予行演習
午後も、合計9匹ほど倒し、川まで持ってきてドボン。あの巨大魚は姿を現さなかったが、糞魚がきれいに食い尽くしてくれた。
魚が食べたいときは、網を持ってくれば大量に捕まえられそうだ。
サンダーアローの方は、強さを調整したり、発動タイミングを調整したりしていろいろ試すことができた。
ゴブリン程度なら、かなり弱めの電撃でも行動不能にすることが可能。強めの場合は少しタイミングを遅らせないと手前の地面に放電してしまう。発動タイミングは遅すぎても早すぎてもダメだが、若干遅めのだと失敗が少ないようだった。しかし、風がある場合は遅いと空気中のプラズマラインが切れてしまうようで、なかなかに難しい。まあでも、それなりに使えそうだ。
今日の稼ぎはゴブリン16匹。合計480Cr。一人当たり80Cr。それと、移動中に取った薬草も売って80Cr。アイアンイーグルにとってはなかなかの収入。
素材売却カウンターには、いつものトーマスがいた。
「川に居る、巨大な魚って知っている?」
「巨大?どのくらいだよ」
「8メートルくらい」
「そんなでかいのは聞いたことが無い。人食いナマズくらいしか思い当たらないが、そんなに大きくなるかな。見たのか?」
うなずく。
「新種かもな。討伐依頼は出ていないし、買取金額も設定されたことは無いはずだ。後で、いろいろ聞いとくよ。特徴は?」
「色は黒っぽくてまだら模様。横に平べったい感じで、口が大きく、複数の歯がある。鱗はとても硬くて矢も弾かれる。ワニのようなサメのような魚」
「ワニ?サメ?」
「あゴメン。知らなかったらいいや。何でもない」
しまった。こっちの世界には居ないのか、もしくはこの辺には居ないのか。
とにかく、あんな魚が居るから川からこっちに魔物が渡って来ないのかもしれない。
「矢も弾くか・・・、ナマズの変種かもしれないし、新種かもしれない。ま、気を付けるこった」
マリー達は、森の木漏れ日亭で打ち上げ。ポピーナは高すぎるからね。
自分は、商業ギルドで打合せ後、合流した。
「お姉さーん。こっち、こっち」
森の木漏れ日亭のドアを開けた瞬間にマリーから声がかかった。
「みんなすっかり赤い顔だね」
こっちの世界には、年齢制限なんて無いんだよな。
「すみませーん。エール6人分」
マリーの元気な声が、厨房に飛んでいった。
「えっ、6人分?」
「はい、お姉さんが帰ってくるまで、みんな一杯で我慢していました」
「そんな、気を使わなくてもいいのに」
「それでなんですけど・・・、えーとですねぇ。泡の出るやつをお願いしたいんですけど」
「あー、アレは大会の時の目玉にする予定だから、他のお店ではちょっとまずいかも」
「えー、そんなぁ」
うわっ、ジークも含めてみんなそんながっかりした顔をしないでほしい。
「もしかして、それ目当てで、待ってたとか?」
「・・・はい。生ぬるいエールは物足りなくて」
暁のホームで飲み会やって、味を占めてしまったかな。
「しょうがないなぁ。じゃあ一杯だけで」
「やったー!」
マリーの声がでかい。周りの注目を集めているのに全く気が付いてないようだ。まあいいけど。
ドン!ドン!
そこに、両手にジョッキを持ったマスターがやってきて、派手に音を立ててジョッキを置いた。
「お前ら、家を借りたんだってな」
ジークがもじもじしているようなので、代わりに返事をする。
「すみません。今日までお世話になりました」
マリー達が居なかったら、ずっとここにいたと思う。
「頑張るのもいいが、死ぬんじゃねぇぞ」
ジークとジョンの肩を強めにたたくマスター。
「はい!」
顔を上げたジークは、嬉しそうな笑顔だった。
「で、夕食たべていくのか?」
マスターは、今度はこっちを向いた。
「あー、それなんですが、ちょっと厨房をお借りしてもいいでしょうか?」
「今は、忙しいからな。無理だな」
「あー、ですよねー。では。あの、これ焼いてもらえないでしょうか?」
と言ってから、魚を取り出す。これは、鱗も内臓も取ってある。お昼に捕れた魚の残りだ。せっかくなので持って帰ってきた。
「おいおい、こりゃ糞魚じゃねぇか」
ああ、やっぱり分かってしまうか。食べないんだから知らないかと思っていたのになかなか有名なようで。
「そうなんですけど、一時間以上歩いた先で取ってきたものだし、お昼にも食べているんで大丈夫です。結構おいしいですよ」
「うーむ」
「手間賃をお支払いしてもいいです。なんとかお願いします」
柄にもなく、両手を顔の前で組んで、お願いのポーズをしてみた。自分の女子力に期待するが、こうしているだけで、心にダメージが蓄積されていくようだ・・・。
お魚持って帰っても、新居には調理器具は何もないし、薪もない。
気が付いたときにぼちぼちと冷却魔法をかけてきたから、そんなに悪くなっていないとは思うけど、もう半日経っているし、これ以上はどうだろう。捨ててしまうのは勿体無い。そう、勿体無いのだ。
「仕方ねぇなあ。簡単に焼くだけならまあ」
おっし!心の中でガッツポーズ。
「ありがとうございます」
元気にお礼。そして、笑顔だ。引きつっていないか心配だが。
「じゃ、これ持っていきますね」
といって、一緒に厨房にお邪魔する。
「この辺に置いてくれ」
指定されたまな板の隣には、大き目のフライパンが置いてある。
「はい、じゃ、ちょっと洗ってしまいますね」
といって、ちゃっかり流しを使わせてもらって、魔法で水を出しながら魚を洗う。
「器用なもんだな」
マスターは水を用意しようとしていたようだが、魔法を見て手を止めていた。
エレーナは自炊歴も長いからね。この記憶、便利だ。
一匹目を洗い終わったら、すぐさま袋に手を突っ込んで二匹目を洗う。
「おいおい、何匹あるんだよ」
「4匹です。たぶん、一回で焼けると思いますよ」
フライパンの大きさからすると、ギリギリ4匹入りそうな感じだった。
さっさと、残りの魚も洗うと、今日採ってきたハーブのいくつかを見繕う。
「この香草と一緒にソテーすると、臭いも取れておいしくなるんじゃないかと」
もちろん、エレーナの知識をフル活用だ。魚を食べる習慣は無かったようなので勘だけれど。
「分かった。焼けたら持っていく」
「よかったら、1匹差し上げますので、食べてみてください。では、よろしくお願いいたしまーす」
よし、今日は魚をつまみに飲むとしよう。
テーブルに戻ると、マリーが半分切れ気味だった。
「おねえさん、早くお願いしますよっ」
あれ、マリーもう酔っぱらっている?
「あ、ごめん、ごめん」
冷やしてから、炭酸追加・・・、これを6回。一杯につきたっぷり30秒くらいはかかるから、そこそこの時間お預け状態だ。慣れればもっと早くなるんだろうけど。
「はい、終わった」
みんな、ジョッキを持って準備万端。何かを待っている。
見回してみたが、誰も自分で何かしようとしている雰囲気はない。というか、みんなこっちを見ている。ええー。ここは一応のリーダーであるジークの出番なのでは?まあいい、仕方ない。
「では、今日も無事に帰ってこれたことに。そして、私たちの糧となり散ったゴブリンの冥福を祈って。乾杯」
「「「かんぱーい」」」
うん、うまい。現代のビールほどの洗練されたうまさは無いが、これはこれで及第点。そのうち冷やして炭酸入りで飲む事が普通になれば、その飲み方でおいしい味に変化していくのかもしれない。
つまみが欲しいが、テーブルには何もない。空いた皿しかない。マリー達の夕食と思われるが、もうきれいさっぱり無くなっている。
そこにタイミングよくマスターがやってきた。
「ほれ。こんなでいいか」
大きな皿に、ソテーされた魚が4匹。
「ありがとうございます!あれ、全部ありますけど、いらないんですか?」
「ああ、少し味見させてもらうだけでいい」
「ではどうぞ」
「いや、お前さんが食べた後にする」
だいぶ警戒しているようだ。おいしいのに。
さて、手づかみという訳にはいかいな。あるのは、木製のスプーンと二股フォーク。魚を食べるには、箸が欲しい。後で作るか、簡単だし。
仕方なくフォークで突き刺して身をほぐし、スプーンに乗せてパクリ。
「うん。おいしい」
ハーブがいい仕事をして、臭みは一切感じない。少し濃いめの味付けも酒のつまみに最高だ。
横目で、マスターを見ると驚いた顔をしている。
きっと心の中では、『こいつ本当に食いやがった!?』って思っているのかも。
そして、いやそうな顔をしながら一口ほうばる。
「確かに味は悪くないな」
しかし、眉間にしわが寄ったままですよ。まあいいや。
エールをグビッと飲めば、今日の疲れも吹っ飛ぶというもの。
「ところで、そのエール。なんだその泡は」
何と言えばいいのか。これこそ味見したほうが早い。
「味見します?」
自分のジョッキを差し出すと、また眉間にしわを寄せながら受け取るマスター。そして、一口。口にした瞬間、カッと目を見開いて一瞬固まったが、そのままゴクリと飲み込んだ。
「これは何というかその・・・」
「うまいでしょ」
「そうだな」
そういったまま、しばらくジョッキを見つめていた。
もっと素直になればいいのになぁ。
「魚を焼いてくれたお礼に、一杯作りましようか」
そのとき、マスターの目が一瞬輝いたのを見逃さなかった。
「あぁ、そうだな。頼もうか」
餌付け完了だ。なんちゃって。
みんなで、魚をつつきながら酒を飲んでいると、マスターがジョッキを持ってきたので、冷却して炭酸注入する。
素人目にはよく分からなかったのだが、常連の客からするとマスターのご機嫌な顔が珍しかったらしい。かなりの目線がこのテーブルに集まっていた。
すきっ腹にお酒を飲んで、早くもいい気分になってきたところで、腕相撲協会会長として少し仕事をすることにした。
「みなさん、明後日の夜、ポピーナで腕相撲大会が開かれる事はご存じでしょうか。そのとき、このお酒は飲めるのですが、今どうしても飲みたいという人は、私と腕相撲をして勝てたら、サービスしたいと思いまーす!」
お店の中がざわついた。
「どなたか挑戦者は居ませんか!」
そして、すぐさま手を挙げたのが、トムだった。なんで?
「えっ、トム?」
何かの間違いかと思ったが、少しうつむいたまま上目遣いで、頷くトム。
・・・。まあいいか。男なら。
そう、これは、腕相撲で男性恐怖症が発症しないかどうかの最終確認だ。大会の宣伝もできて一石二鳥。
テーブルの上でトムと手をつなぐ。
「顔が真っ赤だけど大丈夫?」
トムは、頷く。
「そんなにお酒飲んだの?」
トムは、首を振る。
まあ、大丈夫ならいいか。
マリーの『ゴー』の掛け声で、トムを瞬殺した。身体強化魔法も必要ない。
その後、ジーク、ジョンも手を挙げたので、さっくり倒しておいた。
アレンは無謀を悟ったのか挑戦してこなかった。
その後、体格のがっちりとした厳つい親父が挑戦してきた。何の仕事をしているのか分からないが腕周りはかなりある。
少し心臓の鼓動が早くなる。そんなときは奥の手だ。
「酒パワー注入!」
自分のジョッキに残っていたエールを一気に呷ると、勢いよくテーブルに空ジョッキをたたきつけた。
嫌な予感がしたので横目でちらりとマスターを見たら眉間にしわが寄っていた。やべ。次からは自重しないと。
「うまそうだな。それ」
「はい、最高ですよ」
腕を組みながらの会話だ。そんなに余裕があるわけではないが頑張って笑顔笑顔。
「魔法で、作っているのか?」
「そうです。今のところ、私しか作れません。なので、お金を出したからと言って飲めるものじゃないですよ」
「よし、子供相手にお山の大将を気取っていたようだが、オレはそうはいかないぞ」
「望むところです」
そこに、マリーの『ゴー』の掛け声。
軽く身体強化をかけてひねりつぶす。
「おいおい、ねえちゃん。見かけによらず強いな!」
「大会には私も出場するので応援してください」
「その強さなら納得だな。頑張れよ」
肩を痛いくらいバンバン叩かれた。
これで宣伝はばっちりだろう。
男性恐怖症も日常生活を送る分には問題無いレベルに改善したと思っていいだろう。
気分もいい事だし、もう一杯飲もう。
みんな赤ら顔で夜道を歩き帰ってきた。新居へ。
今日からここが帰ってくる家になる。
同居人もいっぱいいるけどね。
おかげで寂しくはならないだろう。
こっちの世界に来る前も一人暮らしであり、田舎の両親ともほとんど連絡なんて取っていなかったが、この世界に肉親が全くいないと思うと心の奥に突き刺さるような寂寥感を覚えることがある。何があっても帰れる場所があるというのは、それだけで心の支えになっていたのかもしれない。失ってから始めて気が付くことって本当にあるんだな。
家の中は真っ暗なので、魔法で明かりをつける。
リビングには不揃いのイスとテーブルしかない。ゆっくりくつろげるソファーが欲しい。
「では、玄関のカギは二つ貰ったから、一つは預けておくね」
「はい」
机の上に置いたカギをマリーが当然のように受け取る。
「そして、これが部屋の鍵」
8つもある。普通は部屋に鍵なんてついていないそうだが、前に借りていた人が付けたらしい。
自分の部屋の鍵だけ手に取る。鍵の根元に傷が付けてあり、それによりどこの鍵かわかるようになっているとギルドの担当者に教えてもらった。
「これが三階の1、2、3、4、5号室。この2つが二階の二部屋。引っ越して来て早々に悪いんだけど、今日はもう疲れたからもう寝るね」
「えーと、お姉さん、ランタンとかロウソクとかもってないですか?」
「えっ! 無いよ。まさか・・・」
「そう、そのまさかです。買うのすっかり忘れていました」
燃やすものも無いので暖炉も無理そう。
「ごめんね。明かりの魔法は、ここに残しておくこともできるけど、すぐに消えちゃうから。階段とかトイレとか大丈夫かな。三階まで一緒に行こうか?」
「とりあえず星明りがありますので何とかなります。階段も手探りでなんとか」
一人一人トイレに付き添うとか面倒くさい。冷たいようだがここは自分たちで何とかしてもらおう。
「そう、じゃおやすみー」
挨拶をしてリビングを後にする。
トイレの後で二階に上がり体を水で拭く。水は汲みに行くのが面倒なので魔法で出した。
歯を磨いて、さっさと布団に潜り込む。
がさがさという音と乾いた藁の臭い。寒くは無いので何とか寝れそうだ。
マリー達は掛布団もシーツも無く藁に潜り込むのか。寒くて風邪をひいたりしなければいいけど。
この季節は夜が短いので今から寝ても夜明けまでは6時間無いかも。
今日の疲れもあってあっという間に眠りについた。




