ポスター
今日は朝から曇天だった。
朝食を食べ、マリー達と冒険者ギルドに行く。
マリー達はそのまま薬草採りに出かけた。
「サラ、お待たせ。どうかした?」
隅っこのほうでテーブルに突っ伏していたサラに声をかけた。
「あ、おはようございます。ここにいると無駄に声をかけられるので早く行きましょう」
サラは手をぐいぐいと引っ張ってギルドを出ていく。
どうやらだいぶ絡まれたらしい。
次から待ち合わせは冒険者ギルド以外の場所にしよう。
まずはサラの案内で家具屋に向かう。
対応してくれたのは年配の男性だった。
「腕相撲のテーブルを作ってほしいのですが」
「腕相撲?」
「そうです。こうやって力比べするヤツです」
サラの手を握って、腕相撲の振りをする。
「ああ、それか」
「結構な力自慢が戦うので、頑丈に作ってください」
「大きさは?」
「怪力自慢の大男に合わせて適当に」
「こんな感じか?」
年配の男性は、さらさらと図面を引いていく。
「テーブル部分は、10cm厚くらいの一枚板でいいか?」
「お任せします。あと、肘をつく部分と手の甲が当たる部分に、痛くならないように分厚いフェルトのようなものを取り付けてください。とにかく頑丈に」
図面を見ると、自分にとって少し大きい感じではあるが、サラとか背の低い人は足元に箱か何かを置いて調整するしかないだろう。
「反対の手で握れる棒のようなものを付けてください」
「この辺でいいか」
「はい」
「木でいけるか?化け物のようなヤツもいるからな。いや、金属にしよう」
「いくらくらいになりますか?」
「ちょっといい木も使うからな。金貨8枚かな」
出費がかさむなぁ。
「で、これ、いつまでにできます?」
「いつまでにほしいんだ」
「3日後とか」
「おいおい・・・。まぁ、なんとかしてやる」
「では、完成したらポピーナに届けてください」
ああ、お金が溶けていく。
これは、建て替えていたらダメなのではないだろうか。
商業ギルドでお金を借りよう。腕相撲協会の名義で。
外に出ると、雨が降り出していた。
「コートを取りに、冒険者ギルドに戻ってもいいですか?」
サラは、雨よけ用のコートを持っているのだろう。
「ああそういえば、コートも買わないといけないかなぁ」
稼いだお金があっという間に無くなってしまいそうだ。
「あのー、職員の誰かからコート借りてきましょうか?」
「えっ、いいの?」
「はい。たぶん誰か貸してくれると思います」
「じゃ、お願いしようかな」
一週間後、お金が入るまでは出費を控えたい。
二人で、雨の中を走った。
冒険者ギルドの入り口近くで待っているところに、すでにコートを羽織ったサラが奥から戻ってきた。手には別のコートが。
「どうぞ」
「ありがとう」
暗く落ち着いた色合いのコートを広げてみるとフード付き。あまり女性受けしなさそう。
「トーマスさんのですけど、大丈夫ですよ。たぶん」
コートを眺めていただけなのに、なにか勘違いをしたのだろうか。大丈夫とはどういう意味なのか、問いただしたい。
まあそんな事より、せっかく近くに戻ってきたので商業ギルドに寄っていく事にした。
コートを羽織って、フードをかぶり、小走りに中央広場を横断する。
商業ギルドに入ると、ちょうど受付の女性と話しているレイモンドがいた。
「すみませーん。今、ちょっといいですか?」
今にもどこか行ってしまうそうな気がしたので、会話の終わりを待たずに話しかけた。
「では、その件はその方向で」
レイモンドは、こちらを一瞥してすぐに受付嬢との会話を切り上げた。
「何かね?」
「腕相撲用のテーブルを注文してきたのですが、手持ちのお金が無くなってしまうそうで。お金を借りたりできないかと」
「ああ、すまないね。気が回らなくて。さてどうしようかな。いくらくらい必要かね」
「テーブル代が小金貨8枚で、後はポスター用の紙と絵の具代ですが、いくらかかるのかわかりますか?」
「ふむ。絵の具か・・・そこまでしなくてもいいのではないかな。確かに色を付ければ目を引くが絵の具は高価なのでね」
「それなら絵の具はやめておきます」
「では、紙と何か書くものもここにあるので、持ってこよう」
「ありがとうございます。会議室かどこかをお借りできますか?雨が降っているのでここで書いてしまおうかと」
「それなら、いつもの会議室を使ってくれたまえ。他に何かあるかな?」
「今のところ無いです」
「では、そうだな。少額だし借用書を書くのも面倒だ。ギルドの方で建て替えたことにしておこう。後で相撲協会の取り分から引かせてもらう。テーブルを注文したのはモーガン爺のところかな?」
はて、名前を聞いていなかった。
「はい、そうです」
サラが答える。
「では、確認が取れたら会議室に持っていこう」
あっという間に去っていった。
会議室で待っていると、すぐに紙とペンが運ばれてきた。
「街の人はみんな文字読めるのかな?」
「冒険者だと、半分以下だと聞いたことがあります」
「じゃ、絵を描くしかないなぁ。サラは絵書ける?」
「紙に絵なんて描いたこと無いです」
これはまずいぞ、自分もお世辞にも絵が上手な方ではない。鉛筆じゃないから下書きもできない。
腕相撲をしているマッチョなおっさん二人を横から見た感じで適当に書いてみたら、ひどい絵になった。いや、絵心なんてないから、こんなものなんだよ。
「クスッ」
気が付いたら、サラが笑いをこらえている。
「ちょっと、笑うなんてひどくない?そういうサラは・・・まだ何も書いてないじゃない」
「いえ、紙も安くないので、なかなか書きにくいです」
「そんなの気にしないでいいから、これよりましならそれでいいから」
「いえ、その自信も無いので」
「それなのに、この絵を見て笑ったの?あーそう、なら何か書くまで、お昼抜きだから」
「えっ、待ってください。私、午後から仕事なんですけど」
「言い訳無用!」
「そんなぁ」
何枚描けばいいのか分かっていないが、何枚も書いてその中から選別する事にしよう。
ということで、次はイメージだ。写実は無理なので抽象画でいこう。マッチ棒人間に力こぶだけ付け足して書いてみた。・・・何をしているところなのかよくわからない絵になった。
「ダメだこりゃ」
誰か他の人に書いてもらうことにしよう。
サラは結局白紙のままだったが、お昼になってしまったので休憩にする。
「必ず、明日までに書いてきます」
「いいよ、いいよ。こっちで何とかしとくから」
「いえ、書いてきます」
無理強いはしたくなかったので、断ったのだが、サラはまじめだった。
お昼は、商業ギルドの隣にある少々お高めのレストラン。ここなら冒険者ギルドも目の前だし、今日の案内のお礼としてサラに御馳走するのにもちょうどいい。そこそこ混雑していて店内に入れなかったので、テラス席にした。雨も小降りで風もなく、屋根もついているので何も問題は無い。
「ここ食べてみたいなぁと思っていたんですよ」
サラはご機嫌だった。
具材がたっぷりのスープに、鶏肉っぽい感じのソテー。柑橘系のジュース。そして、白いパン。こっちの世界に来て柔らかい白いパンは初めて見た。とてもおいしかった。毎日ここでご飯が食べたい。しかし、お値段30Cr。森の木漏れ日亭一泊二食付きと同じ。これを二人分払う。朝昼晩食べるのは、かなり厳しいかも。
食事が終わるころには雨は上がっていた。トーマスのコートをサラに預ける。もちろん乾燥魔法で処理済みだ。
「今日は、ありがとうね」
「いえいえ、ごちそうさまでした。明日必ず書いて持ってきます」
「じゃ、トーマスさんにもよろしくー」
レストランの前でサラと分かれた時、横から視線を感じた。
殺気!?まさか、昨日の男たちか!?
振り向くと、
「お姉さんは、いいですね。こんなところでお昼を食べて」
ずぶ濡れのマリーがいた。
さて、どうしようかなぁ。
マリー達は薬草採取していたが、雨が降ってきたので切り上げてきたところだったらしい。
帰ってきたら雨が止むとか、タイミングが悪い事もある。
まずは、マリー達一人一人に乾燥魔法をかける。他人に魔法をかけるぶんには何も問題は無い。自分の魔力で守られているから、体以外の服だけが乾く。
その後、屋台の串焼きをおごるかわりに、ポスター作りを手伝ってもらう事にした。さすがにレストランは無理。
商業ギルドは、冒険者ギルドと違い落ち着いた雰囲気。出入りする人たちの身なりもきちんとしたもので、マリー達は入りにくい。そして、なにより臭い。さっき乾かしたけどね。マリーは昨日洗濯したばかりだからまだましなのだが。これで会議室にこもったら、今日の打ち合わせは厳しいものがある。あの会議室は何故か窓が無いし。
商業ギルドで追加の紙を貰い、書くものも借りて新居へ移動する。
何もないリビングの床にそれぞれ紙を広げた。
「では、この紙に腕相撲をしている絵をかいてもらいます。上と下には文字を後で書くので開けておいてください」
なんか美術の先生にでもなった気分。
「絵なんてかけるかなぁ」
ジークを筆頭に、みんな自信無さげだった。紙とペンで絵なんて書いた事が無かったらしい。
「ポスターに採用されたら、銀貨一枚進呈します」
「おっ、やった」
「本当に?」
「頑張って書こうかな」
お金の力は偉大だ。それぞれにやるきが出たようでよかった。
「これは見本です。これよりうまく書けたら採用される可能性が高いです」
さっき書いた絵を2枚とも見せる。
「へぇー。こうやって書いてもいいんだ」
「うっわ。へったくそ」
「これなら、なんとかなるかも」
ちょっと待て。聞き捨てならない感想が聞こえてきたな。
「誰、今へたくそって言ったのは」
雰囲気が凍り付いてしまった。
「ええと、お姉さんが書いたんですか?うん。味があっていい感じですね」
まあいい。マリーの必死さに免じて追及はしないでおこう。事実下手な絵だし。
「それじゃ、ちょっと出かけてくるから、頑張って書いておいてね」
「はーい。本当は一緒にお出かけしたいけど」
マリーはそうだよね。でもお金がほしいらしい。
アイアンイーグルの面々に期待はしていないが、落第点ならあのレイモンドさんが誰か紹介してくれるだろう。
さて買い物だが、案内人がいないとお店もわからないのでお隣さんへ。
声をかけてしばらく待つと、レイラが出てきた。
「あら、誰かと思ったらリューさんでしたか」
「どうもこんにちは。今度お隣になります。よろしくお願いします」
「あら。こちらこそよろしくお願いいたします」
この子は何だろうか、平民っぽくない話し方に、顔も整っていて。そういえばアーサーもこんな口調だったか。
はっきり言って好みのドストライクなので、お友達として親しくなりたい。女の体になってしまったが、おかげさまで人妻とでも気兼ねなく仲良くできるし。
「で、まだこの街を知らないので、雑貨とか、家具とか、布団とか、安くていい店知りませんか?」
「ああ、大通り沿いの店は高いですからね。では、ここをまっすぐ行って・・・」
裏通りの雑貨屋と、中古品の家具屋を教えてもらった。
雑貨屋で石鹸と、革のメンテナンス用クリームを買う。石鹸は高かった。庶民は石鹸なんてあまり使わないらしいが、ここは冒険者が多く住む地区なので高級品も少し扱っているようだ。
中古の家具は、新品の半額以下で手に入ったりするらしいが、新品の価格を知らないので安いのかどうかわからない。で、この家具屋は布団も扱っていた。
程度のいい羊毛の掛布団が1000Cr、シーツが400Crだった。高い。
庶民はワラに潜り込んで寝ているらしい。ワラを編んでゴザのようにしたりとか。
布団を使うのは、お金に余裕がある冒険者とか商人だけとか。
こりゃ、目指すのは商人しかない。何か現代知識チートを使って儲けるのが一番だ。
今儲かりそうなのは炭酸入り飲み物だが、容器が問題だ。木の樽では破裂してしまうし、ガラス瓶は高い。使用後の瓶を持ってきてくれたらお金を返すようにすれば何とかなりそうだが、それにしても最初に瓶を作る時の元手がいる。
とにかく布団は買えない事もないが、今はテーブルを建て替えた分お金が無いので、また来ることにして新居にもどった。
玄関のドアを開けたが誰もいない・・・。
おい。
と思ったら、トムだけが隅の方で黙々と描いている。
「ただいま。みんなは?」
「3階」
視線も合わさず絵を描いているトム。そのトムの絵は、そこそこなものだった。
「おっ。トム、上手じゃん」
褒めたら、顔を上げた。はにかんだようなその笑顔は少し気持ち悪い。これがトムの笑顔かぁ。
他の絵も床に散らかっていたので確認してみたが、なかなかにひどいものだった。
「よし!絵柄はトムのものに決定!」
「やった!」
散らかった紙を回収したら、裏面が白かった。
「この裏面に同じ絵を書いてくれたら、一枚につき銀貨一枚」
「うん。やる」
よし、ポスターは何とかなりそうだ。
「じゃ、それ仕上げておいてね。ちょっと上に行ってくる」
「うん」
トムは、また絵を書き始めた。それにしても意外な才能だった。
二階に上がって自分の部屋を確認してみる。ベッドはダブルサイズだった。いや、ダブルサイズの布団はさらにお高いに違いない。布団のサイズはシングルでいいや。何とかなるだろう。
三階に上がるとみんないて、あそこがいい、ここがいいと騒いでいた。
「あ、お姉さんおかえりなさい」
マリーが真っ先に気付いてくれた。
「絵は、あれで完成?」
「あー、そうですね・・・」
マリーの視線が泳いだ。
「じゃ、トムの絵を採用ということでいいかな」
「はい。みんな納得してあきらめたというか・・・」
「あー、そういう事ね」
「ところで、お姉さん。今からワラを買いに行きましょう」
「ごめん。今、行ってきたところ」
「ええっ、一緒に行こうと思っていたのに。じゃ、お店を教えてください」
そういえば布団という大きな買い物をするのだから、値下げ交渉でワラくらいもらえそうな気がする。
「そうねぇ。明日まで待ってくれたら、もしかしたらただで貰えるかもよ」
「えっ?どいうことですか?まさか、体で払うとか・・・」
すかさずマリーの頭にチョップをかました。
「いたっ」
「そんな事する訳ないでしょう。布団を買うついでにサービスして貰おうと思って」
「流石、お姉さん。いいなぁ。お布団かぁ。ちなみにいくらでした?」
「中古で1000Cr超え」
マリーが固まった。
「ちょっと今手持ちが無くて、明日もう一回行くつもり」
「えっ、まさか今夜、体で稼ぐっ!」
最後まで言わさずにすかさずチョップした。マリーは将来大丈夫?
「じゃ、このまま商業ギルドに行くから、戸締りよろしくね」
そして、鍵を渡す。
「はい。お姉さんも帰りは気を付けて」
ああそうだ、昨日襲われたんだっけ。護身用に解体ナイフでも持ってくるんだった。ただ、その程度で相手があきらめてくれるとは到底思えないので、ギルドで相談しよう。平和な日本が懐かしい。




