力比べ
しばらく背中を撫でているとマリーは落ち着いてきた。
トーマスが口を開く。
「今日は、お開きにするか。また後日ということで」
ただ酒は!?
まだ一杯目も飲み切っていないし何も食べていないのに。
「あのー、ちょっとここにあるのだけでも食べてもいいかな」
「それどうするんだよ」
トーマスはマリーを指さした。
ちょっと肩をつかんで引きはがそうとしてみる。
ぐっと抵抗された。
「このままで」
ジョッキを手に取りゴクリ。
「ちょっとお姉さん。扱いがひどくないですか?」
マリーが顔を上げた。
「約束は?」
マリーは困った顔になった。
「や、く、そ、く、は?」
少し怒ったようなふりをしてみる。
「だって、だって」
またしがみついてきた。もういいや。
隣を見ると困り顔の給仕のおばさんと目が合った。手にはナッツとソーセージ。
「ああ、すみません」
皿を受け取りテーブルに置くと、ナッツをパクリ、そしてエールをゴクリ。
クルミのような香ばしさとエールの苦みがよく合う。
ソーセージをパクリ、そしてエールをゴクリ。
少し臭みがあるのだが、あふれ出す肉汁とほどよい塩気をエールで流し込むのは悪くない。何の肉なのかは不明。
マリーは無視されてご立腹のようだ。力いっぱいギュッとお腹を締め付けてきた。
しかしどうということはない。ふふふ、レベルによる力の差を見よ。
鋼のような腹筋にマリーはすぐにあきらめた。
しかし、このしらけ切った雰囲気をどうにかしないと。
「サラさんは、昔から力が強かったの?」
「えーと、そうですね。子供のころからです」
いきなり話を振られたサラはびっくりしながらも会話に応じる。
「ちょっと握手してみない?」
「握手ですか?」
子供のころからということはレベルに関係がなく、きっとドワーフの種族的な強さなのかもしれない。それがどの程度なのか。
なーんて、ただ女の子の手を握りたいだけだったりして。
彼女の手は小さかった。そして、少し冷たい。
やさしく握ってきたが、ごめんなさい、ちょっといたずら心が湧きました。こちらは強めに握り返す。
サラはハッと目を見開いたかと思うと、ギュッと握り返してきた。
「いでででで」
しまった。この見た目でこの声を出してはいけない。
しかし、これはすごい力だ。17歳ということは、レベルはそんなに高くないはず。
ドワーフの血がどのくらい入っているのか知らないがこんなに違いがあるなんて。
私の驚いた顔を見てサラは少し笑った。これは自分の力に相当自信があるのだろう。
「ねぇ、ちょっと力比べしてみない?」
普段なら絶対にそんなこと言わないと思うが、純粋に彼女の本気がどのくらいなのか確かめてみたくなった。
「いいですけど、どうやって?」
乗ってきた。
ちょうどマリーが顔を上げたのでナッツとソーセージの皿を押し付ける。
マリーはおいしそうな匂いにつられて思わず皿を受け取ってしまった。マリーの両手が塞がり腰から離れる。よし。
立ち上がると自分のジョッキを掴み、豪快に飲み干してテーブルに置く。
腰を落としてテーブルに肘を付け、握手のように手を開く。
「腕相撲。知っている?こうやって、手を握りあって・・・」
説明しようとしたところでサラが立ち上がった。
「知ってます」
彼女は自分のエールをあおると、強めにテーブルに置く。
結構ノリのいい子だった。
ドンといい音がしたので、マリーの大騒ぎに続いてまた注目を集めてしまった。
アーサーとトーマスは呆れた顔でテーブルの上のジョッキを片付ける。
サラが腰を落として手を握ってきたときには店内の客のすべてが注目していた。
「なんだ、なんだ、女どうしで力比べかよ」
「あんな小っちゃい子と、大人げないなぁ」
「男の取り合いか?」
「誰だよ。うらやましいなぁ」
どうでもいいが男は取り合っていない。
サラは腕相撲を知っているようだが一応確認しておく。
「肘は動かしちゃダメ。手の甲がテーブルに着いたら負け」
サラは静かにうなずいた。異世界共通らしい。
「じゃ、二人とも準備はいいか?」
トーマスは握られた二人のこぶしを抑え込む。
え、ちょっと何してくれちゃってるの?
男性恐怖症なのに手を握らないでほしい。血の気が引いてくるんじゃないかと思った瞬間だった。
「んじゃ、ゴー!」
サラに腕を持っていかれた。
必死で力を込めてあっさり負けてしまうのは回避した。
「おっ!ちっさい子強い!」
「まじかよ」
サラはさらに力を込めて仕留めにかかってきた。
めっちゃ強い。腕の太さは同じくらいしかないのに、どこからこんなパワーが!
負けそうになったが、身体強化魔法が発動する。
メキッ。
テーブルを握る左手から木のきしむ音が聞こえた。
「ふんっ」
流石にそこまですれば力の差は歴然。
大逆転で勝利した。
「なんだ、やっぱりエルフのねーちゃんか」
「そりゃそうだろ。冒険者だぜ」
冒険者歴3日ですが、何か。
しかし、あー危なかった。
ドワーフ恐るべし。
「サラさん、こんなにも強いとは」
「リューさんも。私がまさか負けるとは思いませんでした。結構自信があったのになぁ」
サラは少しがっかりしたような不思議な笑顔。
そんなサラの肩をトーマスがたたく。
「お前より力ある奴なんて、いっぱいいるんだよ」
にやけたようなトーマスの顔を見たサラは少しイラっとしたようだ。
「先輩、ちょっと勝負お願いします」
「まさか、お前が俺に勝てるわけないだろ。これだよこれ。勝負にならないって」
トーマスはサラに力こぶを見せつけている。
確かに見た目の太さで二倍くらいあるが、トーマスは冒険者じゃないのであまりレベルは高くないはず。これは面白い勝負になるかもしれない。いや、サラが勝つんじゃないかな。
「先輩、お願いしますっ」
「いや、むだだから、無理無理」
トーマスは軽くあしらっている。ここは助け舟を出してあげよう。
「サラちゃんが勝つ方に金貨一枚」
パシッ。
将棋を指すときのように小気味良い音が響いた。
自分でも何やっているんだか分からないが、すきっ腹にエールをジョッキ一杯叩き込んだら良い感じに酔いが回ってきた。さっきいい勝負をしたサラちゃんを応援したくなってしまった。
「え、ナニコレ。もらっていいの?」
「勝ったらね」
「おし、じゃやる」
トーマスはやる気になって腕まくりした。
ちょっと失敗したかな。なんで自分は金貨なんて出してしまったのか、銀貨でも十分だったかもしれない。
「ま、こんな小さな女の子に負けることはないと思うけどー、負けたら逆に金貨もらうけどいい?」
「あー、オーケー、オーケー」
トーマスは自信満々だ。
ここはサラにもやる気を注入してこう。
「サラちゃん。勝ったら、半分あげるから」
「えっ、本当ですか!?」
サラの鼻が一瞬広がり一気に鼻息が荒くなった。
二人ともそこまでやる気出す?
え、何。ギルド職員の給料はそんなに低いってことなの?
まあ、一週間以内に2000Cr入る予定だし、サラが負けて100Cr失ってもまあいいか。お友達になれそうだし。
今日はただ酒。さっきまでの変な雰囲気を吹き飛ばすには、このくらい必要経費だと思うことにしよう。
んー・・・、大分酔ってきたのかもしれない・・・。
まあいっか。
サラとトーマスは準備万端。テーブルの上で手を握り熱く見つめあっている。
そして、さっき以上に注目が集まっていた。
「おい、トーマス。おこちゃまと力比べなんて大人げねーな」
「そんなちびっこの手を握ってうれしいか」
「嬢ちゃんがんばれー」
「おまえら、よってたかっていじめてんの?」
「うっせぇ、だまってろ。小遣い稼ぎなんだから」
トーマスは買取カウンターにいつもいるので、この街の冒険者は、ほぼみんなが知っている。ヤジがひどい。
しかしサラは裏方なので知っている人はいないようだ。
「では、準備はいいですか?」
今度は自分が仕切ってみた。
両者のこぶしを包み込むように握る。
うん、大丈夫だ。お酒の力を借りているためなのかどうかは分からないが恐怖は襲ってこない。
「レディー・・・」
ここで間をとる。
みんなが注目しヤジも減ってきた。
この緊張感、いいねぇ。
エンターテイメントとして最高だ。
「ゴー!」
勝負が始まるとサラが一瞬優勢になりかけたが、真っ赤になったトーマスが持ち直した。
すると、さっきまでの喧騒はどこへやら。
みんな唖然として見守っている。
「おーい。トーマス。そんな見せ場はいらないから、さっさと決めちゃえよ」
しかしトーマスは答えない。必死で気張っていた。
すると、だんだん周りがざわつき始めてきた。
サラちゃんナイスファイト。
ここまで見せつければ十分でしょ。
力自慢は本物だったとみんなに認識されたはずだ。
しかし、女の子にとってそれはいいことなのか?
勝負の均衡はほどなく崩れる。
スタミナだ。
ドワーフの血はスタミナも半端無いようで、トーマスがだんだん押されていき、ついには力尽きた。
「勝者、サラちゃん!」
サラちゃんの右腕を高々とつかみ上げ、勝利宣言。
「うおぉぉぉ!」
「まじかぁ!」
「ちびっこがトーマスに勝ちやがった!」
「すげぇ!」
「トーマス、お前弱っちいなー」
店内は大いに盛り上がった。が、評価としては、サラちゃんがちっこい割には力があって、トーマスが弱いという認識のされ方のようだ。
トーマスはテーブルに突っ伏したまま動かなかった。
これを見ていると少しかわいそうになってくる。
「くそー!まさかサラに負けるなんて」
突然顔を上げたトーマス。精神力は強いらしい。もうリセットして立ち直ってきた。
「酒パワーが足りなかったんじゃないの?」
「そうかぁ。ってそんなことあるか!」
トーマスはアーサーが持っていたジョッキをひったくり一気に飲み干す。
「くそぉ、リベンジだ。今のは、ちょっとした油断だ」
あれ、意外と酒パワーを信じているのでは?
「はい、彼女と戦うには、ファイトマネーが必要です」
「え、いくら」
「金貨一枚」
「たけーよ!」
「冗談です。でも、まずはサラちゃんに負けたんだから、金貨一枚」
「あー、俺は何をやっているんだよ。ほんとに。くそっ」
テーブルには金貨が置かれた。
自分の分の賭け金も忘れずに回収し銀貨5枚を取り出した。
「はい、サラちゃんの頑張り分」
彼女の手をとって握らせる。
サラは手を開いて銀貨を確認する。
「これ、本当にいいんですか?」
「トーマスからのボーナスとして、もらっちゃいなよ。ふふっ」
「はい、そうします」
銀貨をしっかりと握りしめ、それはそれはいい笑顔だった。
しかし、これは何やらいいことを思いついてしまったかもしれないぞ。
「これってさぁ。お金の匂いがしない?」
ぼそっとつぶやいてみた。
見回すとアーサー以外のメンツの目が輝いている。
テーブルに肘をつき手招きしてみる。
みんな寄ってきた。
当然マリーもいた。
トーマスあんたは顔が近すぎる。
「これって、盛り上がっていたし大会とか開くのどうかなぁ」
「それで、どうやって儲けるんだよ」
「まずは、大会参加費、観戦料とか。あとうまくすればスポンサー料」
「スポンサー?」
「例えば、店で人が集まって料理や酒が出て売り上げが上がるなら、お金を払ってでも大会を開いてほしいと思う店があるかもしれない」
「そんなにうまくいくかねぇ」
「そこは、交渉次第だけれども。他にも、どっちが勝つのか、だれが優勝するのかといった賭け金」
「おいおい、ギャンブルかよ」
「禁止されてるの?」
「禁止されているという話は聞いたこと無いが、上に話を通しておいた方がいいかもしれん。こじんまりとやっているなら問題ないが、人が集まりだしたら絶対に面倒ごとになる。金の匂いを嗅ぎつけて集まってくるのは、まっとうな人間だけじゃないぜ」
「誰か知り合いいる?」
「ギルド長とかなら知っているかもしれないが、冒険者ギルドじゃなくて商業ギルドを通した方がいいかもな」
「お姉さんすごいです。良くそんな事思いつきますね。森の一人暮らしだったんじゃないんですか?」
マリー、余計なことを・・・どうしよう。
すると目の前にエールのジョッキが落ちてきた。
ドンッ!
その数5つ。
「ジョッキが開いているねぇ。まだまだ飲み足りないんじゃないかい?」
そこには恰幅のいい中年女性がいた。
「面白そうな話をしているじゃないか。あたしも混ぜておくれよ。もちろんこの店を使うんだろう」
どうやら、やり手の女将らしい。




