大事なことを忘れてた
シャワーでさっぱりした後、昨日の衣装に着替えて商業ギルドまで走った。
夜は涼しいので走っても汗をかくことは無い。
「すみません。遅くなりました」
会議室に入ると自分が一番遅かったようだ。
「よし、では始めようか。アナベラ、頼む」
レイモンドの少し機嫌の悪い声で会議が始まった。
「はい。今回、売り上げは前回大会を大きく上回り・・・」
アナベラさんから景気の良い会計報告が始まる。
「・・・以上です」
アナベラさんの報告後、レイモンドが続く。
「大会は非常に成功したのだが、実は、問題が発生した。フォレストワースの高ランク冒険者が多数参加したため、街の防衛戦力が減りすぎてしまい、領主代行から苦情が来ている。フォレストワースはまだ外壁が完成していないため兵士も多数配置しているが、冒険者も戦力として有力視されているのだ。それが毎週こちらの街まで移動してしまうと、兵士の再配置も間に合わないらしい。今回程度ならまだ良いが、これ以上参加者が増えるようだと、中止の要請があるか、又は、フォレストワースでも開催する必要があるかもしれない」
まさか、大会が大きくなってこんな弊害が出てしまうとは予想外だった。会議の参加者から笑顔が消えてしまった。
「一月に一回くらいの開催であれば、兵士を移動させる等の対応をしてくれるとのことだ」
月一の開催でもいいと思うが、みんな毎週開催してお金を稼ぎたいと顔に出ている。ふむ、腕相撲協会の会長としてお金をもらっているし、少しは仕事をしようかと思い発言する。
「高ランク冒険者が参加しなければ、毎週開催してもいいのでしょうか?」
「そうだな。問題無いはずだ。しかし、強者を廃して大会が盛り上がるかという問題がある」
「参加資格が無制限だと、レベルの高い冒険者が圧倒的に強いのは仕方ないのですが、冒険者では無い街の人々の大会を開いてもいいのでは無いかと思います。例えば、私が最初に対戦した・・・バーナードさんとか」
この体になってから、名前とかをすぐに思い出せるのはありがたい。
「ふむ、それなら問題無さそうだが、参加資格はどうする?冒険者以外とするのか?」
「それだと、引退した人が含まれてしまうし、未経験者とすると一度でも登録したことのある人が参加できないので、レベル10未満くらいに設定するとか。その辺は調整が必要だと思いますが」
「となると、エントリー時にレベルの測定が必要となるが、測定器は冒険者ギルドにしか無い。協力が得られるのか?」
レイモンドの問いかけに、冒険者ギルド副ギルド長のヘクターが答える。
「私の権限では無理なので持ち帰らせてもらいますが、ギルド長は責任を持って説得しましょう」
「よし、その線で検討してみよう。しかし、好評な泡エールが大会でしか飲めないとあってかなり話題になっていたようだが、それを目当てに高ランク冒険者が集まってしまうのでは無いか?それに加えて昨日はスパークリングワインという新たな酒が振る舞われたという話も聞いたが」
レイモンドは女将に視線を送る。
「あたしは、普段から出してもいいかとは思っているけどね。あれを作れるヤツがリューしかいないのでね」
今度は、視線が自分に集中する。そして、女将さんの目線がやたらと厳しかった。
なんだろうと考えたら、ポピーナに行くのをすっかり忘れていた。
「あ、あぁ~、え~と、そうですね。ちょっと後で相談させて下さい」
冷や汗をかきながら女将さんの方を向き、ゼスチャーで必死に謝った。
すると女将さんはニヤリと口角をつり上げ笑った。めっちゃ怖いんですけど。
「それと女将よ。フォレストワースにも店を出すというのはどうだ」
「外壁が完成したら考えてもいいけど、今は店を出すつもりは無いよ」
「まあ、そうだろうな。ところで、大会のルールとして魔法の使用を禁止したいと思うがどうだろうか」
レイモンドがこちらを凝視している。
「あ、はい、そうですね・・・」
とてもじゃないけど異論を唱えられる雰囲気じゃ無い。搦め手をいろいろと考えようと思っていたのに残念だ。だけど、大会も盛り上がっているので、もう出場しなくていいはずだ。
「キミが賢明な判断力の持ち主で良かったよ」
どうやら体全体が発光したあの現象がまずかったらしい。魔法使いが最大威力の攻撃魔法を放つときに使う高等テクニックで、それを知っている人ほど危機感が強かったとのこと。
「あー、ちょっといいか。身体強化魔法は意識しないで使っている奴が大半だから、禁止というのは難しいんじゃないかな」
という女将の発言があった。
「では、身体強化魔法以外を禁止することにしようじゃないか。他に懸念点は無いかな」
会議が終わると女将さんに肩をがっしり組まれてポピーナまで連行された。
「どうやら言づてが伝わっていなかったようだねえぇ。ぇえ?」
とぼけるとマリーが大変なことになるので素直に謝るしか無い。
「いえ、あの、聞いてはいたんですけど、忘れてしまって、済みません」
「まあ、過ぎたことは仕方ない。で、どうする。あたしは毎日でもいいんだが」
「泡エールのことですよね」
「そう。大会の集客は問題ない。逆に多すぎて捌けないくらいだ」
「嬉しいんですけど、魔力草を取りに行ったりすると帰りが遅くなったりするかもしれませんよ」
「そのときは仕方ない」
「それでよければ、よろしくお願いいたします」
どうせ夕方は毎日腕相撲大会の会議があるので、その前にでも作ることにしよう。
ただ、作るのに時間が掛かるので最大でも一樽という事にしてもらった。
時間的に遅くなった場合は捌けないことも考えられるので、作る分量はその時に女将さんが指示することにして、手間賃はその日作った分量による歩合制となった。
「それと、スパークリングワインの話なんだが、一人紹介したいヤツがいるんだ。場所を変えてもいいか?」
「いいですけど、誰ですか?」
「ローズというんだが、あたしの元冒険者仲間でな。今はプライムローズという店をやっている。すぐそこだ」
「もしかして、昨日の見慣れない高額メニューって・・・」
「ああ、そうだ。うちだけでは手が回らないし、あいつにも少しかませてやったんだよ。うちだけ儲けていたんじゃ、恨みを買いすぎる」
あの高級店はプライムローズという名前らしい。
ふむ、そろそろ冒険者を引退しても食べていけそうな気がしてきた。
プライムローズに移動し店員に声をかけると、奥から小洒落た衣装に身を包む若作りのマダムが現れた。
「ハァイ、ローラ。隣のかたはリュー様ですね。始めまして、ローズです」
お客でも無いのに様付けとは気恥ずかしい。
「どうも、リューです。そんなにかしこまらなくてもいいですよ」
相手が手を出してきたので握手をしながら挨拶した。カーテシーでもしそうな雰囲気ではあったが。
「あら。では、リューちゃんで。よろしく」
たぶんこっちの方が年上だと思うけれど、まあ別にいいや。ローラも豪快だがローズもなかなかに個性的なようだ。
奥の個室に通されて話が始まった。
「ありがとうね。ローラ。昨日はずいぶん儲けさせてもらったわ」
「テーブルも借りたし、料理もうちだけではキツかったから、こっちも助かったよ」
「やっぱり高ランク冒険者は、お金まわりがいいようね。少しこっちにも戻ってきてくれるといいのだけれど」
「それは難しいだろうな。近くの魔物は大方刈り尽くしただろうし。大物が出たという話も最近は聞いていない。ところで、息子からは便りはあるかい?うちの息子はさっぱりでさ。生きているか死んでいるかも分からねぇ」
「そうねぇ。少し前にあったけど、迷宮都市にいるらしいわ」
「ああ、あそこか。懐かしいな」
ローラとローズですっかり話が盛り上がっている。二人とも息子がいて冒険者らしい。ローラは迷宮を知っているらしいので、ここで話に割って入る。
「迷宮ってどんなところですか?」
「どんなところと言われてもなぁ。一言で言えば洞窟だな」
「入り組んでいて迷いやすいから迷宮って言われているわ」
「そんなところによくみんな行きますね」
「魔物が多いから稼げるんだよ」
「宝物が出ることもあるしね。いいのが出たら一攫千金」
一攫千金は憧れる。
「へぇ、宝物。それって誰かが置いていくんですか?魔物とか」
「いや、誰も見たことは無い。いつの間にかそこにあるんだ」
「魔物もいくら倒してもいつの間にかまた増えていてね、不思議なところ」
まさにファンタジーだ。
「気になるならうちの息子を紹介してやろうか?」
「あら、わたしの息子も紹介するわ」
「いえいえ、大丈夫です。ちょっと興味があるだけですから。すこし体験できればそれでいいので」
魔物がバンバン沸いてくる危険地帯に喜々として飛び込んで行くヤツの気が知れない。いくら一攫千金だとしてもだ。
「そうか、それは残念だな。うちの息子も女っ気が無さそうだから紹介してやろうと思ったのに」
「あらダメよ。リューちゃんはうちの子に紹介するのだから」
「いや、そういうのは遠慮しておきます。これでも39なんで」
二人とも目を丸くしていたが、ローズはめげなかった。
「あら、そのくらいの歳なんて気にすること無いわ。エルフなんだし。それにうちの子は見た目重視だから」
「あははは」
見た目重視ってどうなの?苦笑いするしか無い。
「それじゃ、そろそろ本題に入ろうじゃないか」
「スパークリングワインの話ですよね」
「そう、泡エールをうちでも出したいと言ったら、ローラったら他では出せない契約になっているって言って聞かないのよ」
ローズが嘆く。
「いや、契約ってほど大げさな感じではないのですが・・・」
口約束だし。
「なんだい、あたしとの約束を破ろうって言うのかい。いい度胸だねぇ」
拳を握りしめて、ボキボキと音を鳴らすローラ。やだ怖い。腕相撲では勝ったけど、人間(酔っぱらいのお客)を殴り慣れているらしいローラの自信たっぷりの笑顔に、冗談だとは分かっていても戦慄を禁じ得ない。
「いえいえ、ポピーナ以外ではやらないですよ」
「ならいい」
女将さんは腕を組んで偉そうに頷いた。
「それでね。スパークリングワインをうちでも作ってほしいの」
「いいですよ。女将さんもいいですか?」
ポピーナからほど近い所にあるプライムローズ。さほど手間はかからない。ついでという事で。
「ああ、それで料金なんだが、泡エールより単価を高くしよう。1リットル当たり10Cr。その代わりうちらの店以外では作らないでほしい」
「そんなに高くしてもらって大丈夫ですか?」
「そこは心配するな。ワインはエールより単価が高いからな」
女将さんがニヤリと笑う。
これはもしかしなくても、冒険者を辞めても食べていける仕事になり得ると確信する。だが、辞め時が問題だな。魔力草採集は2回しか行っていないし、マリー達も放り出すわけには行かないだろう。
「ところで、白ワインってありますか?」
そういえば、前世でスパークリングワインって赤を飲んだ記憶が無い。白とかロゼだったような気がしたので聞いてみた。ポピーナに置いていないことは知っている。
「うちでは出してないねぇ」
と女将。
「私の所では出しているわよ」
とローズ。
「もしかしたら白の方が美味しいかもしれませんよ。それと、透明な背の高いガラスのコップに入れると、泡がとても綺麗に見えて高級感が出ると思います」
そんな提案をしたら、二人が顔を見合わせていた。
「おまえさんの頭の中身はどうなっているんだ」
「よくそんなことがすぐに思いつくわね」
「いや、まぁ、なんとなく」
そんなことを言われても困る、『前世の知識です』なんて言えないし。
「うちは無理だな。荒くれ者が多いから、ガラスのコップなんてすぐに壊されそうだ」
「リューちゃんの言うようなコップが手に入らないか、知り合いに頼んでみるわ」
その後も少し話をした後に飲み比べをすることになった。
結果、赤は少し渋い感じがして白の方がいいという事になったが、そのまま軽く宴会のようになり、ほろ酔い気分で帰宅した。
今日も美味しいお酒でした。もちろん只酒だ。




