とある煮込み料理の処分方法
朝、今日も日の出とともに目覚める。
この生活パターンにも慣れたものだ。
昨日は魔法の練習で少しばかり夜更かししたのだが、普段は早く寝ている。時計が無いから正確な時間は分からないが9時前には寝ているんじゃないかな。寝溜めができているから一日程度は寝不足でも全く問題が無い。
今日の水汲み当番は誰だったかな。
自分は朝食当番だ。
鼻をつまんでトイレに行き、水場で顔を洗う。
その後、台所に行き、昨日ネギと生姜で味を調整したゴブリン煮込みを魔法で温めた。
劇的に美味しくなった・・・いや、美味しくは無いが、味が改善したので驚くのではないかな。ふふふっ。
ドン。
ゴブリン煮込みを鍋ごとダイニングテーブルに乗せる。
「はい、今日の朝ごはんです」
悪い笑顔で元気に挨拶した。
でも罰ゲームじゃなくて自信作なんだよ。
自分の分を皿によそって食べようとしたが、みんなは下を向いたまま。
「あれ?食べないの?」
「それって一昨日のゴブリンですよね」
マリーは不満げだった。
「そう。それなりの味になったよ」
そう言って食べてみせる。
「いただきます。うん。大丈夫」
「大丈夫・・・、食べ物を食べて大丈夫って表現おかしくないですか」
「前より全然おいしくなったから、食べてみなよ。臭いはすぐに慣れるから」
それでもだれも食べようとしなかった。
沈黙が痛い。
元気に押し切ればいけるんじゃないかと思ったけれど、そんなに食べたくないのなら仕方がない。臭いがきつくても美味しい食べ物っていっぱいあるんだよ。例えば納豆とか、ブルーチーズとか、食べたことは無いがくさやとか。でも、一口ぐらいは食べてほしいな。食べず嫌いは良くないと思うのだが・・・。
目を合わせようとすると避けられてしまう。
「ごめんなさい。今から何か買ってくるから。ちょっと待ってて」
仕方なく買い出しに行こうと決めて席を立ちあがると、トムが立ち上がり自分の皿によそい始めた。
みんな目を丸くしている。
トムは意外にもチャレンジャーなんだよね。
そして、一口。
「おいしくない。・・・けど食べれる」
「無理しなくていいんだよ」
この前食べた時には涙流していたのを思い出した。
「ううん。せっかくお姉さんに作ってもらった手料理だし・・・」
その言葉にピクリとジークが反応する。
「オレも食べよ」
トムとジークは黙々と食べ続けた。
そして一皿平らげた。
それを見届けたみんなは、しぶしぶ食べ始める。
この街に安い食べ物は黒パンくらいしかない。お肉も野菜も総じて値段が高めだ。
安くてお腹一杯食べられるものは、なかなか無い。
森でマリー達が採れるものとしたら山菜とか果物とか。春先に果物は少ないし。山菜では主食にはならない。
ウサギはまだ仕留めるのが難しいようだし。鳥なんて不可能。
魚は捕れると思うが、すぐに乱獲で居なくなってしまうのではないかと危惧する。
捨てられているゴブリン肉が食べられれば最高なんだ。
調理して屋台で売ることができれば、それだけで生きていけるし。
エレーナの記憶には孤児院での記憶も路上生活をしていた時の記憶もある。毎日おなかが空いていて何でもいいから食べるものが欲しかった。
そういった人たちの手助けにもなるんじゃないかと思ったのだけど。
スラムは危ないから近づきたくない。でも、孤児院には行ってみようかな。
そのような思いは酌み取られることは無く、無言のうちに食事が終わってしまった。
とても気まずい。
あれぇ?
おかしいな。
『意外に美味しいね。』というような和気藹々とした会話を期待していたのだけれど。
最近、ちょっと上から目線で調子に乗っていたのかもしれない。
胃が痛くなってきた。
これは食中毒では無い。
結局、一人逃げるように自室に引きこもった。
リューが先に二階に上がっていき、残されたのは沈黙とアイアンイーグルの面々だった。
暴君が居なくなったので、あのくそ不味いゴブリン鍋の話をマリーがしようと思ったとき、真っ先に口を開いたのはトムだった。
「お姉さんは、ゴブリンなんて食べる必要は無いんだ・・・」
「そ、そんなこと分かっているけど、ゴブリンはひどくない」
マリーが反論する。
「糞魚は食べてる」
「あ、あれは美味しかったから・・・」
「お姉さんは、ゴブリンを倒す必要も無いし、・・・ぼくらと一緒に暮らす義理も必要もないんだ」
「・・・」
マリーは言葉に詰まり考え込んだ。
確かにお姉さんの優しさに付け込んで利用しているという自覚はある。
シルバーウルフの連中に『寄生している』と言われたことを思い出した。
確かに現状を客観的に見てみるとそれ以外の表現がないほどだ。
お姉さんには何の利点も無い。
お姉さんがいくら稼いでいるのか知らないが、Bランクパーティの指名依頼に同行しているし、魔力草の買い取り価格も知っているので想像は付く。腕相撲協会の会長もやっている。あれだけ人が集まる腕相撲大会を主催しているのだからどれだけ儲けているのか。
もう家賃が半額になるからという理由なんて些細なことだ。
そこそこ高級なホテルで寝泊まりも可能なはずで、こんな朝ご飯を作る必要もなければ水汲みに行く必要も無い。
それは分かっている。分かっているがゴブリンは納得できなかった。
マリーは頭をかきむしると無言のまま立ち上がり部屋に帰ってしまった。
「今日、どうするよ?」
ジークは問いかけてみたが残された男共は途方に暮れるばかりだった。
しばらく部屋で防御魔法の練習をしていたが飽きてきた。
明日は魔力草を取りに遠出するので野外で索敵魔法の練習もしたい。
まずやることを考えた。
残ったゴブリン煮込みを処分しないといけない。
明日は食べる機会が無いし、明後日も大会があるから食べない。今朝の状況からして自分以外に食べる人はいなそうなので、きっと腐ってしまうだろう。
自分の皿に今日の夜食べる分だけ取り置いてゴブリン煮込みを鍋ごと持つ。
リビングに顔を出すと男共が死んでいた。マリーがいない。
「ちょっと出かけてくるから、戸締まりよろしくね」
「うん」
声をかけるとジークが困った顔をしながら返事をした。
いつも朝早くから薬草採りに出掛けているのに珍しくぐったりしている。
何か訴えかけられているような目をしていたが面倒くさいので無視した。
少し臭う鍋を抱えたまま人混みの中を歩くのはいやだったので裏口から外に出る。
そこで、ふと思う。
自信作のゴブリン煮込みを否定されたので若干面白くない気持ちがあったのは確かだ。でもそのくらいで苛つくような性格じゃ無かったような気がする。感情が豊かになったのは若返った体のせいなのか。
まあいいや。
最近は分からないことをいくら考えても無駄だと考えるようになってきた。
裏通りに出るとお隣さんの裏庭に薄汚い容姿の子供が3人入っていくのが見えた。先頭はジークより少し背の低い男の子。続く2人はさらに頭一つ低い。性別はよく分からない。
様子をうかがっていると裏口からレイラが顔を出す。
「じゃ、お願いね」
そういって子供達を家の中に招き入れようとしていた。
そして、こちらに気付く。
「あ、リューさん。おはようございます」
「おはようございます」
狭い裏庭の柵越しに挨拶を交わした。
「その子供達は?」
疑問に思ったことはすぐに聞いてみた。
「ああ、トイレのお掃除をギルドに頼んだんですよ」
よく見ると子供達の足下には汚いバケツが置いてあった。ボットン便所に貯まった汚物の回収だ。マリー達もやったことがあるって話を聞いたことがあったからすぐに分かった。
ラッキー。ということは汚物を捨てに行くはずなので、一緒について行って場所を教えて貰おう。そこでならこのゴブリン煮込みを捨てさせて貰えるかもしれない。
すぐさま声をかける。
「君たちさぁ。うんち捨てる場所教えて貰いたいんだけど、ついて行ってもいいかなぁ」
「いいよ。なにか捨てるの?」
グー。
そのとき小さい子のお腹が鳴った。
明らかに食べ物が入っていそうな鍋を両手で持っていたので何かを期待したのかもしれない。臭いはひどいはずなのだが蓋を閉めていたから分からないのかも。
「これは、失敗したお料理」
小さい二人は鍋をじっと見つめている。
「リューさんでも失敗することあるんですね」
レイラはくすくす笑う。
とてもかわいい。
しかし、これはチャンスだ。もしかするとゴブリン煮込みは無駄にならずに済むかもしれない。ここでは、あえてゴブリンの名前は出さないようにしてみよう。
「食べてみる?ひどい臭いなんだけど、お姉さんさっき朝ご飯に食べたんだ」
腐ってしまったから捨てるのでは無く、食用可という情報提供も忘れない。
「いいの?」
子供は二人ともいい笑顔だ。
しかし、そこにレイラさんも加わった。
「私も食べてみたいなあ。リューさんの手料理」
妊婦さんに変なものを食べさせて具合が悪くなったら大変だ。
「ゴ、ゴブリン料理なんですよ。妊婦さんにはちょーっと刺激が強すぎるかも」
蓋を取りながら白状する。子供達に食べてもらえなくなったとしても仕方がない。
独特な臭いにレイラさんも子供達も顔をしかめた。
しかし、その臭いにものともせず鍋を覗き込んだ子供達はよろこんだ。
「あっ、お肉がいっぱい入ってる!」
あれ?ゴブリンという話を聞いても忌避感が無いらしい。
「リューさん。ゴブリン食べるなんて正気ですか?というより体は大丈夫ですか!?」
レイラさんの反応は予想通り。眉間にしわを寄せて鼻をつまんでいる。
「大丈夫だけど。これ毒とかあるの?」
「いえ、そんな話は聞いたこと無いですが、アレを食べる気になること自体が信じられないです」
「あはは。ですよねー」
あの醜悪な外見を知っているからこそ、こういう反応になるのだと思う。
鍋を覗き込んでいる子供達はゴブリンを見たことが無いのかもしれない。街の外に出ない限り出会うことは無いのだろう。冒険者も耳と魔石しか持ち帰らないし。
「じゃ、ちょっと食べてみる?」
「うん」
気持ちが変わらないようなのでレイラさんを見てみる。
「私は、遠慮しておきます。それと、うちへの持ち込みは遠慮していただきたく・・・」
レイラさんがそこまで言うとは少々驚きだ。
「今、お皿取ってくるから、ちょっと待っててね」
そう言って、おたまと皿とスプーンを取って戻ってきた。
すると子供達は山盛りによそって食べ始めた。
「すごい。こんな臭いのに食べてる」
レイラは恐ろしいものでも見ているかのように目を見開き、子供たちを見ている。
「まぁ、味はだいぶ改善したから。でもこの臭いだけはなかなか消せなくて」
「そうでしょうね」
「食べたことあるの?」
「いえ、全く。でも、討伐したことはあるので。近くにいるだけで体臭で分かるし、血の臭いも独特だし。なんでこんなの食べようって思ったの?」
「いや、せっかく狩ったのに捨てるのももったいないなと思って」
「そこが信じられないわ」
「あれかな。狩人だったから。狩った動物は捨てる所なんて無かったからね」
「そうかぁ。確かに冒険者は魔物を倒すのが目的だから・・・なんか気分か悪くなってきた」
「ごめん、終わったら声をかけるから、家の中で休んでて」
「あはは、そうするね」
レイラは元気なく家の中に入っていった。




