツの下に着る下着を買いに行く。鎧下では暑すぎるし、胸の部分しかない。
もうお金も持っているし、当然新品を購入する。
お店の中をぶらりと見て回ると、ネグリジェが目に留まった。
エッロ。スッケスケだ。こんなの自分が着てもいいのだろうか。よし、今は女だしな、手触りくらいは確認してもいいだろう。少し緊張しながら手を伸ばす。手触りはすべすべで気持ちが良かった。いい夢を見られそうだ。しかし、同居人がいるから、これは完全にアウトだ。
その隣には透けておらず、レースやフリルがふんだんにあしらわれた上品な品も。それでもダメだ。トムなんか目が充血するほどガン見してきそう。
少し離れたところにパジャマもあった。ズボンの前が空くようになっているので男物だろうが、これならよさそう。店員さんに頼んで、女物として絹で仕立ててもらう事にした。
長袖シャツが400Crと十分に高かったが、絹のパジャマは5000Cr。まあそれでもお金は10000Cr以上あったので楽勝だ。商業ギルドのカードがあると、ギルドの口座からお金を払う事ができる。クレジットカードのように現金を持ち歩かなくて済むというのはありがたい。そういう事ができるのは高級店に限られるが。
無駄遣いしたかなとも思ったが、娯楽のほとんど無いこの世界。買い物でストレス発散する事も必要かもしれない。いくらお金を持っていても死んだらおしまいだし。
「私が死んでいたら、棺桶に入れてください」と店員にお願いしたら、「承りました」と微笑み返された。変な顔されるかと思ったのに。嫌な世界だな。余計に感傷的な気分になってしまった。
お昼もだいぶ回ったころ、お腹が空いているのを思い出したので、少しお高いランチをプライムローズで食べた。その後、デザートに紅茶とベリーパイを頼み、ガラス窓越しに見える少し歪んだ景色をぼんやり眺めながら、ちびちびとパイを食べていた。そう、この店には透明なガラス窓が使われている。さすが高級店。
すると突然、向かいの席に、この店のオーナー、ローズが座ってきた。ぼうっとしていて人の気配に気が付かなかったから突然現れたように感じただけだったが。
「はぁい。リュー。元気ないわね」
この時間に他のお客はほとんどいない。
「午前中に死にかけて、命からがら逃げ帰ってきたところ」
「あら、良かったじゃない」
思いもよらなかった返事が来た。
「なんで?」
「だって、生きているじゃない」
「・・・」
そうきたか。死ななくてよかったと。しばらく黙って考えていると、ローズは言葉をつづけた。
「あら、お友達が死んじゃったとか?」
「いえ、みんな無事です」
「なら、なおのこと良かったじゃない。・・・まだ、何かあるの?」
「これから、その襲ってきたヤツらを倒しに行かなくちゃならないみたいなんです」
「あー、今ギルドが騒がしいのはそれね」
「はい」
「良かったじゃない。みんなでヤリ返してきなさいよ。ギルドが動いているという事は、勝算があるってことなんだから」
「・・・」
「行きたくないのね」
「はい」
「じゃ、行かなければいいわ」
「えっ」
「冒険者なんて自由な職業だもの。行くもの自由、行かないのも自由。そりゃ、何らかのペナルティがあるかもしれないけど、冒険者ギルドの範囲内だけだし。冒険者辞めたって別に普通に生きていけるわよ」
「そうですね。でも、嫌と言えない雰囲気なんですよね。はぁ」
「じゃ、ガッツリ高額報酬を要求してきなさいよ。一生遊んで暮らせるくらいの。命を懸けるならそれに見合った報酬を要求してもいいはずよ」
「それもいいですね」
ありえないくらいの報酬を要求したら、オズワルドは怒るのか、頭を抱えるのか。やっぱり来なくていいと言われないかな。想像していたら少し元気が出てきた。
「大丈夫。冒険者ギルドは死んで来いなんて言わないから」
ローズはローラと冒険者仲間だったという事だし、冒険者ギルドを信用しているのかね。
「ほら、元気出しなさいよ。暗い顔で食べているとおいしいベリーパイがもったいないわよ」
「・・・」
確かに、こっちに来てから甘いものなんて食べたことあっただろうか。
あらためて一口食べてみる。バランスの良い酸味と甘みに、果実の香りとバターの香りが混ざり合いとてもおいしい。なぜか涙が出てきた。
「あら、そんなにおいしかった?」
「はい、とてもおいしいです」
下を向いたままでいると、ローズはゆっくりと立ち上がり、そして、隣まで来るとそっと頭を包み込んでくれた。柔らかな感触と、暖かな心音が、遙か昔に忘れ去っていた母親とのあたたかな記憶を呼び起こす。
「元気出た?」
「はい」
ローズは自分より年下だというのに。そんな感じは全くしない。自分やエレーナがどれだけ薄っぺらな人生を歩んできたのか考えさせられてしまう。今後、もし仮に子供ができたとしても、自分は母親になれるのだろうか。
でも今は、もう少し・・・、このまま癒やされていたい。
ローズにお礼を言い、店を出ると、ちょうど運悪くギルバートに見つかってしまった。
「何処に居たんだ、探したぞ。家まで行ったのに」
「お昼くらい食べさせてよ」
「この時間にかよ」
続けて皮肉を言おうとしたギルバートは口をつぐんだ。
「・・・まあいい。ちょっと来てくれ、ギルマスがお呼びだ」




