魔力草の採集
「あー、寒い」
いつもより早く目が覚めた。
半分開け放たれた窓からは、白みかけた夜空にまだ星がいくつか見える。
コッ。
髪の毛をまとめていたらどこからか音がした。気のせいかと思ったが、またしても。
コッ、コッ。
あっ、これモーニングコールのつもりだな。
この辺の家は長屋のように壁が共通だから、たたけば響くのだろう。
コッ、コッ、コッ。
起きとるわっ!
叫んだらジーク達も起きてしまうだろう。まあ、それでもいいんだが。
手の甲で壁をノックしてみた。
しかし残念ながらほとんど音がしない。石壁は固い。これ以上は手が痛い。下手をすると流血するかも。
コッ、コッ、コッ、コッ。
しつこいわっ!
ガツッ!!
解体ナイフの柄で壁を殴る。
パラパラという音がした。壁が少し欠けたようだ。
これは少し強く叩きすぎたかも・・・。
手早く鎧を着込み外に出た。
すると既にスティーブが待っていた。
「おはようございます」
先にこちらから挨拶する。
「おはよう」
「一人ですか?」
「ああ、みんな後から来る」
「もしかしてモーニングコールはスティーブさんですか?」
「そう、俺。思った通りの時間に起きることができるんだ」
「役に立たなそうに思えて実は便利なスキルですね」
「分かる? そうなんだよ。おかげでパーティでは便利な雑用ポジションだよ。ははっ」
自嘲しているように聞こえるが、表情を見ているとどうも気に入っているような雰囲気だ。
「じゃ、朝飯買いに行くか」
「こんな早くにお店やっているんですか?」
「それがあるんだよ。こっちだ」
朝市が開かれている通りにある屋台で、サンドイッチのようなものを人数分買い込む。そして、水筒に薄いワイン。
北門にたどり着くと、みんな揃っていた。
アーサーとルイスはロングソードを装備している。盾は持っていない。
モーガンはハンマーを片手に、腰にショートソードを横向きに刺し、背中に巨大な盾を背負っている。
スティーブは片手剣だが、これまた盾は持っていない。装備は比較的軽装。
「よし、じゃ出発しようか」
アーサーの一声で全員が動き出す。
こんな早い時間でも、門が開けば渡し船もやっているらしい。
船の上でサンドイッチを頬張る。
「なかなかうまいだろ」
スティーブが声をかけてきた。
「そうですね」
葉物野菜と何かの肉が挟んであった。普通においしい。
「今日は、ちょっと高い方にしたんだ」
これはおもてなしという事だろうか。それとも高ランクパーティの余裕というものだろうか。ま、深くは考えないでおこう。考えながら食べているといつの間にか食べ終わっていることがある。そんなことになっては勿体ないので目をつぶって美味しさをかみしめる。
川を渡り森に入る頃、すっかり夜は開けていたが太陽はまだ見ていない。東にある高い山脈に遮られ、この辺は平地よりも朝日が差し込むのはもう少し遅い時間だ。
先週のオーク狩りをした時と同じけもの道を行く。
途中から沢に沿って山を登っていく。山道なのにみんな早歩き。レベルの恩恵が無ければ、トップアスリートでも無理そうなペースだ。
少し先を行くスティーブが邪魔な下枝や草を払いながら進んでいく。あれはさらに疲れそうなのに平気な顔をしてどんどん進んでいく。
そして使っているのは普通の剣。あっという間に切れなくなるんじゃなかろうか。
途中、数匹のオークをやり過ごし、8匹のゴブリンの群れをさくっと殲滅した。
この辺は森の奥なので、魔石をえぐり取って後は放置だ。アイアンイーグルだったらゴブリン8匹の群れに遭遇したら全滅という事もあるかもしれない。そんな危険地帯を行く。
山の尾根に近いところまで来た。
「そろそろ少し休憩しようか」
アーサーの提案でメンバーは歩みを止めた。
持ってきたコップに水を出して冷却する。
ゴクゴクゴク。
冷たい水はうまい。
しかし、あまり飲んでしまうとトイレに行きたくなってしまうので、ほどほどにしておく。
「もしかして、それ冷やしてる?」
ワインを回し飲みしていたスティーブから声を掛けられた。
「そうですけど」
「こいつをお願いしていいかな」
ワインの入った水筒を持ち上げた。
「いいですよ」
そのまま両手をあてて、ほどほどに冷却魔法をかける。
「できました」
「どれ」
スティーブは、うまそうに飲んでいる。
「おい、一人でそんなに飲むなよ。次、こっち寄こせ」
ルイスが文句を言った。
「お前さっき飲んだろう」
「何回飲んだっていいじゃねぇか」
別に険悪な雰囲気ではなく、二人とも少し笑っている。気安い仲間達でパーティ組めたら冒険者としてやっていこうと思う日も来るのかねぇ。
今日は日が昇るにつれて気温も上がってきていた。夏になったら、この装備は暑いだろうな。そして、今年はクーラーの無い夏を迎えることになる。冷却魔法で何とかできないものだろうか。いや、魔道具があるかも。お金が入ったら何を買おうかな。楽しみだ。
そんなことを考えていたら魔力感知に何か反応がある。
「あっ、何か近くにいます」
その小さな一言でみんな真顔に戻る。
近くに人がいると感度が落ちるため、3メートルほどの高さの枝に飛び乗る。なるべく音をたてないようにふわっと。このくらいは全く問題ない。
すると反応の数が増えた。2つ、3つ、4つとどんどん増えていく。
「囲まれているようです」
反応の大きさはゴブリンより小さい。ギルドの図書室で見た本に書いてあった魔物を思い浮かべてみる。
「フォレストウルフかも。数は、10匹以上。まだ増えています」
暁のメンバーは自分が登った木を背に円陣を組んでいた。剣はすでに抜いている。準備万端だ。
すると視界の端に、茂みの隙間から灰色のしっぽが一瞬見えた。フォレストウルフで確定だ。
そのとき、ドクンと心臓が大きく跳ねる。
なにこれ。手足が震えだした。
どうやら極度に緊張している。
灰色のしっぽでエレーナの記憶が呼び起こされた。
シルバーウルフに率いられたフォレストウルフの群れに襲われて命を失った時の記憶。
3メートル高さは、フォレストウルフは登ってこないが、シルバーウルフはジャンプ一つで軽々届く。あの時も木に登ったが、後ろからシルバーウルフに飛び掛かられた。
囲まれているということは、もう戦闘回避は不可能。
「先制します」
シルバーウルフを探すため索敵魔法を全周に放つ。
しかし大きな反応は無かった。
よし、シルバーウルフはいない!フォレストウルフだけだ!
手足が震えているようでは狙いが定まらない。しかしホーミングがあるので問題ない。
魔法で反応のあった茂みに矢を打ち込む。
ギャン!
手応えあり。
「20匹以上!来ます!」
静かに包囲を縮めてきていたフォレストウルフは、一斉に走り出して襲ってきた。
矢継ぎ早に射て、襲われるまでに3匹倒す。後はフォローをと思ったが、暁は流石にBランク。一振りで一匹づつ、苦も無く落ち着いて処理していった。この程度では、かすり傷すら負わないようだ。
緊張していたのは自分だけかよ。
20匹以上いたフォレストウルフは、最後5匹ほどに打ち減らされたところで、散り散りになって逃げていった。
フォレストウルフも売れるので、すべてマジックバッグに収納された。重さが10分の1になるとはいえ、100kgほどになったマジックバッグを軽々担ぐモーガン。これからまだまだ山道を早歩きで1日歩くのに、すごい体力だ。
山の尾根までたどり着くと、そこから先は沢へと下る。
沢の水は澄んでいて、そこそこの水量があった。
日光は森の木々に遮られ、地面は苔むしている。その周辺だけ別世界のように涼しく感じる。
この場所で2回目の休憩となった。
みんな沢の水を飲んでいる。
とてもおいしかった。
持ってきた水筒が1つで足りなそうに思えたが、こういう事だったらしい。
このまま沢をたどって上流に行くと目的地の泉があり、その周辺に魔力草が生えているという。
休憩時間を利用してフォレストウルフは簡易的に解体された。頭を落として内臓と魔石を取り出し軽くした後、またマジックバッグに収納される。解体した後は沢の水で血を洗い流す。すっきりしたところで出発した。
あまり高低差は無かったが、それなりの距離を歩いてやっと目的地に到着した。
それまで歩いてきた沢と違い、木々の間に隙間があり、陽光が木漏れ日となり水目に降り注ぐ。そこは幻想的な雰囲気の泉で、水は一切の濁りが無く透き通っていた。底には砂が堆積していて、ところどころ水が湧き出ているようだ。辺りには陽光を求めるように草花が生えていて、蝶が優雅に舞っている。
「へぇ、きれいなところね」
写真を撮りたい。マジで。
「何もいないように見えて、この砂の中には魔物がひそんでいる可能性があるから気を付けて。あまり泉に近づかないように」
アーサーが忠告してくれた。
「えっ!」
顔を洗おうかと一歩踏み出したところだったので冷や汗をかいた。パッと見たところ、どこまでも白い砂が広がっていて生き物の姿は無い。
「それに向こう岸を見てほしい。草が踏み倒されている箇所があるだろ」
確かに、地面がむき出しになっているところがある。
「ここは、いろいろな魔物たちの水飲み場となっていて遭遇率が高いんだ。ということで、さっさと採集を終わらせてしまおう」
みんなうなずく。
休憩できると思っていたのは自分だけらしい。
「魔力草の葉、600枚という事だから、少し余裕を見て一人110枚としよう。泉の左側半分で採集しようか」
スティーブが採集用の袋を配り始める。みんなてきぱきと動き始めた。
「わかっていると思うけど一応確認だ。なるべく大きくて奇麗な葉を採集。一つの株からは葉の半分以上は採らないように。あと、沢の方から魔物が現れることはめったにないから、なるべく手前の方で採るといいよ」
アーサーは優しくいろいろ教えてくれる。イケメンの笑顔で。普通の女子ならクラッときてしまうこともあるのかもしれないが。
「はい」
残念ながらこっちは中身が男なので、心はこれっぽっちも動かない。逆に凪だ。これでウインクなどされた日には氷りついてしまうところだが、アーサーはそこまではしてこない。なので営業スマイルで返すのだ。
茎を傷めないように丁寧に葉を集める。それでもここは魔力草の群生地、物の数分であっという間に集まった。
「よし、撤収!」
泉から少し離れたところで昼食を取り、帰路に就く。
帰りは自分が先頭に立って索敵する。周りに人がいないと索敵可能範囲も少し広がる。マジックバッグはフォレストウルフでいっぱいだったので、行きと同じ、なるべく魔物と戦闘しないように移動する。ゴブリンは見つけ次第に屠ったが。
帰りは何事もなくスムーズだった。おかげさまで、まだ日が傾き始める前に北門をくぐる。
冒険者ギルドの素材買取はいつものトーマス。
魔力草は、いいものを選別して買い取られ、残った比較的状態の良くないもの物は貰えた。これでハイポーションも自前で作れる。
フォレストウルフは、魔石と毛皮と肉が売れた。一匹当たり大体350Cr。17匹で5950Cr。5人で割ると、一人当たり1190Cr。それに今回の報酬2000Cr。そして消耗品代として110Cr。合計で3300Cr貰った。くう、冒険者おいしいなぁ。




