ゴブリン狩り
肌寒い澄んだ空気が辺りに立ち込めている。東に大きな山脈があるので、まだ日差しは無い。朝もやが残る中、街道を南に進んでいると、だんだんと川のせせらぎの音が聞こえてくる。
こういう自然の情景は地球と変わらない。日本にいた頃はこんなすがすがしい朝がある事をすっかり忘れていた。時間的には朝の五時前なのだろうが、眠たい目をこすることはない。テレビやアニメを見て夜更かしなんてできないから睡眠時間は十分だ。目覚まし時計にたたき起こされ、通勤ラッシュで身も心も削っていたのを懐かしく感じる。つい先日の事なのに。
今日は朝早くから宿を引き払い、荷物を新居に運んだ。それから、南門を出て街道を歩いてきた。そして、浅瀬を渡る。
「マリー、この川って魚いるのかな?」
「いますよ。やばいのが」
ここは、以前渡ったことのある川の浅瀬。マリー達と出会った場所に向かっている。
「やばいってどういうこと?」
「群れで襲われて、あっという間に骨にされてしまうそうですよ」
もしかして、ピラニアのような魚だろうか。
「え、今、危ないって事?」
「大丈夫です。浅瀬にはいませんから」
そういう危ない魚がいるから、魔物が川を渡ってこないということなのかな。
「その魚って、食べられないの?」
「さあ、分かりません。誰も食べようと思わないんじゃないかと」
「そうなの?」
「はい。一度だけ、トイレの汲み取りの依頼を受けたことがあるのですが、それを捨てるのは川なんですよ。捨てる場所は決まっていて、そこに捨てると、魚がわーって集まってきて全て食べてしまうんです。みんな糞魚って言ってます」
「えー・・・。それじゃ食べる気にもならないか」
「なんでも食べるけれど特に肉は好きみたいで、ギルドの解体で出た生ゴミなんかを捨てた時はすごいそうですよ。それと、行方不明者の半分は川に捨てられているんじゃないかって話もあります。なので、絶対に川で水浴びなんてしないでくださいね」
「怖っ。どおりで、釣りをしている人が全くいないわけだ」
糞魚は食べたくないなあ。でもこの辺は街から5、6キロは離れているし、うんこを食べている個体ではないと思えば、いけるかも。・・・いけるのか?
野菜とかは人糞を肥料にしていた時代もあるのだし、気持ちの問題だけか?
川を渡りきるとブーツも靴下も脱いで乾燥魔法をかける。
昨日やっと靴下を手直しして、ゴム代わりのスパイダーシルクを入れてある。ずり落ちてこないので快適だ。
「みんなも靴脱いで。乾燥魔法掛けるから。革靴を濡れたままはいているととんでもない事になるからね」
まあ、すでに手遅れ感はあるんだけど。おとといの雨のせいかな。みんな文句も言わずに靴を脱いでいるところを見ると、自覚があるのじゃないだろうか。
さて、出発前に索敵魔法をかける。魔力をなるべく絞るようにしてみたが、やっぱり気付かれたのか、小さな反応が1つ近づいてくるようだ。
「何かいるみたい。ゴブリンかな」
アイアンイーグルの面々に緊張が走る。時が停止したかのように皆動きが止まった。視線だけが辺りを窺う。
「あっちの方。200mくらい」
距離があると分かって少し安心したのか、ため息も複数聞こえた。
「へぇ、そんな遠くまで分かるんですか?」
「魔法でね」
「では確認。最初は弓でけん制するから、その後みんなで囲む。ゴブリンの前に立ったら無理に近づかない。ゴブリンの後ろにいる人が攻撃。なるべくジョンは盾を使って常にゴブリンの気を引くこと」
「1匹だけなんですか?」
「ゴブリンかどうか確証は無いけど、1匹だけ」
みんな目を見合わせ頷き、静かに動き出す。マリーと自分は最後尾。
しばらく林の中を進むと50メートルくらい先の茂みから、ゴブリンが現れた。
ゴブリンもこちらを視認したようで、ギャッギャッと不気味な叫び声をあげながら向かってきた。
人間6人に勝てるとでも思っているのだろうか?こんな思考回路で良く生き残ってこれたものだ。それとも毎日絶滅し、毎日生まれてくるのだろうか?不思議だ。
そんな事を考えている間にも、ゴブリンは一目散に向かってきて、一射目のマリーの矢は当たらなかった。
次はマリーとともに矢を番える。
「え、お姉さんも?それじゃ訓練にならないんじゃ・・・」
今日は、アイアンイーグルとしての訓練がメインで、自分はサポートという事になっている。
「大丈夫、肩口を狙うから」
とはいえ、自分も新魔法のテストをしたいので狙います。男共は左右に展開して待ち構えているので射線はフリー。風のエンチャント。ホーミング。そして、2メートルほど先にプラズマ生成。よし。
マリーが矢を放ったのを確認してからこちらも放つ。
タイミングを計って電子を生成。タイミングといっても一秒以内の刹那だが。
パチッ。
一瞬の光で目に焼き付いたのは、矢の軌道。それがほぼ一直線にゴブリンの肩に刺さった矢までつながっていた。
瞬間的に硬直したゴブリンはそのままの姿勢で倒れ込み、転がった。
そして、ピクリとも動かない。
あれ?死んじゃった?
「お姉さん!今、私の矢、当たりそうだったのに!」
「ゴメン、ゴメン」
矢を放つタイミングが早すぎて、マリーの矢を追い越してしまった。確かに、ゴブリンが倒れなければ当たっていたかもしれない。
「というか、ゴブリン動かないけど」
何もやることが無かったジークは、あきれているようだ。
「ゴメン。新しい魔法を試したくて。まだ加減が分からなくてね。まだ生きているかもしれないから止めをよろしく」
「よし、まかせろ!」
槍を持ったアレンが走っていった。
「お姉さん、新魔法って!?」
「見ての通り。ゴブリンが動かなくなるやつ。雷魔法?」
「すごいです!いつのまにかレイラさんに教えてもらったんですか?」
「いや、そうじゃないから難しいみたい」
「ええーっ!オリジナル魔法ですか!?お姉さん歴史に名前が残っちゃいますよ!」
「いや、この程度の魔法でそれは無いでしょ」
マリーは、騒いでいるが、そんなにすごい事?いやいやいや、男共はしれっとしているし、マリーのよいしょが行き過ぎているんだろう。
「アレーン!ゴブリン生きてたー?」
少し大きめの声で、むこうのほうでゴブリンにとどめを刺しているアレンに聞いてみる。
「死んでたー!」
ふむ。あの程度でゴブリンは死ぬのか。人間も危ないな。スタンさせようとして殺さないようにしないと。使う時が無いことを祈りたいがこの間のこともあるし・・・。
「このゴブリン埋めるの?」
ジークに聞いてみる。
「この辺は、魔物との境界領域だから埋める」
また、穴を掘るのか。疲れるし、時間がかかるので、とにかく面倒くさい。
「どこまでが境界領域なの?」
「この前、お姉さんと出会ったあの草原の辺りまでかな」
「その向こうの森なら、捨てておいてもいいんだ」
「うん、そう」
そこまで、捨てに行くのはこれもまた面倒くさい。
しかし、いいことをひらめいた。
「これ、川に捨てたら?」
「えっ!?川に?」
「そう。糞魚に食べてもらうとか」
ジークでは判断がつかなかったのか、みんなに意見を求めるように後ろを向いた。
しかし、首を振ったり、肩をすぼめたり。分からないらしい。
「じゃ、捨てちゃおう」
「えっ、えっ、いいのかなぁ」
ジークは動揺し始めた。真面目人間か!?
「いいの、いいの。うんこ捨ててる川なんだから。ゴブリンくらいどうって事ないって。怒られたらやめればいいよ」




