危険な料理と危険な仕事(2)
「お姉さーん!どうしたんですかー!」
マリーの元気な声が聞こえてきた。薬草採りから帰ってきたようだ。
走って川を渡ってくるのが見える。
それを見たエディは入れ違いで立ち去ろうとした。
「あ、俺たち。行くから」
「そう。じゃ、帰りも気をつけて。ちゃんと教会にも行くこと」
若い子は、痛くないから大丈夫だと自分で判断してしまうかもしれないので念を押してみた。
「うん。分かってる」
そんな会話を交わしていたとき、もうジークは近くまで来ていた。
ジークはエディ達とすれ違うときにビリーの脇腹に目をとめる。
「おい、その血。どうしたんだよ」
「角ウサギだよ。おまえらも気をつけろよ」
ジークに答えたのはビリーでは無くエディだった。
「大丈夫なのか?」
「ああ、傷は塞がったし、帰ったら教会にも行って診て貰う」
「え!今、教会に神父さんいないぞ」
孤児院は教会に併設されていたので、数か月前まで孤児院にいたジーク達はその辺の事をよく知っていた。
「はぁ!?なんだよそれ」
「一年位前にフォレストワースの方に行ったんだよ。んで、まだ、代わりの人が来ていない」
「じゃ、どうすれば・・・」
「フォレストワースまで行くしかないだろ」
「・・・」
エディはビリーと顔を見合わせながら黙ってしまった。ビリーも青い顔をしている。
回復魔法を使える教会の神父はグランシーズ法皇国から派遣されてくる。他に回復魔法を使える人はいないので、教会と法皇国は絶大な権力を持っている。というのがエレーナの記憶にある。その国がどこにあるのかは知らんけど。手続きが面倒なのか、適任者が決まらないのか、距離的に離れているのか。とにかく新たな神父が来るのは時間が掛かることのようだ。
一緒にフォレストワースまでついて行ってあげようかとも思ったが、魔力草の採集が3日後だ。片道2日かかるというのだから間に合わない。
「親に相談してみる」
ビリーは力なく言う。
その言葉でジーク達の表情に微妙な感情の変化を感じた。ああ、アイアンイーグルはみんな孤児院出身だから親がいないんだよね。
「とりあえず、街に戻ろう」
エディがビリーの肩に手を置く。
「新しい神父がいるかもしれないから、一応教会にも行ってみた方がいいぞ」
「あぁ、そうだな」
ジークの提案にエディが答える。
その後、エディに達は足早に帰っていった。
「ところで、お姉さん。この臭いものは何ですか?」
マリーの口調にトゲがある。ゴブリンを調理中というのは知っているはずなのにこの言い方。
「ゴブリンのお肉。臭い?」
「食欲が無くなりそうなほど」
そこまでひどいとは思わないのだが、最初があまりにも臭かったから鼻が麻痺しているのかも。ジョークを言っている雰囲気でも無い。困った。
「あー、そうなんだ。でもまあ、ちょっと味見してみようかな」
「やめたほうがいいですよ。おなか壊したら大変ですよ」
マリーの心配をよそに枝で作った菜箸で肉のかけらをつまみ上げた。ちょっと練習していたら箸が使えるようになったのだ。
ぱくっ。
やっぱりまだ臭いが我慢できないレベルでは無い。後は味付けでごまかせるんじゃ無いだろうか。
「お姉さん、眉間にしわが寄っていますよ」
「ん~、不味い」
「そもそも、なんでゴブリンなんですか?」
「ただで手に入る大量のタンパク源」
「え、タンパク源?」
「ええと、筋肉の元になるの」
「えっ!もしかして、私たちに食べさせようとしてるんですか!?」
「そう、これならただで、お腹いっぱい食べられるかなぁと」
「ヒィィィー!!!」
男共もいっせいに血の気が引いていく様が感じ取れた。
「そんなにひどくないよ」
そう言ってもう一つ、つまみ食いした。吐き気を催すほどじゃないから、そんなに悪くは無いと思う。食べ続けたら慣れるかもしれない。
「どう?味見してみない?」
箸でもう一つ肉片をつまみ上げた。
全員が固まっている中、一人チャレンジャーがいた。
トムだ。
みんな正気を疑うような目でトムを見ている。
だって、挙げた手が小刻みに震えているし。
「無理しなくてもいいよ」
なんで、そんな嫌そうなのに手を上げたのか分からないから確認してみた。
「だ、大丈夫」
トムの喉仏が動いている。
食べたいのか食べたくないのか分からない。若者の考えは分からない。思考回路が違うのだろう。生きてきた環境が全く違うのだから当たり前か。まあいい。
「はい」
トムの口元に箸でつまんだ肉片を持っていくと、少し眺めた後こちらをチラ見して、それから食いついた。
次の瞬間、目が大きく見開かれたかと思ったら、すぐに苦悶の表情になった。
無理やり飲み込んだように見えた後、膝から崩れ落ち両手をついた。
そして小さな声で一言。
「・・・まずい」
他のみんなは無言でトムを見つめている。
「・・・」
空気が悪いな。
「いやいやいや、そんなにひどくは無いでしょ。トムも大げさだなぁ」
演技かと思って軽く肩を叩いてみると、トムは顔を上げた。
その瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。
おいおい、まじかよ。
「水飲む?」
「うん」
その後、トムはおいしそうに水を飲み、何杯もお替りしていた。
申し訳ない気持ちで少し心臓がチクチクする。
大げさだと思うのだが仕方ない。今日はこれを持ち帰って味付けで何とかしてみよう。明日は市場を回って香りの強い野菜なんかを探してみることにした。
残りのゴブリンは川に投げ入れた。するとまた主が現れ一口で飲み込んでいく。何年生きたらこの巨体になるのかね。
鍋は誰も持ちたがらないので自分で持った。鍋ごと魔法で凍らせて素材袋に入れてある。これは臭いもしなくなるし、汁もこぼれなくなるし、なかなかいいアイデアだった。




